第135話 最後の前線防衛戦、黒き殺意の大怨霊との決着


 『あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ!』


 大地の底から祟るような殺意の声。

 神聖完全結界により自身の自由を奪われたことに対して、激怒しているのだろう。


 だが、そんな事を考えている暇などない。


 アレキサンダー、セラフィム、マディーンが結界を張っていられるタイムリミットは、五分間だ。


 その五分間で完全勝利を決めなくてはいけない。


 怨嗟の巨大黒騎士は、自身の呪いの力を無効化され、ただ吼えている。

 その時、ケルベロスとフェンリルが同時に動き、黒き巨大怨霊の腕に噛み付いた。


 結界の効果で、影も消え実体をさらけ出した事により、物理攻撃が有効になったのだ。


 だが、その底知れない度外れた魔力量までもが、無効化された訳ではない。きっと、今の状態でも、デストロイ・バーラー五機を全て相手にして、勝つことが可能な程の魔力量──故に、フェンリルは暴風の権能を行使せず、物理によっての攻撃を考えた。


 その膨大な魔力量は呪力を失っても衰えることがなく、魔力の奔流が荒れ狂う波濤のように、戦場中に渦巻いている。


 魔力量に圧倒的な差がある現状では、権能を行使しても掻き消される可能性が高い。つまり、この五分間の戦いは、肉体の皮膚が裂け血が滲み、内側の骨や臓器までも失う覚悟で、肉弾戦を行わなくてはいけないのだ。


 ケルベロスとフェンリルは自分の顎が砕けるほどの咬合力で、巨大怨霊の腕に噛みついているが、やはり一分の隙間さえない重装備のフルプレートアーマーである。巨大怨霊にはダメージが通っていない。


 と、同時に。黒き巨大怨霊は力任せに両腕を振り回し、ケルベロスとフェンリルを振り払った。


 ケルベロスとフェンリルの牙は、半分ほど、砕けている。

 それだけの力で噛みついても、ダメージを与える事ができない。


 もしこれがドラゴンの強靭な顎ならばと、ケルベロスとフェンリルは内心で嘆き思う。だが、まだまだ戦いは始まったばかりだ。続いて、攻撃を繰り出したのは、早くもサイクロプスだった。


 巨大怨霊の数倍の巨体を誇る力で、上から棍棒を振り下ろす。


 誰もがサイクロプスに軍配が上がると思った──が、巨大怨霊はサイクロプスの棍棒を両手で持ち堪えている。


 サイクロプスはそのまま、蹴りまでお見舞いしたが、なんと蹴られた瞬間に巨大怨霊は吹っ飛ばされる中で、サイクロプスの自慢の巨大棍棒を奪ったのだ。


 だがサイズが違う。

 サイクロプスの巨大棍棒は黒き巨大怨霊の数倍である。

 扱えるはずがないのは明白なのだ。しかし、巨大怨霊は、サイクロプスの巨大棍棒を、丸太を抱き抱えるように振り回した。


 その振り回す力は、サイクロプスの数倍だ。

 自分の背丈以上の棍棒を振り回すだけでも困難なのに、サイクロプスが使い慣れている棍棒を、巨大怨霊もまた慣れたように使いこなしている。


 そのサイクロプスの巨大棍棒が、まさか自身に向かって牙を向くとは夢にも思わないサイクロプスであったが、事実サイクロプスは、巨大怨霊が振り回す棍棒で両足を負傷し、体幹を崩した。


 その光景に一驚する残された、四獣四鬼しじゅうしきと六大守護聖魔だったが、渦巻いた黒い殺意の塊を止めることに、躊躇はない。


 今度はこちらが、巨大怨霊の体幹を崩す番だとばかりに、タイタンが大地を強く踏みしだいた。


 ただそれだけで、大地には無数の亀裂が走り、大きな地割れと地揺れが巨大怨霊を襲う。


 だが、耐えている。黒騎士の巨大怨霊はタイタンの攻撃に耐え抜いたのだ。


 ならば連携して攻撃を繰り出せば良いと、タイタンは考えた。

 相手は一人だがこちらには人数に利がある。

 タイタンはサイクロプスと連携して、同時に踏み蹴りを巨大怨霊に与えた。


 しかし、またしても驚愕の念を隠しきれない事が起こったのだ。


 タイタンとサイクロプスの強大な踏み蹴りを、片方ずつの手で防御した直後、そのまま、タイタンとサイクロプスの足を掴み、天地が判然としないほど強烈に振り回した後で、地面に強く叩きつけた大地の衝撃は想像を絶した。


