第13章 ダミアンヘイズ第三帝国との防衛戦

第123話 大戦争の始まりと、四凶グドルーの力


 はっきり言って、ピーターの心情は少し平静を失っていた。


 それは先ほどの急報もあるが、何より盟友である四凶のダエージュに叱咤された事、そして出会ったばかりの四凶のグドルーに、今までの自分の苦労を嘲笑された事である。


 確かに世界中から恐れられる王の中の王の考えは、およそ他の王が考える以上に苛烈を極めた、尋常ならざる統治だ。


 しかし、その王の下で民草や臣下は従い、誰も手出し出来ない国家を築きあげている。さらに王を慕い羨望する臣下たちは、自分も王のようになろうとする強い意志を持ち、信じられない軍事力を持つ大国として君臨している。


 ピーターにとっては、現状の戦争もそうだが、四凶二人から言われた、国の頂点に立つ者の在るべき姿を、痛いほど教えられた。


 これが平時の際であるなら、自分の考え方を見つめ直す時間もあったであろう。だが、今はそんなことよりも、戦争に勝たなければ意味がない。


 ピーターは胸の中が歪むような気持ちの中で、全ての軍に思念伝播で指令を飛ばす。


 さらに、テレサヘイズにある全ての街に、全能結界陣を使い、全能結界による絶対防御の結界を張るように、指示もした。


 だがピーターはピノネロに、ダミアンヘイズ第三帝国の戦力を訊いていなかった。否、これから訊こうとしていたのだ。


 しかし、残り半年を待たずしての一方的な条約破棄に、心の中は多少の動揺が渦巻いている。


 それでも平静を保たなければ、この戦争には勝てない事も理解はしていたのだ。なぜならば、一方的な条約破棄は他国からの信用を無くす事だが、それを無視しての、この行動には、明らかに敵国がテレサヘイズを壊滅できると判断したからに他ならないからだ。


 だがピーターは、後でピノネロに訊こうと思っていたことが一つある。

 一体なぜ、ダミアンヘイズの前線に500万人の軍都レギオンの精鋭兵を配備したのか……。それが疑問だった。


 後方部隊ではなく、なぜ前線部隊に選んだのか……。


 しかし、それを今ゆっくり質問している時間などない。

 さらに言えば、ピーターはマギアへイズの暗部の情報を、ピノネロに訊いて教えてもらったが、ダミアンヘイズに関しては質問しなかったのだ。


 それでも、参謀総長のピノネロである。

 無闇に軍を配備するほど愚鈍ではない。必ず策があると思い、ピーターはマギアへイズに、ピノネロはダミアンヘイズの前線に向かった。


 途中、ミストスにいる20万人の正真祖せいしんそもマギアへイズの前線に加わるように、マラガール公に思念伝播で伝えると、二つ返事で了承し、転移魔法陣でマギアへイズの前線に転移して来たのだ。


 他の軍もそうである。


 転移魔法陣で両国の前線に転移したのだ。

 しかしながら、転移魔法陣が使えない軍都レギオンの500万人の精鋭兵は、アランと一緒に500万の軽装騎兵となり、ダミアンヘイズの前線に向かった。行軍速度は速いが、前線に到着するまでに五時間はかかってしまうので、アランは歯噛みしていた。


 アランは500万人の精鋭兵を指揮する大元帥であり、先に一人で敵地の前線に向かう訳にはいかないのだ。


 ピノネロに関しては正真祖の吸血鬼が転移魔法陣で、ダミアンヘイズの前線に転移させた。


 一体なぜそうしたかと言うと、参謀総長であるピノネロは、500万人のアランが率いる大軍団が来るまで、後方部隊であった、四獣四鬼しじゅうしきと六大守護聖魔を一時的に前線部隊にして、命令をしなくてはいけなかったからだ。


 そして遂に戦争が始まった。


 両国の前線では、互いに自国のシンボルマークが刻まれた旗が風に吹かれ、はためいている。


 テレサヘイズは五芒星、マギアヘイズは太極図、ダミアンヘイズは逆十字架のシンボルマークの旗を掲げていた。


 マギアへイズの前線には、ディルア青年団が3000万人、神聖隊が2000万人で構成されたが、眼前に広がるテネブリスとフランマが率いる、合計6億匹のアークデーモンの前に、マギアへイズ主力の暗部が到着するまで、待機を余儀なくされた。


 そしてダミアンヘイズは、ピノネロが策を考え戦うはずだった、大元帥アランと500万人の精鋭兵を待たなくてはいけなかったので、ダミアンヘイズは惜しみなくバーラーでの攻撃を開始した。


 元々が黄金帝国と呼ばれる、富に溢れる国家なので、財力なら世界の中で一番と言っても過言ではない。そして、財力に物を言わせバーラーの数も異常なほど多かったのだ。


 だが、今までのバーラーとは違う。ダミアンヘイズが用意したのは、戦争に特化した陸戦用バーラーである、チャリオッツバーラー5000万機と、空戦用のファイターバーラー5000万機である。



 チャリオッツバーラーは、両手がブレードになっており、上半身が高速回転するバーラーだ。加えて加速力もあり突撃専用のバーラーであるのは間違いない。


 両手のブレードを高速回転しながら加速して突撃する姿は、まさにチャリオットと言える。


 ファイターバーラーは音速を誇る速さで、戦闘機の姿をしたバーラーであり、機関銃を備えている。

 この近代的な兵器は、全て古代の遺産であり、その高度な文明レベルは誰が見ても理解できる。


 この時、ピーターはマギアへイズが待機に徹している時間を利用し、アランが率いる500万人の軍勢が、ダミアンヘイズの前線に到着するまで、マギアへイズの後方部隊を、アグニス、ソル、ルーナに任せ。ピーターはダミアンヘイズの前線に転移した。


