第125話 エドガーの戦術、激突する二つの斜線陣
陸ではダミアンヘイズの攻撃を打ち破り、敵の全兵を壊滅させた事に、歓喜の声が鳴り響いていた。
しかし、ピノネロは難しい表情をして思案している。
(おかしい。確かに
そんなピノネロの思案は当たっていた……。
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この壊滅した前線の指揮を任されていた、アンドレフ大佐は急ぎ帝都ルーラーに、現状を伝えるべく電報を打った。
その電報をいち早く確認したのは、総統閣下ことエドガーの側近である、長身痩躯で純白の軍服を纏い、メガネをかけた三十代後半のドクトルと言う男であり。帝城の食事の間では一人、厚切りステーキを頬張る、純白の軍服を纏った、小太りで金髪碧眼のメガネをかけた四十代後半の男がいる。
食事の間にいる男は、常に頬を歪ませ笑ってはいるが、その双眸だけは笑うことなく、鋭利な刃物を連想させ全てを睥睨する者であった。
そして、この小太りの男こそが相当閣下と呼ばれる、エドガー・ヴィンセントである。
ドクトルは急ぎ、総統閣下がいる食事の間に駆けつけた。
「騒々しいぞドクトル。食事ぐらいゆっくり食べさせろ」
エドガーはドクトルの慌てぶりなど気にもせず、厚切りステーキを頬張っている。その声音は何も恐れるものが存在しないような、滑らかで落ち着いた声だった。
「そ、総統! お食事中に申し訳ありません! ですが、今さっき前線を指揮していたアンドレフ大佐から電報が届き! ぜ、前線が壊滅したとの報告が来ました!」
「ドクトル。蹂躙される処女のように騒ぐな」
「ですが総統。この短時間で、前線が崩壊するなど……」
エドガーはナプキンで口を拭くと、静かに語り始めた。
「ドクトル。大事な事は前線の崩壊では無い。なぜ崩壊したかだ。解るな?」
「はい総統。電報によれば、突然、何者かが、大波を引き起こし、チャリオッツバーラー5000万機を破壊し、ファイターバーラーまでも半分以上を破壊したとのことです。さらに、敵は斜線陣でこちらの100万体にも及ぶ機械兵ネバーダイと100万人の兵士を壊滅させたと……」
その言葉を聞いて、エドガーの胸が躍った。
「斜線陣か! テレサヘイズの参謀総長は、よほど頭が切れる者らしい。よろしい、ではこちらも斜線陣だ。ネバーダイの残りは後何体だ?」
「残り500万体です」
「では全てを前線に配備しろ。今すぐにだ! そして、こちらも斜線陣で対抗する。斜線陣はより多くの兵がいる方に軍配が上がる。つまり斜線陣に対抗する為には、こちらも斜線陣で待ち構えるのが上策だ」
エドガーの言葉に困惑を隠せないドクトル。
「そんな事をしたら、この帝都を守るネバーダイが、1体もいなくなってしまいますよ!」
「ドクトル。この戦争に敗北したとしても、また次の戦争をすればいいだけだ。そしてまた敗北したら、次の次の戦争をする。そしてまた敗北したら、次の次の次の戦争をする。我々は最後の一人になっても戦争をやめない。私がクーデターを起こした時に掲げた、この言葉を忘れたか?」
「い、いえ。忘れてません」
「うむ。それとだ。確か──テレサヘイズにはドラゴンが多数いたと思うが」
「ええ。電報の続きには、上空に七体の巨大なドラゴンもいると……」
その言葉を聞いたエドガーは、これでもかと言わんばかりに瞳を開かせ、その瞳の中には邪悪そのものと言っても過言では無い、ドス黒い光りが輝き、頬を歪ませ微笑んでいる。
「よろしい。ならば、前線のファイターバーラーを全機退却させ、デストロイ・バーラーの、ディクテイター、ウォーパーソン、ファナティック、マスマーダー、ラスターの五機を前線に投入しろ。それとナインスもだ」
「あのデストロイ・バーラーの五機全てと……ナインスも……ですか?」
「何度も同じ事を言わすなドクトル。さぁ、テレサヘイズよ。9000年前の竜機戦争の続きをしようじゃないか。ドクトル。急ぎ前線のアンドレフ大佐に電報を送れ」
「承知しました」
そして、ドクトルは急ぎ電報を送る為に、エドガーのいる食事の間から退出した。
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ドクトルからの電報を確認して、一番驚いたのはアンドレフ大佐だった事は言うまでも無い。
なぜなら、大佐はすぐさま退却の下知が下るものだと、思い込んでいたからだ。
それが、前線待機命令と、これから500万体の機械兵であるネバーダイが来ること、さらに帝国最強を誇る五機のデストロイ・バーラーまでも出撃する報せを受け、驚かないはずがない。
そして500万体の機械兵に、こちらも、先ほど苦渋を飲まされた斜線陣で対抗するようにと、電報で命令されたのだ。
しかし上層部の命令は絶対である。
ましてや、この戦術が総統閣下の考えであるなら、必ず遂行しなくてはならない。
アンドレフ大佐が覚悟を決めた、その時。
500万体の機械兵ネバーダイが前線に到着した。
ネバーダイは機械兵なので、その行軍速度は馬を超える、時速100キロメートルの速さで行軍できる。
