第141話 戦場に舞い降りた天使、突撃の狂聖女シェリー


 聖都ラマードでは、ダミアンヘイズの前線が壊滅した時以上の激震が起こっていた。


 激震の理由は、執行庁長官であるポート・トゥーニーの戦死の報が届いたからである。


 これには流石に、ドレイク以外のドグマとシェリーも動揺を隠しきれずにいた。


 何せ聖狼四師せいろうししの一人である、あのポートが前線で戦死したのだから。


 この報を聞いて、最後まで戦死を疑い続けたのは、なんとマギア協会の会長であるドグマであった。


 「信じろと言うのか? あのポートが戦死したことを……! 有り得ん! 断じて有り得ん! 奴の怪魔は無敵なのだ! どこの誰が奴を殺せると言うのだ!」


 激怒と言うよりも錯乱に近い。


 ドグマはそれだけ、あのポートと言う男の実力を認めていたのだ。

 そして、初戦でポートを前線に派遣したのは、ポートだけで敵軍であるテレサヘイズを壊滅できると、思い込んでいたからである。


 「ドグマ会長! なぜポートだけを前線に派遣したのですか! なぜ私も派遣なさらなかった! 敵軍のテレサヘイズには、大量の悪魔と吸血鬼がいるのですよ!」


 ドレイクの激昂を見て、すぐさま我が身を振り返るドグマ。

 深呼吸を三回すると、理性を取り戻し、静謐に語りだした。


 「ドレイクよ。ポートを一人で前線に派遣させたのは、前線で奴に巨大な壁となってもらう為だ。そしてテレサヘイズを足止めさせて、ドレイクを派遣するつもりだったのだが──」


 ドグマの会話が終わる前に、急報が届く。

 彼の側近でもある、影で暗躍し諜報活動をする部隊の隊長アッシャ・イスウィッドからの急報だった。


 ドグマの代わりとなり、常に敵軍の監視をする者がアッシャなのだ。

 だが、ドグマ以外にアッシャの姿を知る者はいない。

 影は常に影だからである。


 そして、ドグマに思念伝播で急報を告げるアッシャ。


 (「ドグマ様。敵軍テレサヘイズは前線を通過し、我が国の最北にあるレミドンの街に到着しました。加えて、前線でポート・トゥーニーを殺害した者が判明しました。下手人の報告が遅れたのは、死因が空から突然、雷のような強烈な熱線によるもので、その熱線が誰の攻撃が判然としなかったからです。では報告致します、ポート・トゥーニーを殺害したのは淵源えんげんの悪魔の中の一人、火の悪魔です」)


 それを聞いたドグマは、愕然として座っていた椅子から転げ落ちそうになるほどだった。


 「淵源……淵源の悪魔だと……! テレサヘイズは、淵源の悪魔を従えているのか……! 有り得ん! 有り得ん!」


 ドグマの独り言に耳を傾けていたドレイクは、それを聞いて瞳を輝かせながらドグマに言う。


 「淵源の悪魔! 今、確かに淵源と仰いましたね! ならば次は私が──」


 「ならん。ドレイクは最後の砦として、ここで待機だ」


 その言葉にまたしても歯噛みするドレイク。


 そしてドグマはシェリーに語りかけた。


 「シェリーよ。敵軍テレサヘイズは前線を越えて進軍し、現在レミドンの街に到着した。この意味が解るな?」


 シェリーはその言葉を聞くと、返す言葉も忘れて軍旗を携え、走って会議室から退出した。


 シェリーは聖都から飛び出すように、軍馬に跨がりレミドンの街まで駆けていく。


 なぜなら、レミドンの街はシェリーの故郷だからである。


 (早く行かないと! 聖マギア様! お救い下さい! テレサヘイズは魔物を従える国! 今頃、レミドンの者たちが略奪や狼藉……ましてや陵辱など……いや! そんな事を考える暇なんてない! 早くレミドンまで向かわなくては!)