 言わずもがな、タイタンとサイクロプスは無傷ではない。


 全身打撲に加え、内臓や骨に至るまで傷つき、その山ほどもある巨体の口腔から撒き散らされる鮮血は、まさに血の雨そのものだった。


 魔力量だけでは無い、総身の力までも四獣四鬼と六大守護聖魔を上回っていたのだ。


 ここですぐさま動いたのは、アランである。


 アランには考えがあった。


 アランのアルティメットスキルである剣神之加護には、オーディンのアルティメットスキルである斬鉄之大軍神の権能の一つ、烈斬鉄剣れつざんてつけんと比肩する権能がある。


 それは金剛破斬こんごうはざんだ。


 さらに、オーディンと連携して、烈斬鉄剣と金剛破斬を同時に繰り出せば、あの巨大怨霊を両断できる可能性は高い。


 アランはすぐにオーディンの元まで行き、作戦を伝えると、二つ返事で承諾した。


 オーディンが愛馬スレイプニルで上空を駆け抜け、アランは地上で疾走する。


 二人の標的は巨大怨霊だが、肝心なのはその部位だ。

 その部位は巨大怨霊の首である。


 『あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ!』


 五臓六腑が氷の縄で締め上げられるような、鬼気とした声をあげて、地面に叩きつけたタイタンとサイクロプスを殴っている。


 巨大怨霊の今の標的は、タイタンとサイクロプスなのだ。

 つまりオーディンとアランには殺気を放っていない。


 オーディンとアランが今、同時に権能を行使して巨大怨霊の首まで届く間合いに入った。


 間髪入れずに二人の連携技が、巨大怨霊の首を狙った。


 「金剛破斬!」

 「烈斬鉄剣!」


 二人の呼吸は完璧だ。

 爆発的なまでの疾さで神速の必殺剣技が巨大怨霊の首を狙う。


 が、首に触れた瞬間、動きが止まった。


 首が余りに硬すぎたのだ。

 まさかと二人は数瞬だけ脳内が乱れた。


 あの金剛破斬と烈斬鉄剣での同時攻撃。

 首を斬り落とすには充分過ぎる超大技である。


 なのに、届かない。

 この巨大怨霊には届かないのだ。

 そして、首を斬れずに巨大怨霊の首に刃が触れた瞬間、アランとオーディンは巨大怨霊に胴体を掴み取られ、地面に叩きつけられた。


 アランもオーディンも口から血飛沫を撒き散らし、体中の骨や臓器を損傷した。


 しかし終わらない、終わらす訳にはいかない。


 自分たちの国であるテレサヘイズが、こんなドス黒い呪われた巨大怨霊に蹂躙される事など、あってはならないのだ。


 そして、覚悟を決めた四獣四鬼は総攻撃に出た。


 キングベヒーモスとイクシオンの極大突進。

 イフリートの業火、シヴァのダイアモンドダスト。

 見縫挿針けんほうそうしんの覚悟で巨大怨霊に立ち向かう──が、どれも弾き返される。


 フェニックスは上空から治癒の炎で、傷ついた仲間を回復させているが、同時に、怨霊に治癒の炎が効くのではないかと思い、食らわせてみたが、効果はなかった。


 エキドナはずっと、動かず好機を狙っていた。

 いくら相手が怨霊でも、今は物理が効く。ならば毒も効くはずだと。


 そしてエキドナは動いた。

 キングベヒーモスとイクシオンが極大突進し、それを弾き返し投げ飛ばした瞬間に──背後から猛毒の爪で巨大怨霊を切り裂──けなかった。


 この黒騎士の巨大怨霊は、体中の身を守るフルプレートアーマーを装備しているので、いくらエキドナの猛毒の爪が巨大怨霊に届いても、その中の皮膚まで届かない。


 エキドナは両腕を巨大怨霊に掴まれて、両腕を折られた。

 しかし、そこで終わるエキドナではない。

 エキドナは怪物たちの母であり、誇りがあった。両手を失っても、まだ下半身の長い蛇の尾で、巨大怨霊に巻き付いたのだ。


 しかし巨大怨霊は、巻き付いた尾を利用し、途轍もない速さで回転すると、エキドナの上半身をタイタンやサイクロプスにぶつけた。


