第122話 巨人王と深淵王との酒宴、そして予想外の急報


 ダエージュが持ってきた、ワインが入った巨大な樽をどうするか……。


 仕方ないので、物質創造の権能で、空のワイン瓶を創造して、僕は樽の中のワインを空のワイン瓶に入れた。


 ワイングラスも二つ創造し、グドルーに一つ渡した。


 「ほう。これはまた随分と、うすはりのグラスだな。それに透明の杯とは」


 ダエージュがギョロリとした瞳で、僕が創造したワイングラスを凝視している。


 解ったよ。ダエージュの分も創造するか。


 僕はまた、物質創造の権能で、ダエージュ用の超巨大うすはりワイングラスを創造してやった。


 と言うか、この世界にはガラス細工はあるが、なぜかワイングラスはガラスでは無く、聖杯のような入れ物なのだ。


 両方にワインを入れて、飲み比べてみた事があるが、やはりワインは、うすはりグラスの方が美味い。


 てか、もうダエージュは僕が物質創造したワイングラスに、ワインを入れて呷っている。


 「ほう。いつもより香りが立っているな。これは重畳。それよりも、引きこもりに坊主、早く飲まぬか!」


 「誰が引きこもりだ。このデカブツが」


 グドルーはダエージュを睨み据えながら、ワイングラスの中のワインを一気に飲み干した。


 「うむ。確かにいつもの杯で飲むよりも、美味であるな」


 「ほれ坊主! 貴様もさっさと飲まんか!」


 朝っぱらからワインか……まあ、今日は飲みに徹しよう。


 僕もワイングラスに入れたワインを、一気に飲み干した。

 まあ、普通は味わいながら、少しずつ飲むのが、ワインの醍醐味なんだけど……。


 これじゃあ、ビールと同じ飲み方だ。


 「ハハハ! 坊主も良い飲みっぷりではないか!」


 まあ、ワインを飲んで三人で酒盛りするのは良いけど、ダエージュは何で来たんだろ?


 「なあダエージュ。三人で酒が飲みたくて来たのか?」


 僕の言葉にダエージュは豪快に笑い答えた。


 「それなんだが、これから大きな戦争になるとリリーゼから聞いてな。坊主は教皇であろう。まずは貴様にとって、国とは、民草とは、戦争とは、それらを訊きに来たのだ」


 グドルーは黙ってダエージュの言葉を聞き、フンと鼻を鳴らした。


 「国、民草、戦争ねぇ……。まあ、僕は王様じゃないし、教皇として、国の教えと法律と治安維持を第一に考えてるかな」


 「なるほど。法律と治安維持は解った。では、坊主の国の教えを訊こう」


 何だか尋問されてるみたいだが──ダエージュは盟友だ。

 ちゃんと僕の国の教えを伝えよう。


 「僕の国の教えは、皆が笑って暮らせる平等な国にする。という教えだ」


 それを聞いたグドルーは、今まで静かだったのに、堰を切ったように大口を開けて哄笑した。


 「おいおい聞いたかダエージュ! この教皇様の教えは、皆が笑って暮らせる平等な国にする教え何だとさ! クハハハハ!」


 「おい。何がおかしいんだ! 皆が笑って平等に暮らせる事は、良い事だろ!」


 ダエージュは俯きながら、語気を強め声を低くして訊いて来た。


 「おい坊主。その教えは貴様が考えた教えであろう。では一つ問う。もし貴様がいなくなったら、この国はどうなる?」


 僕はダエージュの質問に答えられなかった。

 なぜなら、いつも何か問題が起これば、僕が対処して国を守ってきたからだ。


 「答えられぬか……。では敢えて、余がこの問いに答えよう。貴様は民草を守るだけで、心を育てる事をしなかった。確かに貴様は強いのだろう。だがな、その強さを守る事だけに使い、貴様は民草に導く光りを与えなかった。貴様がいなくなった時、一体誰が貴様の代わりとなって、強き力で民草を導くのだ? そんな者、誰もおらぬであろう」


 心臓を杭で刺されたかのような、心の激痛と衝撃が走った。

 確かに僕は、自分の力に慢心して、自分の後継者を育てていなかったのだ。

 だが、ダエージュはまだ続ける。


 「坊主よ。貴様は余の盟友だ。故に言おう。貴様が今までして来た事は、全て己の自己満足だ。こんな事は言いたくなかったが、王と教皇ではやるべき事は違えど、根本は同じだ。貴様は強い。その強さに民草や臣下は安心するだろう。だが、貴様のように強くなりたいと、憧れ羨望する者がどこにいる」


 ダエージュの言う通りだった。

 全く返す言葉が出ない。


 僕が苦悶の表情で考え込んでいると、グドルーが嘲笑混じりに会話に割って入ってきた。


 「ダエージュの言う通りだな。自分で教皇を名乗り、民草や臣下から教皇様と言われ好かれるだけで、誰も慕い後を追う者などいない。つまり貴様の後継者は何処にもいないと言う事だ。なのに、教えは皆が笑って平等に暮らせる国だと? クハハハ! こんなに笑ったのは初めてだぞ! 教えとは、貴様が死んでも生き続けるものだ。だが、その教えは、貴様の力無しでは国が崩壊するぞ。リリーゼを復活させた時は、確かに俺も驚いた。なぜなら、俺も、このデカブツも、そんな力を持っていないからだ。しかし、実際に会って話してみたら、こんな甘ったれた考えの持ち主だったとはな」