 シェリーが聖都から一騎で駆け出す姿を見て、彼女の両翼としてマギアヘイズでは有名な突撃死兵部隊と呼ばれる、モタアッセブとツェペラウスの部隊も彼女を追って騎馬で駆ける。


 「お前たち! 私に続けえええ! バーラフ!」


 彼女の言葉に士気を高めると、騎馬で駆ける速さが一層増した。


 向かうはテレサヘイズがいる、レミドンの街。

 シェリーは胸中に渦巻く憂慮を捨て去るように、軍馬で駆ける。


 故郷を蹂躙されないために。




 ────────────




 (マギアヘイズの前線を抜けて、初めての街に着いたが……やっぱり怖がって出て来ないよね……。でも、普通の街だな。特に変わった所はない。急に伏兵が飛び出してくるかと思い、気配感知の権能を行使しているが、兵士はいないか)


 ピーターがすっかり寂しくなった街を、ピーター率いる大軍勢と一緒に闊歩している。


 だが事前にピーターは、自軍の全てに命令しておいた事があった。


 それは、決して戦う意志の無い者を襲わないこと。

 略奪や狼藉や陵辱をしないこと。


 もし、これらの事を守らず、戦場で命令違反をした際は、即テレサヘイズから国外追放をする。と言う命令だった。


 ピーターはそんな命令などしなくても、仲間を信じていたが、戦場では何が起こるか解らない。


 なので、念の為に命令をしたのだった。


 「ピーター様。恐れ多くも具申させて頂きます。この街には敵軍はいませんので、進軍を開始する事を提案致します」


 テネブリスが恭しくピーターに言った。


 「うーん。まあ、そうだね。じゃあ進軍しようか。この街の皆! 怖がらせてごめんね! 僕たちはもう街から出ていくから!」


 ピーターは大声で街中に伝わるように叫んだ。


 広範囲に無差別の思念伝播を送れば、街中の人に伝わったが、急に頭の中で声がすると、逆に怖がらせてしまうと思い、敢えて大声で伝えたのだった。


 そして行軍が決定し、先を急いだ。


 今回の目的は前線での防衛戦ではない。

 ダミアンヘイズとは、前線での防衛戦に勝利することだけが目的だったが、マギアヘイズに対しては違う。


 ピーターの目的は、マギアヘイズの聖都を陥落させる事だ。


 つまり、ピーターはマギアヘイズを滅亡させ、自国の領土にしようと決心していた。


 それは、これ以上の悲しみを生まない為でもあったのだ。

 亜人を奴隷にしたり、捻じ曲がった教えで自国の民を、使い捨ての駒のように戦争で使う。


 そうした事が積もり積もって、本当は平和的な解決を望んではいるが、マギアヘイズに対し平和的な解決は望めないと決断し、苦渋の選択ではあるが、マギアヘイズと言う巨大な闇と戦い、マギアヘイズを滅亡させる為に打って出たのだ。


 そうして進むこと数時間。

 マギアヘイズの聖都に向かって、超速で進軍することは可能だが、そんな事をしたら、暗部の者たちが一斉に飛び出してくる。


 なので進軍速度は遅くなるが、念入りに気配感知の権能を使い、進軍をしなくてはいけない。


 とは言っても、全員が飛行能力を持つので、飛行しながらの進軍なのだ。行軍速度は警戒しながらの速度だが、軍馬で駆けている速度と変わり無いのである。


 (ん? なんだ? 強いオーラが向かって来るな。しかも地上からか)


 ピーターが地上を見ると、そこにはシェリーが軍旗をはためかせて、軍馬に跨り疾走していた。軍旗にはマギアヘイズのシンボルマークの、太極図の模様が刻まれている


 その両翼にはシェリーの突撃死兵部隊である、モタアッセブとツェペラウスもいた。


 数にして1000万の軍隊。


 先ほどの前線と比べれば人数は劣るが、シェリー直属の突撃死兵は、並の兵士では無い。


 一人一人が英傑と言っても過言では無い、猛者たちなのだ。

 そして、この二つの軍もシェリー同様に、聖マギアを信仰する狂信者なのである。


 モタアッセブとツェペラウスの軍は、それぞれ500万の軍勢である。

 その両翼の兵士を合わせ、1000万の軍勢の兵士がピーターを聖マギアを冒涜する軍と認識し、強襲する。


 シェリーがピーターを地上から見上げると、開口一番、大声で叫ぶ。


 「降りて来い! 聖マギア様を冒涜する涜神者よ! 我が名はシェリー・モスカテル! 聖マギア様に代わり、貴様らに神罰を下し粛清する者だ! 魔物を従わせ、恐怖で国を統治する為政者が! あまつさえ教皇を名乗る貴様は不埒千万の不届物だ! 今すぐ降りて来い!」