 その衝撃でエキドナは一瞬だけ気を失い、巻き付いていた尾の力が弱まった。巨大怨霊は弱まったエキドナの尾を両手で掴むと、そのまま勢いよく、タイタンやサイクロプスにぶつけて、最後に地面に強く叩きつけたのだ。


 エキドナは、気絶する寸前だったが、なんとか持ち堪えた。が、両手を折られ、叩きつけられた衝撃で上半身の骨が砕け臓器が傷つき、戦える状態ではなくなってしまった。


 四獣四鬼も六大守護聖魔もアランも考えは同じだ。


 この黒騎士の巨大怨霊は、呪力無しでも化け物以上の化け物だと。


 まさか、ここまでの力だとは予想だにしなかった。


 四獣四鬼は考えた、あの大技を使うしかしない。

 しかし、あの大技を使うには膨大な魔力が必要になる。

 今の四獣四鬼の魔力量では、あの大技を使える魔力量を持つ者がいないのだ。


 当然、この大技を六大守護聖魔は知らない。

 この大技はピーター・ペンドラゴンが魔王竜に進化した時に、ギフトとして授かったものなのだから。


 それは、アルティメットスキル、魔王竜之加護である。

 そして、四獣四鬼が考えていることは、魔王竜之加護の権能の一つ、空間切断くうかんせつだんを行使することであった。


 全てを無の空間に封じ込める空間切断の権能。

 この黒騎士の巨大怨霊を倒すことは無理だと解った。ならば、完全なる無の空間に永遠に封じ込めるしかない。


 ここで、四獣四鬼は思念伝播で会議を始めた。

 今この場で一番魔力量が高いのはフェニックスである。

 だが、空間切断を行使できるまでの魔力量には達していない。


 ならば、フェニックスに魔力を注ぎ込むしかないのだ。

 問題は、魔力を注ぎ込むまでの時間である。


 結界が張られてから、三分は経っているので、残り二分以内に何とかしなくてはいけない。


 しかし、六大守護聖魔とアランは魔王竜之加護の事を知らない。

 だが今ここで、詳しい説明をしている時間がないのは明白だ。


 ならば、倒す策があるから六大守護聖魔とアランには、それまで巨大怨霊の相手をしてもらいたいと伝え、四獣四鬼の全員でフェニックスに魔力を注ぎ込むことしか道はない。


 そこからの四獣四鬼の行動は早かった。


 まずケルベロスが六大守護聖魔とアランに、今から四獣四鬼の全員で大技を出して必ず巨大怨霊を倒すが、その大技には少し魔力を高める時間が必要だから、六大守護聖魔とアランには大技を出すまで、巨大怨霊の相手をしてもらいたいと伝えたら、すぐに全員が承諾した。


 これで後は、四獣四鬼の全員で、フェニックスに魔力を注ぎ込むだけになった。


 「我が力不足なばかりに……すまぬ……」


 フェニックスが力なく言うと、キングベヒーモスが大笑いして言った。


 「何を今さら! 我らは仲間だ! 我らは四獣四鬼だ! この名誉ある名に恥じぬ戦いをするだけだ! フェニックスよ我らの分まで頼んだぞ! あの怨霊は決してテレサヘイズに入れてはならん!」


 『その通り!』


 「お前ら……。解った! 泣き言はやめだ! 我に力をくれ! あの怨霊を封じ込めてくれる!」


 四獣四鬼の全員の士気がここで爆発した。


 フェニックスに魔力を注ぎ込み、空間切断の権能を行使する時が来たのだ。


 そして、フェニックス以外の四獣四鬼は、全員フェニックスに全力で魔力を注いだ。


 美しく幻想的な黒と紫の巨大な霧が、フェニックスの総身を包むように体内に流れ込む。


 フェニックスの体がいつも以上に赫赫と輝きだし、今にも魔力が溢れんばかりに漲っている。


 「魔力はもう充分だ! ありがとう!」


 『後は頼んだ! フェニックス!』


 魔力を充分に溜め込んだフェニックスは、超高速で巨大怨霊が暴れる戦場まで向かう。急にフェニックスの本能が焦り出す。それは、もうすぐ結界が解ける事を本能が感じているからだろう。