 そこでは、今まさに戦いが始まっており、六怪ろっかいのドラゴンたちやエルダードラゴンのエルが空中で死闘を演じ、陸では四獣四鬼しじゅうしきや六大守護聖魔が戦っている。


 だがピーターには一つだけ、理解できない事があった。


 六大守護聖魔は、対マギアへイズの戦力として考えていたが、ピノネロはダミアンヘイズに配備すると言って、一歩も譲らなかったのだ。


 だが、もしピノネロがダミアンヘイズではなく、六大守護聖魔をマギアへイズに配備していたら、アランが率いる500万人の軍勢が来るまで、四獣四鬼だけで、防戦する所だった。


 まさにピノネロは、予めマギアへイズとダミアンヘイズの両国が、条約破棄をする事を俯瞰し、見据えていたとしか考えられない。


 このピノネロの決断により、結果として六大守護聖魔をダミアンヘイズに配備したことで、防戦一方ではなく、攻防戦が出来るようになった。


 そしてピーターも、この戦いに参加しようと思った時に、戦場に急接近する異常な気配を感知した。


 その気配は紛れもなく四凶のグドルーである。


 一体なぜグドルーが戦場に向かって来るのかは不明だが、急接近して戦場に現れるのは、あと数秒である。


 ピーターが上空を見上げると、美しく輝く雅な金色の甲冑姿の、グドルーがいた。


 「こんな羽虫如きに、手こずっているとはな。小僧。先ほどの酒宴とは関係なく、貴様がリリーゼを復活させた褒美を与えよう。有り難く受け取れ。これが俺からの褒美であり、真なる王の力だ。大海滅嘯だいかいめっしょう


 グドルーのアルティメットスキル、深淵之大暴君の権能の一つ、大海滅嘯が行使された。


 突然なにも無い平地からダミアンヘイズの前線だけを襲う、数千メートルの高さに及ぶ、荒れ狂い大暴れする波濤が現出する。


 その大波はダミアンヘイズのチャリオッツバーラーを全て呑み込み、ファイターバーラーまでも半分以上を呑み込み、ダミアンヘイズの前線をほぼ無力化させ壊滅させたのだ。


 幸いな事に、この世に存在してはいけない程の巨大過ぎる大波は、ダミアンヘイズの前線だけを襲ったので、四獣四鬼も、六大守護聖魔も、六怪も、全員無事に済んだのである。


 【伝えます。能力複製により、個体名ピーター・ペンドラゴンは、個体名グドルーのアルティメットスキル、深淵之大暴君の権能の一つ、大海滅嘯を獲得しました】


 「では、さらばだ小僧。励むのだぞ」


 その言葉とともに、空の彼方にグドルーは消えた。


 (あいつ……。もしかして良いやつなのか?)


 そんな事をピーターが思考していると、五時間を待たずして、なんとアラン率いる500万人の軍勢が、戦場に到着したのだ。


 これは、ピノネロが四獣四鬼のケルベロスに指示を出し、アランたちが乗る馬の全てに、ケルベロスのユニークスキルである、超速行動を行使したからである。


 「ピーター君。キミは確か、マギアへイズの後方部隊のはずでは?」


 「マギアへイズは今、待機状態だから、こっちに加勢しに来たんだけど、とにかく今はピノネロの所に行ってくれ!」


 アランが頷くと、そのままピノネロがいる陣幕まで馬で駆けて行った。


 ピノネロとアランは、戦争が始まる前日の会議が終わった後に、二人で対ダミアンヘイズの陣形をどうするか決めていたらしく。アランがピノネロがいる陣幕からすぐに出て来ると、アランが、三大将軍である。アドム、ドリマ、プレースに陣形の指示を出した。


 その陣形は、左翼に縦深を厚くした、長槍で攻撃をする密集突撃陣形ファランクスであった。


 しかしこの縦深の列が異様だったのだ。

 通常の縦深では考えられない200列の縦深であり、これは左翼の圧力を中心にした圧倒的戦力である。


 しかし、左翼の縦深に兵力を集めた分、他の部署が薄くなってしまうデメリットが出てしまう。


 つまり左翼に比べ、右翼側の横隊の戦力が低くなる事になる。


 さらに、このような陣形を取ると、敵側から怪しまれるので、左翼の縦深の前に騎兵を並べて、陣形を隠したのだ。


 これは斜線陣しゃせんじんと呼ばれる陣形であり、なぜこの場で、左翼に戦力を集中させたのかは、ピノネロとアランにしか解らない。


 「ピーター君。私たちがいない間の加勢、深く感謝するよ。でも、ここからは私たちがダミアンヘイズを相手にするから、ピーター君は対マギアへイズの後方部隊に戻ってくれ」


 アランに言われた通り、転移魔法陣で自分の持ち場である、対マギアへイズに戻るピーターであったが。自分がダミアンヘイズに対して行動する前に、グドルーが大技の権能を行使したことで、ダミアンヘイズの前線が、ほぼ壊滅した事に感謝はするが、同時に不可解でもあった。


 自分をあれだけ嘲笑し馬鹿にしたグドルーが、まさか加勢に来るとは思ってもいなかったからだ。


 だが、すぐに自分の持ち場に戻るピーターであった。が、未だにダミアンヘイズで見た、不思議な陣形が気になっている。


 そして──その陣形の熾烈な恐ろしさが、今まさにダミアンヘイズを襲おうとしていた。

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