第130話 戦慄が走る、殺戮機械兵マスマーダーの暴威


 本来、デストロイ・バーラーは単独をメインに作られた、ダミアンヘイズの大量虐殺兵器である。


 つまり、ダミアンヘイズにある五機のデストロイ・バーラーが一つの場所に集まることが、どれだけの異常事態かと言うことを、残りの四機のバーラーは理解していた。


 さらに、ダミアンヘイズ第三帝国の総統閣下であるエドガーは、こんな事を見越して、五機のデストロイ・バーラーにとある改造を施していたのだ。


 それは、想定外の緊急時には、ウォーパーソンの命令に従うと言う改造である。


 エドガーのこの行動が功を奏して、ウォーパーソン以外の改造された三機のデストロイ・バーラーはウォーパーソンの命令に従うようになったのだ。


 だが、例外もある。


 この改造は移植された脳みその手術に近いので、かなり高度な技術が必要とされ、すでに倒したディクテイターにも同じ改造を施したが、余りに自我が強く、意味の無い改造に終わった。


 もし完璧に命令に従わせる為の、脳内手術を行なってしまえば、最悪の場合ディクテイターに移植した脳みそが破壊され、デストロイ・バーラーを一機失う事になってしまう。


 なので、エドガーはディクテイターに対しては、過度な改造を避け、単身の破壊活動を専門とさせた。


 だがしかし、そのディクテイターも合わせての五機全てのデストロイ・バーラーの集結。エドガーは命令違反をするディクテイターまでも戦線に送ったのは、この短時間でテレサヘイズがダミアンヘイズに派遣した戦力を全て無力化して、怒濤の勢いでテレサヘイズの領土内を侵略する計画だったからだ。


 そのエドガーの計画は今、七体のドラゴンに阻まれている。


 前線を見ていないエドガーは知らないが、デストロイ・バーラーを一機失う事の重大さは計り知れない。が、これでやっとウォーパーソンは自由に行動できるようになった。


 ウォーパーソンは、ファナティックとラスターに待機命令を出し、マスマーダーに弱ったファフニールとバハムートを戦闘不能にしろと、命令を下す。


 命令はもちろん思念伝播での命令なので、どんな乱戦になっても命令できる。


 まさにドラゴンと同じなのだ。


 待機中の三機のバーラーを後にして、マスマーダーが悪魔のように鋭く黒い翼をはためかせ音速のスピードで、ファフニールとバハムートを狙う。


 だが、五体のドラゴンがそれを許すはずがない。


 ヒュドラが吐いた装甲を溶かす硫酸以上の強酸がマスマーダーを襲う──ニーズヘッグの鋼を軽く抉る鋭い爪が襲う──ティアマトが激しく両翼をはためかせ強烈な竜巻で襲う──リンドブルムのドラゴンシャウトと衝撃波が襲う──エルダードラゴンが大気が凍てつき光り輝くブリザードブレスを吐く。


 その五体のドラゴンの猛攻を軽々と掻い潜って、マスマーダーがファフニールとバハムートに襲いかかる。


 マスマーダーのブレード状になった両腕が、ドリルのように高速回転したかと思った次の瞬間──高速回転したマスマーダーのブレードが、ファフニールとバハムートの腹部を抉り、血飛沫が舞い散る中で、動きが鈍ったファフニールとバハムートの両翼を、マスマーダーが狙う。


