第124話 ピノネロの策、斜線陣の意味とは


 ピノネロの策略の前に、少しだけダミアンヘイズに対して、説明しておこう。


 現在のダミアンヘイズの統治者は、エドガー・ヴィンセント。


 恐怖政治により、民と臣下を導くものである。


 ピーターが三年間もの期間、テレサヘイズ全域を留守にしていた際に、元大佐だったエドガーのクーデーターが成功し、現在は全ての主導権をエドガーが握っていのだ。


 エドガーは国家の中で総統閣下と呼ばれ、国家の財力を使い、異常なほどの軍事力を数年で築き上げた。


 さらに、まだエドガーが総統閣下として君臨する前は、黄金の帝国と呼ばれ、富に溢れ、賢君と呼ばれる帝王が統治し、難民救済や他国に資金援助をする国であり。温泉郷としても有名だった。


 しかし、エドガーのクーデターに賢君と呼ばれた帝王は屈服し、ダミアンヘイズを支配されてしまったのだ。


 では、なぜ国民や臣下に慕われる帝王がエドガーに屈服したのか。


 それはバーラーだけの力だけでは無い。

 エドガーがダミアンヘイズの賢君から国を簒奪する、兵力があったからだ。


 ピノネロは、この情報を元に少しでもダミアンヘイズの内部情報を集めた。


 さらにピーターには、四凶二人の酒宴が終わってから伝えようと思っていたが、最悪のタイミングで、戦争になってしまったのだ。


 しかしピノネロに焦りは無い。

 三人の酒宴が始まる前日に、アランにもしもの時の作戦と、ダミアンヘイズの実情を、出来るだけ伝えておいたからだ。


 斯くして、ダミアンヘイズの奥の手を潰す為の陣形、斜線陣しゃせんじんでの戦いが始まろうとしていた。


 ピノネロが斜線陣で左翼の縦深を200列にし、その200列の縦深の兵士の数は400万人に及んだ。


 そして、横一列に薄く展開された、100万人の横隊がいる。


 ピノネロは、陣幕から出て、ずっとダミアンヘイズ前線の奥にいる兵士たちの布陣を観察していたのだ。


 そこにアラン率いる500万人の軍勢が到着し、アランに対して左翼に陣を集中させた、斜線陣にするように指示を出した。


 ここで疑問なのは、400万人もの密集突撃に必要な長槍と重装備である。


 これはピノネロが予め、六怪ろっかいが敵地に行く時に、常に空輸を担当していた六怪に、400万人分の長槍をと重装備を現地に運ばせたからだ。


 故に、200列のファランクス部隊400万人は、すぐに重装備に着替え、長槍を装備することが出来た。


 もし、六怪の空輸がなければ、重装備と長槍を持った状態で、現地まで馬で行軍するしかなかったので、半日はかかっただろう。


 そしてピノネロが陣幕から出た状態で、ピノネロ自身が戦闘の合図である第一のラッパを吹いた。


 「全軍! 突撃いいいい!!」


 ピノネロのラッパの音を聞き、アランが背中に背負った大剣を抜き、天高く大剣を掲げながら、軍馬に跨がり大声で突撃の号令を出すと、今まで斜線陣の陣形を取り、待機していた500万人もの軍勢が一気に前線の敵軍に突撃した。


 敵も兵士を配備していたが、ピノネロの余りに早い突撃に、慌てて軍の列を揃える。


 さらに、ピノネロは200列の縦深を先に突撃させ、残りの100万人の横隊は、その後を追うように、ゆっくりと行軍したのだ。


 すると、見た目が斜めに伸びた、斜線となった。

 これこそピノネロが狙っていた、斜線陣である。


 ではなぜ、全軍を同じ速さで突撃させなかったのか?


 実はこの時、敵側も200列の縦深に気付き、騎馬で突撃して来たのだ。

 加えて、200列の縦深の側背を突こうと、突撃した別の騎兵は斜行した。つまり、前と横から二つの騎兵が突撃してきたのだ。


 だが、これは全てピノネロの計算の内だった。

 このような陣形を取ると、敵側から怪しまれるので、予め左翼の縦深の前に騎兵を並べて、斜線陣の陣形を隠していた。


 その隠していた斜線陣の陣形に気づかれて、敵の騎兵が突撃してきたら、こちらもすぐに突撃するように、前もって騎兵に伝えておいたのだ。


 さらに、アランは大元帥であり常に最前列で指揮を執るのだが、ピノネロが敵の騎兵が突撃してきたら、一時的に仲間の騎兵の最前列で加勢して欲しいとアランに頼み、相手の騎兵を無力化させたら、また200列の縦深の最前列で指揮を執るようにお願いしておいた。


