第132話 ダミアンヘイズの最終兵器、ナインスの呪力


 ダミアンヘイズ第三帝国の帝都ルーラーでは、またしてもアンドレフ大佐からの電報の内容を見て、驚愕し慌てる男がいた。


 ダミアンヘイズの総統閣下であるエドガー・ヴィンセントの側近にして、参謀総長でもあるドクトルである。


 ドクトルはすぐに帝都の中の参謀会議室に行くが、エドガーの姿が無い。となると、残るは管制室か食事の間だ。


 しかし、エドガーは先ほど食事をしたばかり。

 ならば──残るは管制室である。


 ドクトルは走って管制室まで向かった。


 「そ、総統閣下! エドガー総統! た、大変です!」


 そのドクトルの慌てぶりを見たエドガーは、溜息をついて口を開いた。


 「ドクトル。お前はいつも騒がしい奴だな。きっとデストロイ・バーラーの事で大佐から電報でも届いて、慌てているのだろう? その戦いならモニターで全て見ていたぞ。実に白熱した良い戦いだった。それよりも、テレサヘイズの食に対するこだわりは素晴らしいな! この……なんだ? ハンバーガーか? これを作った奴は天才だ!」


 そう言いながら、優雅に管制室の皮の椅子に座りながら、ハンバーガーを食べるエドガー。その管制室の中には、少尉から大将までの階級を持つ幹部たちが全員揃っている。


 「あ、あのう……恐れながら、ご質問します。お食事でしたら、先ほど召し上がったばかりかと……」


 「ドクトル。私は一日に、食事を六食とらなければ餓死してしまうのだ。まあそれより、ドクトルの焦りも解らないではないが。たかだかデストロイ・バーラーを五機失った程度で、大声を出すな」


 その言葉を聞いて、思わずドクトルが反駁してしまった。


 「お言葉ですが、デストロイ・バーラーを一機作るだけでも、どれだけの資金が──」


 エドガーはドクトルの言葉を遮り、落ち着き払って話した。


 「金の問題では無い。重要なのは、敵にどれだけの恐怖を植え付けるかだ。確かにデストロイ・バーラーは全て失ったが、テレサヘイズが誇るドラゴンたちをモニターから見てみろ。全てのドラゴンが傷つき満身創痍になっている。中には気絶しているドラゴンまでもいる事の重要性を理解しろ」


 「理解ですか?」


 なんの事を言われているのか、解らず困惑しているドクトルに叱責するエドガー。


 「まだ解らんのか? テレサヘイズが前線に配備した精鋭のドラゴンを、全て戦闘不能にさせたのだぞ。これは敗北ではない。ドラゴンたち──いや、テレサヘイズは思い知ったであろう。我が国にはテレサヘイズが誇る精鋭のドラゴンを、全て戦闘不能に出来る力があると言う事を。これこそが恐怖の種だ。そして恐怖の種を発芽させるのが、ナインスなのだ」


 エドガーの言葉に、思わずドクトルは耳を疑ってしまった。


 「そ、総統閣下。まさか、デストロイ・バーラーを全て失っている現状で、まだ戦争を続ける気なのですか?」


 逆にエドガーはドクトルの言葉に耳を疑ってしまう。


 「何を言っているのだドクトル。戦争はこれからなのだぞ。アンドレフ大佐に電報を送れ。戦争は終わらん、続行だと。さぁ急げ! ツァック! ツァック! ツァック!」


 そう言われ、ドクトルはまた急ぎアンドレフ大佐に電報を送る為、管制室を後にした。




 ────────────




 またもや帝都から送られてきた電報に、驚きを隠せないアンドレフ大佐。


 あのデストロイ・バーラーを失い、残りの戦力はナインスだけになったと言うのに……。


 大佐の内心は不安の気持ちが爆発していた。


 この前線を守りきれずに、捕虜にでもされたら殺される。

 もし殺されず、ダミアンヘイズに帰還できたとしても、総統閣下に殺される。


 この板挟みに、吐き気すら感じていた。


 ここまで来ると信心深くないアンドレフ大佐も、神に祈るしかない。

 どうかナインスが、前線で敵の主力を壊滅してくれる事を。


 そのナインスだが、やっと待機をやめ前線に向かって歩を進めた。


 と、同時に今まではっきりとしなかった、魔力を解放したのだ。


 その魔力の荒れ狂う奔流は、戦場に嵐のような猛風が暴れるほどである。


 アラン、四獣四鬼しじゅうしき、六大守護聖魔は、その凄まじい魔力を眼前にして驚愕の念を隠せなかった。


 魔力で嵐を巻き起こす九体の影が、ゆっくりと前線に近づく。


 2メートルを越える巨躯の九体が装備している甲冑は、どこにも隙の無い頑強なフルプレートの鎧であり。戦場で軍馬無しでは移動が困難なほどに見える、重装備の漆黒の鎧だった。そして、その鎧には輝きが無い、艶が無い、どこまでも深い闇の鎧。