 高速回転を止めて、マスマーダーの両腕はまたブレードに戻った。そして、ファフニールとバハムートの翼を事も無げに切り落としたのだ。


 翼を失ったドラゴンは、いくら翼を広げはためかせても、飛ぶことは不可能である。


 その為、ファフニールとバハムートは地上に落下して、上空で戦うことが出来なくなってしまった。


 マスマーダーはウォーパーソンの命令を確実に遂行したのだ。

 そして残された上空の五体のドラゴンは、このマスマーダーの力に愕然としている。


 まさか、五体のドラゴンの連携技を易々と躱し、二体のドラゴンを上空の戦線から戦闘不能にさせるとは……。


 地上では、フェニックスが治癒の炎で二体のドラゴンの怪我を治している。だが、欠損した部位までは治せない。


 欠損した部位を治す為には、ピーターの権能の完全復元が必要なのだ。


 もうファフニールとバハムートは上空の戦線まで飛んで行けず、戦闘不能になってしまった。


 残されたドラゴンたちは、急ぎ思念伝播でマスマーダーをどうするか話し合った。


 結果として、マスマーダーの敏捷性に対抗しなくてはいけない事と、一体では倒せないだろうと言う結論から、リンドブルムとティアマトが戦う事になったのだ。


 敵のデストロイ・バーラーはマスマーダーの戦いを観戦するかの如く、待機状態である。


 このまま乱戦になる前に、一気にマスマーダーを倒す。

 ドラゴンたちの考えはまとまった。


 三体のドラゴンを残し、リンドブルムとティアマトが臨戦態勢に入りマスマーダーに特攻した。


 『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!』


 マスマーダーは狂乱したような声で叫ぶ。


 再びマスマーダーの両腕のブレードが高速回転──否、超速回転をしている。


 もはや触れた瞬間に細切れにされるほどの暴威が、その両腕から伝わってくる。


 しかし、二体のドラゴンの動きは止まらない。ティアマトが後方に待機し、リンドブルムが突撃した。


 突撃してくるリンドブルムに対して、マスマーダーがその暴威を振るう。


 だが、その暴威はリンドブルムを仕留めるだけの力はなかった。


 と言うよりも、リンドブルムが長い胴体でマスマーダーを締め上げたからだ。


 さらにダメ押しとばかりに繰り出される、リンドブルムの雷撃。


 そう、リンドブルムは自身の体を帯電させ、稲妻級の雷撃をマスマーダーに食らわしたのだ。


 そして締め上げられた状態での雷撃は、マスマーダーの全身を襲う。


 攻撃と速さに特化しているマスマーダーであるが、その分、防御力が低いのが欠点である。百戦錬磨のドラゴンたちは、決してその欠点を見逃さない。


 さらに、あまたの戦いを経験しているエルダードラゴンに限っては、敵の弱点を見つける事は、そこまで難しいことではないのだ。


 しかし、ここでマスマーダーが思わぬ行動に出た。


 自分の体全体を超速回転させたのだ。

 つまりリンドブルムは、超速回転するドリルを締め上げてるのと同じで、その鱗が剥がれ落ち肉体が削られていく。


 このままでは倒される。そう思った瞬間のリンドブルムの行動は迅速だった。


 なんとリンドブルムは自分が今、締め上げているマスマーダーごと、ティアマトの一撃必殺のブレスを放てと思念伝播で伝えたのだ。


 これにはティアマトも思案したかったが、もう時間が無い。

 一秒ごとにリンドブルムの肉体が削られていっているのだ。


 リンドブルムの提案に、即座にティアマトが対応した。


 「リンドブルムよ! 本気で行くぞ!」


 ティアマトがリンドブルムに大声で語りかける。


 「構わん! 俺ごと放てえええええええええええええええええ!!」


 リンドブルムの咆哮のような大音声に、天が哭き地が震える。


 『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!』


 殺すと言う言葉しか、インプットされていないかのように、マスマーダーが叫び続ける。


 ティアマトはリンドブルムに言われた通り、リンドブルムごと一撃必殺のブレスを吐く構えに入った。


 リンドブルムが激しい痛みに耐えながら、血飛沫を撒き散らし、尚もマスマーダーを締め上げ動きを封じている。