 つまり、時間との勝負なのだ。


 フェニックスは思念伝播で六大守護聖魔とアランに、巨大怨霊から出来るだけ遠くまで離れるように伝える。


 そして魔力に満ち溢れ、宝石のように輝くフェニックスは巨大怨霊の眼前に立ち塞がり、大きく息を吸い込んだ瞬間、大音声で死の宣告を言い放った。


 「無の中に永遠に封じてやる! 空間切断!」


 フェニックスの裂帛の気合いが大気を震わせ、アルティメットスキル、魔王竜之加護の権能の一つ、空間切断が行使される。


 すると、黒騎士の巨大怨霊の眼前に、何も無い空間が急に縦に切られ、巨大怨霊よりも尚も黒く、尚も暗く、尚も深い闇の空間が現れた。


 そして、巨大怨霊を吸い込むが、巨大怨霊も必死の抵抗をする。が、それは無意味なのだ。


 なぜなら、この空間が一度出現したら、行使した者が空間に封じ込めたいと思った者を、絶対に封じ込める権能だからである。


 『あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! あああああ! ああああ…………』


 最後まで痩身が身震いするほどの、地を這う呪われた声を出しながら、四獣四鬼、六大守護聖魔、アランたちが全員で立ち向かっても、全く敵わなかった怨嗟の塊である黒騎士の巨大怨霊は、無の空間に永遠に封じ込める事が出来た。


 これでやっと、全ての敵を倒しダミアンヘイズとの前線での、激しい攻防戦は終わったのだ。


 斜線陣で機械兵ネバーダイと血戦を繰り広げた、軍都レギオンでアランに軍事訓練を受けてきた三大将軍、アドム、ドリマ、プレース、そして500万人の兵士たち。


 さらに、非戦闘員でありながら、国の参謀総長であるピノネロは、人外が犇めく化け物だらけの前線で最後まで、戦況を見て、自ら与えられた有事の際の参謀総長の役目を成し遂げた。


 9000年前の竜機戦争以上の激闘を繰り広げた、一機だけで国を壊滅するだけの力を持つデストロイ・バーラを、たった七体だけで倒した精鋭中の精鋭のドラゴン。ファフニール、ヒュドラ、ニーズヘッグ、バハムート、リンドブルム、ティアマト、そしてエルダードラゴンの七体のドラゴンたち。



 最後に、この前線で一番の強敵であった、全てを呪う怨嗟の塊である、黒騎士の巨大怨霊機械兵ナインスと死闘を繰り広げた、四獣四鬼こと、ケルベロス、キングベヒーモス、フェニックス、イクシオン、イフリート、シヴァ、タイタン、オーディン。

 さらに六大守護聖魔こと、マディーン、セラフィム、アレキサンダー、フェンリル、サイクロプス、エキドナ。そして剣聖アラン。


 そのどれもが、全て苛烈を極めた戦いであった。


 誰もが傷つき、誰もが血を流し、誰もが総身の骨や臓器を損傷した。しかし、誰もが戦場で勇敢に戦った。まさに大英傑に相応しい戦いぶりである。


 そして誰一人として、戦死した者がいなかったのは、まさに奇跡としか言いようがない。


 この熾烈な戦いが、歴史として後世に語り継がれるかは解らないが、一番大事なのは、この大激戦で仲間を一人も失わずに、自分たちの国を前線で戦い守り抜いた事だ。


 決して華々しい快勝ではなく、汗と血と泥にまみれた勝利であった。が、この戦いで生き残った者たちは知った。


 戦場で、戦いの中で、生き残ることの大切さを。


 斯くして、ダミアンヘイズ第三帝国の侵攻から見事、神聖魔教国テレサヘイズは両軍の前線で勝利し、防衛戦の幕を下ろしたのであった。



 第13章・完

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