 (そりゃこっちのセリフだよ。つーか、粛清とか言ってるからあれが、粛清庁の人間だろうな。見たところ、年齢は僕と同じぐらいだ。身長は……負けてるのか? まあ、いいや。しかし、全身を重そうな白銀に輝く甲冑を纏うなんて……女性なのに、どんな筋肉してるんだ? と言うか金髪碧眼の、なんという美貌の持ち主なんだろう。マジで見惚れてしまう容姿をしている。甲冑ではなく、ドレスとか着たら、もっと綺麗に見えると思っているのは、僕だけじゃないはず……)


 「おい! 聞いているのか! 降りて来いと言っている!」


 (はいはい解りましたよ。まあ、自分から名乗りを上げたって事は、騎士道精神があるって事だよな。つまり、いきなり襲っては来ないだろう)


 「降りて来ないなら、引きずり下ろすまで! 粛清空間しゅくせいくうかん!」


 シェリーのアルティメットスキル、神罰之狂戦士の権能の一つ、粛清空間が行使された。


 と、同時に。目の前が緑豊かな大平原になり、強制的にピーターを含め、上空にいたピーターが率いる軍勢全てが地上に降ろされたのである。


 さらに、上空に飛ぼうとしても飛ぶことが出来ない。


 このシェリーの権能である粛清空間は、シェリーにとって有利な空間を創りだす権能なのだ。


 つまり、この空間内では、上空に飛ぶ事は不可能となり、強制的に地上での戦いを強いられる事となる。


 【伝えます。能力複製により、個体名シェリー・モスカテルのアルティメットスキル、神罰之狂戦士の権能の一つ、粛清空間を獲得しました】


 (獲得したのは良いんだけど。あの軍旗を掲げている女性──あっ、シェリーか。シェリーは何だか頭に血が昇って、僕の言葉を聞いてくれない感じがする……)


 「ふふふ。強制的な地上戦ですか。面白いですね」


 ピーターの横でテネブリスが不敵に笑う。


 「何笑ってるんだ? テネブリス」


 「いえ、もしもの為に、ピノネロ殿から、戦術を一つ教えて頂いたのです」


 そう言って、テネブリスは自身の影の中に隠していた、3億匹のアークデーモンを解き放った。


 「悪魔に戦術や兵法は不要だと思ってましたが、絶好の機会なので、この場で試してみようと思います」


 「まあ、ピノネロがテネブリスに教える戦術だから、かなり変わった相手の意表を突く策なんだろうな。よし解った! この場はテネブリスに任せる! 僕は思念伝播で、皆に後方に下がるように伝えておくよ」


 「有り難きお言葉。ではピーター様。不肖ながら、このテネブリスが、ピノネロ殿にご教授頂いた策を、お見せ致します」


 ピーターとテネブリスはお互いに思念伝播を使う。


 ピーターは全軍に後方に下がり待機するようにと伝え。テネブリスはアークデーモンに、ピノネロから教えてもらった策を伝えて陣形を作る。


 「神を冒涜する魔の物どもよ! 粛清と言う名の神罰を食らえ! 私に続けえええええええええ! コッル・タドミール! バァァァァァラフッ!!」


 『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 怒涛の勢いで突撃するシェリーと、両翼にはそれぞれ500万の重装騎兵の軍勢で突撃する、モタアッセブとツェペラウスの突撃死兵部隊。


 その大突撃を待ち受けるのは、テネブリスと、テネブリスが率いる3億匹のアークデーモン。


 数から言えば戦力差は明らかだが、シェリーは猛突撃をやめない。


 テネブリスは、そんな猛突撃を見て不気味に微笑む。


 そして、ここでもピノネロの策が、シェリーの軍勢に襲いかかり丸呑みにするのかと思いきや、シェリーの猛攻が大爆発するのであった。

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