 ティアマトは渾身の極大技であるブレスを吐くため、全神経を集中させた。


 ティアマトの体が黒き炎に包まれた。だが、これは敵の攻撃では無い。

 この黒き炎こそ、ティアマトの大技なのである。


 そしてティアマトが大きく息を吸い込むと、その黒き炎を全て飲み込んだ。


 ティアマトの周囲の大気は、猛火とはまた違う恐ろしい熱エネルギーにヒステリーを起こし、大気が二重に、三重に、四重に、歪んでいく。


 「リンドブルムよ! 手加減はせぬぞ! ダークフレア!!」


 ティアマトが大口を開いた瞬間、ティアマトの大口の中は夜よりも暗い闇が揺らめいていた。


 その闇の正体は、漆黒の炎である。

 放たれたが最後──相手を焼き尽くすまで消えない混沌の炎。


 その混沌の炎のブレスがティアマトの大口から放たれた。


 放たれた混沌の炎は、マスマーダーとリンドブルムを焼き尽くしていく。


 一機のデストロイ・バーラーと、一体のドラゴンを呑み込む黒き混沌の炎。その墨汁のように黒き混沌の炎は、余りの黒さに包まれた者がどうなったのか解らない。


 しかし、一つだけ解ることがある。


 この黒き混沌の炎は、相手を焼き尽くすまで消えない。


 ティアマトは思う。他のドラゴンたちも同じ事を思う。

 マスマーダーが最初に全てを焼き尽くされれば、リンドブルムを助けることが出来ると。


 そして、ティアマトが放った黒き混沌の炎は完全に消え、後には何も残っていなかった。


 ティアマトはリンドブルムの決死の覚悟を無下にする事が出来なかった。故に、一撃必殺のダークフレアを放ったのだ。


 マスマーダーの魔力は消えた。

 これで残りのデストロイ・バーラーは三機となった。が、失ったものが大き過ぎる。


 ティアマトの脳内では、今までのリンドブルムとの思い出が駆け巡る──と、思ったが、突然ティアマトの背中を長い胴体が叩いた。


 それは紛れもなく、リンドブルムであったのだ。


 「リンドブルム……なぜ?」


 驚愕の念を隠しきれないティアマトだが、リンドブルムは大笑いしていた。


 「我があれぐらいで死ぬと思うたか! 空間切断くうかんせつだんだ!」


 その言葉を聞いて、ティアマトは思い出した。


 魔王竜之加護の権能の一つ、空間切断。


 それは空間を切断し、切断された空間内に他者を入れ封じる技。

 もちろん応用もできる。

 自分がその空間に入ることで、どんな攻撃も回避できることだ。


 本来、相手を空間に封じる技であるが、自分が空間に入れば、自由に出入り出来る技でもある。


 つまりリンドブルムは、マスマーダーがダークフレアで完全消滅したのを確認し、その後で空間切断の権能を行使し、混沌の炎の中から空間を切断し、炎だけをその場に置き去り、自分は安全な空間内に逃げられたのだ。


 その空間内は全ての権能を無効にする。

 その空間内は全ての権能が行使できない。

 その空間内は全てのブレスを無効にする。

 その空間内は全ての呪詛を無効にする。

 その空間内は全ての身体能力と魔力を奪う。


 その空間内は何も存在してはいけない、無そのものなのだ。


 つまり、空間内に入った瞬間、リンドブルムを包んでいた存在が消滅するまで消えない、混沌の炎が消えたのだ。


 だが……リンドブルムに刻まれた痛々しい傷までは、無にならない。


 「フェニックスの力を借りたい所だが、地上での戦いが始まろうとしている。不甲斐ないが、今の我にはもう戦う力が残って──」


 リンドブルムの言葉を遮り、ティアマトが言った。


 「貴様はよくやってくれた。もし貴様がいなければ、敗北していたのは必定。後方で待機していてくれ」


 「すまぬ……」


 リンドブルムは、滴る血液を地上に降らせながら後方に下がった。

 その血は、本当の意味で血の雨のようである。


 この戦いを見ていたウォーパーソンは感じた。


 (マスマーダーだけで、全てのドラゴンを殲滅できると思ったが、このドラゴンたちは残るデストロイ・バーラー全機で、全力を出し戦わなければ、こちらが負ける)


 そう思ったウォーパーソンはすぐさま、思念伝播で残りの二機のバーラーに伝えた。


 今から総攻撃をかけると。

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