 またしても、優雅さなど捨て去り、腹を抱えて笑うグドルー。

 確かに、グドルーが言うように、甘ったれた考えかもしれない。が、僕が教皇になり、国の秩序を作るために三権分立の考えも取り入れた。


 確かに好かれるだけの教皇かもしれないが、まだ僕の国作りは始まったばかりだ。


 後継者が必要なら、作ってやろうじゃないか。

 チビチビとワインを飲んでいるグドルーに、僕は毅然と言い放った。


 「だったら、お前が認めるほどの国を作ってやる! 確かにまだ甘い部分はあるが、お前が羨むほどの大国の教皇になってやろうじゃないか。そして、誰もが羨み自分も教皇になりたいと思える国を作ってみせる!」


 だが、僕の言葉を無視して、グドルーはワインを飲み続ける。

 代わりに、ダエージュが肩を竦めて話した。


 「その言葉に。嘘偽りは無いのであろうな?」


 「あるわけ無いだろ! 僕は自分の命を賭けてでも、理想の国を作る!」


 僕の言葉に、怒りを抑えてはいるが、語気を強めてダエージュが言う。


 「この大馬鹿者めが。理想の国を作るのは構わん。だがな、なぜ貴様が自分の命を賭けるのだ。命を賭けるのは民草や臣下だ。決して、国の頂点にいる者が捧げるものでは無い。民草や臣下は教皇に憧れ、自分もまた教皇のようになろうと、国に命を捧げるのだ。そうして国と言うのは強くなる」


 「それは王である者の意見だろ! 僕は王じゃない! 教皇だ! 教皇は苦しみ困ってる国民を救済して、国を作る! それが教皇だろ!」


 僕の言葉に、まるで鬼面のような形相でダエージュが怒声を上げた。


 「貴様は救済だけして、それで終わりか! 救済だけしか出来ない教皇など犬畜生にも劣るわい! これがただの聖人ならば救済だけでも構わん! しかし教皇は、全ての民草と臣下を導く指導者でなくてはならんのだ!」


 ダエージュはそのまま怒りに任せて、ワインが入った樽の中にワイングラスを入れ、ワイングラスの中に入った、溢れんばかりのワインを呷った。


 その様子を見ていた、グドルーがワインを飲むのをやめると、嘲るように語り出した。


 「そんなに虐めることもあるまい、ダエージュ。この小僧は俺たち四凶の二人を相手にして、一歩も下がらず言葉を交わしているのだ。その気概だけでも汲んでやろうではないか」


 「おい。グドルー! 偉そうに上から言いやがって! お前が泣いて悔しがる、理想国家を作ってやる! その時は、僕を馬鹿にした事を謝れ!」


 僕の怒りが込められた、凄みの言葉を軽く受け流し、剽げた口調でグドルーが口を開く。


 「よく吠える野良犬だな。よかろう。貴様の理想とやらを、完璧に体現させた国家を作った暁には、貴様を褒め称えて、無礼な発言をしたと謝ってやろうではないか。だが理想だけ追い求めても、いざ戦争になれば、マギアヘイズとダミアンヘイズに潰されるだけだぞ」


 その言葉が終わった瞬間、僕はグドルーが未来を見ているのではと、錯覚するほどの急報が届いた。


 近衛兵団長のランドンが慌てて、教皇宮殿の中庭まで走ってきたのだ。

 問題は走って来た事ではなく、その後にランドンが口にした言葉だった。


 「酒宴の最中に申し訳ありません。ですが、教皇様に急ぎ伝えなくてはいけない事があり、駆けつけました。今さっきマギアヘイズとダミアンヘイズの両国が、同時に、まだ半年の期限が残っている不可侵条約を、一方的に破棄しました! では、失礼します」


 グドルーは、その報せを聞いて呵々大笑している。


 「やはり、こうなったな。おい小僧、命令だ。リリーゼだけは死ぬ気で守れ。その代わりに俺の加護をやる」


 「は? お前、何を言って」


 「ピーター・ペンドラゴンに、深淵之加護を授ける」


 【伝えます。個体名ピーター・ペンドラゴンは、個体名グドルーからアルティメットスキル、深淵之加護を授かりました】


 「言っておくが、俺の加護は気性が荒い暴れ馬だ。精々乗りこなしてみせろ。そして俺を飽きさせるな。貴様が今後どうなるか、楽しみだからな」


 不気味に笑いながら、酒宴の席から旋風を巻き起こし、そのまま天高く飛翔するグドルー。


 「では、酒宴も終わりだな。おい坊主! ここからが本当の正念場だぞ。貴様が余の盟友であることは変わらん。だが、道を踏み外すことがあれば、余は貴様の敵になる。それだけは、肝に銘じておけ」


 ダエージュは、その言葉を残しペガサスに跨ると、逆巻く猛風を教皇宮殿の中庭に撒き散らし、ペガサスが天高く羽ばたいていった。


 ダエージュとグドルーの二人は悪い奴では無い。

 しかし、二人とも四凶と恐れられる王だと再認識した。


 考え方が、まさに王そのものであり、王の中の王であったからだ。


 だが今は、二人の忠告よりも先に、やらなければいけない事がある。


 まさか、マギアヘイズとダミアンヘイズの両国が、同時に条約を破棄してくるなんて思わなかった。


 僕は、これが戦争の恐ろしさなのだと、痛感している。

 明日にはどうなっているか判らない。それが戦争なのだと。


 そして、僕は急ぎ、昨日の有事の際の会議で決めた、前線部隊と後方部隊を、マギアへイズとダミアンヘイズの前線に派兵するため、全軍に思念伝播で状況を伝えた。


 ダエージュが言っていた通り、ここからが本当の正念場だな。



 第12章・完

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