 アランが今、装備している、ドワーフに作ってもらったプラチナの鎧のように、戦場で燦然と輝く鎧では無い。


 さらに兜の上から黒い髑髏面を付けて、その面の奥の双眸は呪われた熾火を思わせるほど、不気味に赫赫と光っている。


 その頑強な鎧には、まさに闇としか形容できない影が、纏わりついていた。


 しかし、戦場にいる者が感じたのは、その不気味な風体ではなく、魔力から感じる、悍ましい怨嗟や怒りの念である。


 これはもう、歩く呪いのような怨霊だと、誰もが感じた。


 だが、魔力量は高くても、得物を携えていない。


 見るからに騎士なのだから、大剣ぐらい持っていてもおかしく無いのに……それも、不気味に感じさせる要因だった。


 果たして、この九体の機械兵は、どのような戦いをするのだろう。

 戦場にいる者たち全てが、そう考える中──突然、嵐が雷を纏うように、疾風の如く戦場の中に躍り出たのだ。


 九体の影は、前もって役割分担を説明されていたかのように、行動を始めた。


 重装備の鎧なのに有り得ない速さで疾る影。

 その影と一番最初に激突したのは、アランだった。


 影は一体だけ。他の八体は四獣四鬼や六大守護聖魔に向かって走って行く。


 「まさか得物も無しで、戦場に来るとはね。キミは力自慢をしに戦場まで来たのかな?」


 「────」


 アランの質問に対して返答は無かった。


 「随分と無口なんだね。それとも、人見知りなのかな?」


 アランは背中に背負っていた、ドワーフ特製のプラチナの大剣を抜いた。本来プラチナの剣は聖属性が二倍になる効果があるが、ドワーフの中でも知らない者などいない、凄腕の鍛治職人リコが作ったこのプラチナの大剣は、聖属性攻撃十倍の神聖属性のプラチナの大剣なのだ。


 (見た目的には聖属性が効きそうな敵ではあるが、中身は機械兵だ。だが、私の考えが正しければ、機械兵であっても呪属性の可能性は高いだろう)


 アランの考えは正しかった。

 大剣を構えると同時に、アランが刹那の速さで、巨躯の影を両断した。


 「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ」


 この世界の全てを恨むような、どこまでも不気味で低い声を出し、両断された巨躯の影は地面に倒れる。すると、地面が黒く滲んだ。まるで地面に墨汁を垂らしたように……。その現象は紛れもなく、呪属性特有の現象である。


 「魔力量に最初は驚いたが、やはり呪属性だったみたいだ。それに、神聖属性の大剣にしてくれたリコには感謝だな」


 アランが倒した巨躯の影を後にした、その時──なんと倒したはずの、影が動き出し、両断されたはずの体が一つになり立ち上がった。


 さらに驚くべきことは、前よりもさらに数十センチメートル大きくなり、その手には、アランの大剣とそっくりな漆黒の大剣を持っていたのだ。


 「なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる」


 巨躯の影は怨言のように、同じ言葉を繰り返して、アランに漆黒の大剣を振るう。


 だが、振るうだけで、構えなど無い。

 しかし、その振るう速さが、異常に思えるほど速い。

 常人ならば瞳で追えないほどの速さではあるが、剣聖アランには剣筋がはっきり見えている。


 しかし、その踏み込んで来る勢いが、尋常では無い速度を有していたのだ。


 アランは、呼吸を整えるために、相手の大剣を止めるべく、防御した──直後、余りの重い一太刀に数十メートル後方に、飛ばされた。


 (まさか私が、押されるとは……)


 アランは今までの経験の中で、一度も出会った事のない剣使いに対処しようと、必死で思考を巡らせる。


 「なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる、なんで俺の体を痛くさせる」


 怨言を吐き捨てながら、アランに迫る巨躯の影は、漆黒の大剣を振り回し続けていた。


 アランは自身の体を深く下げ、大剣を居合のような構えにする。


 (もし、先ほどと同じ現象が起これば、何かしらの方法で呪いを解呪させる技を繰り出すしかない。試しにもう一度、完全に相手を両断してから考えるか)


 アランがそう決断すると、低い体勢から刹那の居合が巨躯の影を襲う。


 瞬間──上半身と下半身を完全に両断した。


 巨躯の影はまたしても、地面に倒れる。


 アランがその巨躯の影を観察していると、完全に両断した上半身と下半身が磁石のようにくっつき、また前よりも数十センチメートル大きくなった。


 (この現象はいったい……)


 アランが今まで戦ってきた敵とは、明らかに異質。

 おそらく、呪いの力が強すぎて、自分でもコントロール出来ないほどの、不死性を持っていると、アランは推測した。


 「ん……なんだ? これは数字?」


 まだ倒れてる巨躯の影の手の甲には、数字の1の文字が刻まれている。


 (これが何かしらの、倒すヒントになれば……)


 だが、アランが思考する時間は少な過ぎた。

 倒した巨躯の影がすでに立ち上がり、また漆黒の大剣を振るっている。


 そしてアランが驚くべきことに気がついた。


 巨躯の影が持つ漆黒の大剣すらも、大きくなっていたのだ。


 (まずいな……コイツは早く倒す方法を見つけないと、どんどん巨大化する化け物になる)


 アランはそう考えると、深呼吸をして──なんとその場を離れ、ピノネロがいる陣幕まで戻ったのだった。

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