つまり、前線には新たに500万体のネバーダイが早くも集結したのだ。
それを見て愕然としたのは、アランや、アラン率いる残り300万人の軍勢だけでは無い。
ピノネロまでも内心で冷や汗をかいていた。
さらに驚くべきは、先ほどピノネロが行った斜線陣を、あっという間に完成させたことだ。
500万体のネバーダイは、ピノネロの斜線陣と同じく、400万体のネバーダイが右翼に200列の縦深を組み、横一列に薄く伸ばした100万体のネバーダイの横隊で構成された斜線陣の陣形が出来上がった。
それを見たアランは冷や汗をかきながら微笑し、残りの兵士たちに大声で叫んだ。
「私たちの強さを証明できる時が、今やっと来たのだ! さぁ! 全軍、先ほどと同じ陣形を組み突撃するぞ! そして私を喜ばせてくれ!」
500万人からなる兵士は全て、アランの強さを知り、誰もがアランに憧れ、誰もがアランのようになろうとしている。
そんな兵士たちをアランが鼓舞すれば、士気が爆発するのは明白だ。
だが、こちらは既に、200万人の負傷兵がいるので、300万人の劣勢で戦わなくてはいけない。
さらに、相手は人間では無く、機械兵のネバーダイだ。
しかし、そんな事など考えもせず、アランの下に集まった300万人の猛者たちは、再び斜線陣を組む。
先ほどは200列だった縦深が100列になったが、躊躇など微塵も無い。
さらに敵は眼前に迫っている。
そしてアランの大号令が、地を揺るがすほどに響いた。
「全軍! 突撃いいいいい!!」
その光景をただ見守る事しか出来なかったピノネロは、自分の拳で自分の頬を殴った。
その痛みに、やっと正気を取り戻したピノネロは、アランが率いる斜線陣と、敵が率いる斜線陣を備に観察する。
だがしかし、ピノネロはネバーダイの本当の恐ろしさを知らない。
ネバーダイとは人を辞め、獣を辞め、化け物にも怪物にもなれず、神からも悪魔からも見放された、感情を持たない機械兵。
ネバーダイは死なない。いや、死ねない死兵なのだ。
生を拒絶しても、生はそれを許さない。
生き続けることから決して逃れられない存在。
死からも見放された者──それがネバーダイなのだ。
そんな死の恐怖を置き去りにした機械兵ネバーダイの斜線陣と、アランが率いる300万人の斜線陣が今、大激突した。
人ならざる力で戦場を蹂躙しようとするネバーダイに対して、300万人の兵士たちはサージスキルで対抗する。
もちろんアランは常に先頭に立ち、兵士たちを鼓舞しながら奮戦していた。
しかし、敵側の200列の縦深に対し、アランたちの縦深は100列である。いくらアランの下で士気が爆発しているとは言え、相手が悪かったのだ。
これが人間の兵を相手にしていれば、不利な状況を逆転できただろう。
だが相手は、機械兵であり死を恐れぬ死兵なのだ。
1列──2列──3列──4列──と、次々に縦深が敵に潰され劣勢となる。
そして次は、アランたちが押されてしまう形になった。
アランが決断したのは、縦深が残り30列になってからだ。
その場にいた、アランと一緒に戦う、アドム、ドリマ、プレースに対して、アランは全軍の撤退命令を下したのだった。
だが三人とも死に場所はここだと言わんばかりに、アランの命令に初めて首を横にふった。
しかしアランは三人に告げた。
「キミたち三人が戦死でもしたら、一体誰が500万人の大軍勢を束ねるんだい? 私はキミたちに戦場で死ぬ為の訓練では無く、生き残る為の訓練をしてきたんだ。キミたちは三大将軍だ。ここは私の命令に従ってほしい。それに戦場で散るのは武人の誉れだが、軍を指揮する将軍の誉れは、必ず戦場で生き残る事だ」
それはアランの下知ではなく、三人に対しての頼みだった。
今まで命令はされど、アランから頼まれた事が無い、アドム、ドリマ、プレースは、事の重大さを理解する。
三人は涙を流し、全軍に退却命令を出し、残った兵は全て前線から引いた。味方の数はおよそ100万に対し、敵側の数はおよそ400万。
まだ体力が残っている兵士が、負傷した兵士たちを担ぎ退却する中で、なぜかアランだけは戦場に残っている。
その様子をずっと見ていたのはピノネロだった。
敵の縦深は残り150列に対し、味方の縦深は残り30列。
ここでの早期退却の下知を下したアランを、ピノネロは心の中で称賛していた。
だが、ここからどうやって、敵の斜線陣を切り崩すのか。
アランが一人で400万にも及ぶ機械兵ネバーダイを相手にするとも思えない。
しかし、ピノネロは理解していた。
500万人の大軍勢にも負けぬ強力な味方がいることを。
そして、その味方がいざ暴れ出したら、他の味方にまで損害が出てしまう。
アランはそこまで見越して、軍都の兵士たちを撤退させたのだ。
(さて、キミたちに恨みは無いが、久々に本気で行かせてもらうよ。それに、そろそろ他の仲間も来る頃だろう)
アランは清流のように心の中を落ち着かせている。
それは、これから始まる逆転劇を予見しているからだ。
そして──ピノネロが第三のラッパを吹いた瞬間、天地が震える轟音とともに、
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