138.憧れた姿を
「済まぬが……すみませんが、何でもいいので飲み物をいただけないかの……いただけませんか?」
首藤陽姫は緊張した面持ちでソファに座っていた。
「緑茶とコーヒーをお持ちしました」
「ありがとう、瀬貝くん」
対面に座る青年は、ガラステーブルの上に置かれた飲み物を陽姫に勧める。
「っふう……。これ、いいお茶じゃの……ですね」
「喋りにくいようであれば、敬語も標準語も使わなくて構わない」
「……助かるのじゃ、です」
「君の応募書類にあった特技について、説明してもらいたい」
陽姫は目を見開くと、一呼吸だけ間を置いた。
「……大のおとなが泣いたのじゃ」
覚悟を決める。
「千も万もの視聴者の目も
ゆっくりと、言葉を選んで慎重に。
「ワシはこんなチビ助じゃから運動なんて苦手じゃ。
だが、その心から漏れ出た何かが語調を強める。
「そんなワシでも、RTAならば世界一に挑戦できる。挑戦を見せつけられる。このことに、ワシは燃えているのじゃ!」
人はその何かを――闘志と呼ぶ。
「首藤くん、言葉足らずだった」
「む?」
「RTAをよく知らない瀬貝くんに直接説明してもらおうと思っただけだったのだ」
小さな体に大きな闘志、後に酒呑幼子と呼ばれる首藤陽姫は生粋の挑戦者であった。
「あああああ……穴があったら入りたいのじゃ……」
「本当に済まない」
「とてもいい気概を見せていただきました」
◇◆◇
「……初心、忘れとったのう」
上位チャット:幼女?
上位チャット:大丈夫?
「エルフ!」
「何だ?」
「飲み物が欲しいのじゃ! なんでもよい!」
「ん」
上位チャット:え
上位チャット:それで何が起きたか俺らは知ってるんですが
上位チャット:
「ぐふぉっ!?」
上位チャット:うわ
上位チャット:スプラッシュしたw
上位チャット:大 惨 事
「ごほっごほっ……こ、これ、何を思って商品化したんじゃ……? マジで……」
「ちょっとは目が覚めたか?」
「おかげさまでのう。随分と長い間、ワシは寝ぼけとったらしいの」
「もう一本あるぞ?」
「いや、もう要らん。本当に要らん」
上位チャット:エルフさんw
上位チャット:最後まで格好よくキメさせてあげてくださいw
「のう、エルフ」
「何だ?」
「奪還できなかった世界一から逃げて、縛りプレイに
「ああ」
「久々に走ったら完走すらできんかったのに、途中まで世界記録ペースだっただけで満足する女はダサいかの?」
「ああ」
「挑戦中に、他人にコントローラーを握らせる女はダサいかの?」
「ああ」
「どうすればいい?」
「酒飲み幼女はすでに知ってるはずだ」
「そうじゃな。知っとるな。走者がすべきことはただひとつじゃ」
上位チャット:幼女
上位チャット:幼女……
上位チャット:行け、幼女
上位チャット:行くんだ、幼女!
「走るのじゃ! この配信で世界一を奪還するから、お主ら、目をかっぽじって見ておれ!」
上位チャット:っしゃあ! 行くぞぉおおおお!
上位チャット:うぉおおおおおおおお! 幼女復活! 幼女再走!
上位チャット:幼女! 幼女!
上位チャット:幼女! 幼女!
上位チャット:世界最速! 酒飲み幼女!
「お主らに感動の涙をプレゼントしてやるのじゃ!」
かつて、劣等感に
◇◆◇
「社長、もしかして、すべて仕組みましたか?」
「あいにくと、私は瀬貝くんが期待するほどの策士ではないな」
社長と呼ばれた青年と瀬貝と呼ばれたスーツ姿の女性が見つめるのは、エルフの配信画面。最速宣言をした
「ただ、期待はした。エルフさんであれば、
「社長ではいけなかったのですか?」
「箱には所属タレントの環境を整えることまでしかできない。私にエルフさんの真似はできん」
「……そうは思いませんが、理解しました。もうじき時間ですが、加賀原さんはどうされますか?」
「悪いが、そのまま別室で待たせておいてくれ。彼女たちの挑戦が決着するまでは」
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