 そして、こちらの馬は軍都で鍛え上げた軍馬である。 

 その行軍速度は凄まじく、速やかに敵軍の騎馬突撃を無力化しただけではなく。敵側の騎兵が混乱し、自軍に撤退したのだ。


 ここでもピノネロの思惑通りになった、アランが一時的に仲間の騎兵に加勢し、さらに最前列で突撃の指揮を執ったからだ。


 剣聖アランと言えば、どこの国でも、その名が轟く大剣聖であり面貌を知る者も多い。ましてや相手は日々鍛錬に励む軍人なのだから、アランを知ら無いはずがない。


 つまり最前列から、剣聖アランが敵として突撃してくれば、敵兵が大混乱するのは必然なのである。


 これには斜行して側背を突こうとした、ダミアンヘイズの騎兵も混乱した。が、なんと。驚くことに、混乱して自軍に撤退してくる騎兵を、仲間の兵士が全て殺したのだ。


 それは、これから、200列の縦深を誇る、アラン率いる400万人の軍勢を相手にする為である。


 ピノネロはアランに先に言っておいたのだ。敵の兵士には、人間の一般兵と、見た目は人間と同じ、ネバーダイと呼ばれる、機械人間である強力な兵士がいることを。


 この機械兵一体の強さは、一般兵一人のおよそ20倍ほどの力を持つ。


 そして、ピノネロが陣幕から出て、ずっと確認していたのは、この機械兵がどこに配備されるかである。


 ピノネロは熟知していた。普段通りの戦法では機械兵に蹂躙されてしまうことを。さらに、機械兵を無力化させるには、機械兵を無力化させるだけの戦力をぶつける以外に策がない事を。


 そこでピノネロは、アランとの話し合いで、斜線陣を取り入れる事にした。


 この200列にもなる縦深の中には、三大将軍である。アドム、ドリマ、プレースも配備されている。

 先頭の軍を指揮して駆けるのは、もちろん大元帥のアランだ。


 ピノネロが斜線陣の縦深を厚くした場所が、左翼だったのは、敵側の機械兵ネバーダイが、右翼に集中していたからである。


 だが、ピノネロはどうやって、見た目が人間の姿と同じ、ネバーダイと一般兵を区別できたのか。


 それは、敵側の兵士が横隊を組んでいる最中、兵士同士が語り合う中で、不自然なまでに会話がなく、然れど圧倒的な速さで隊列を組んだ部隊がいたからだ。


 言い方は悪いが、これはもうピノネロの直感でしかない。


 だが、今は一分一秒を争う場面であり、ピノネロ自身も直感に頼るほかなかった。


 そして、200列の縦深を組んだ、400万人の大軍勢が敵兵に襲いかかった。


 敵側の人数は、およそ200万人弱。だが、機械兵であるネバーダイを潰さなくては、勝利は無い。


 一心不乱に突撃する200列の縦深を誇る、密集突撃のファランクスが、ピノネロの下知で敵兵に襲いかかる。


 すると、200列もの縦深の、第一列が軽く子供を吹き飛ばすかのように、戦っていた。


 この様子を見て、一番安堵したのはピノネロである。


 200列もの縦深は、1列目が敗走すれば、また次の列が戦う形をとった。


 では、残ったダミアンヘイズの一般兵は、どうしたのかと言うと、全く身動きが取れなかったのである。


 ネバーダイの機械兵に、援軍で行きたくても、斜線陣のおかげで、敵側がネバーダイに援軍に行けば、その側面をアラン率いる100万の軍勢が襲ってくるかもしれないと言う、心理的拘束を加えたのだ。


 なので、援軍に行きたくても、行けない膠着状態が続いた。


 その機を見逃すはずが無いピノネロは、200列の縦深に猛攻撃の合図を飛ばすため、第二のラッパを吹いた。


 1列──2列──3列──4列──


 機械兵であるネバーダイは異常な力で奮戦していた。しかし。こちらは200列の縦深であり、密集突撃陣形のファランクスである。


 つまり、高い戦闘力を維持しながら戦い続けることが出来たのだ。


 加えて、普段から軍都レギオンで、アランから軍事訓練を受けてきた精鋭兵500万人の強さは伊達ではない。


 気がつけば、200列の縦深が半分になっていたが、見事、敵側の主力戦力でもある、機械兵ネバーダイを無力化し崩壊させる事に成功したのだ。


 こうなれば、後はもう押し潰すだけである。

 崩壊したネバーダイの部隊から迂回する100列の縦深は、横隊になり、敵軍の一般兵を背後から攻撃した。


 横列で控えていた部隊も、突撃に参加して、敵軍の一般兵の背後から襲いかかる軍勢と、眼前から襲いかかる軍勢とで、挟撃したのだ。


 この攻撃でダミアンヘイズの一般兵は一気に総崩れとなり、敗走した。


 これにより、一番厄介だった、敵軍の機械兵ネバーダイを撃破し、一般兵の敵軍も敗走させたのだ。


 ピノネロ自身もこの作戦は賭けではあったが、何とか勝利できた事に、胸を撫で下ろす。


 斯くして、ピノネロの戦術である斜線陣は機械兵率いるネバーダイと一般兵を殲滅させる事に成功した。


 しかし、この戦いは、本当の戦いの合図でしかなかったのだ。


 そして、ダミアンヘイズ第三帝国の真の恐ろしさを、この戦場にいる誰もが、知る事となる。

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