第7話 馬の名前はブリリアントイナナキ。
山の上を大きな翼を広げ羽ばたく大鳥がいた。
それが見下ろす先には自身の鳴く声を塗りつぶす程の鐘の音が大きく響く。
ゴーン、ゴーンと。その黄金の身を大きく揺らし
今日の昼時を示していた。
大きく並ぶ3つの山。
それぞれには名前があった。
エグレオ・ベベルカ
クァルベル・ベベルカ
ユーロギオ・ベベルカ
第3の奇跡に至る御柱として
世界の秩序を象徴する為に名付けられた山々
その麓にて、神に祈りを捧げる場所、“教会”が存在していた。
そこはカラオンとナバルガを繋ぐ道の架橋として
信仰者を含め、多くの商人が憩いの場として利用する大きく、懐の広い施設であった。
そして、“教会”の司祭を筆頭に作られた、治安執行部隊、教会騎士団。
教会の大きな広場にて、その者らが物々しい雰囲気を漂わせながら“ある”準備に取り掛かっていた。
「騎士団の連中がどうやらあの黒竜を討伐したらしいぞ」
「まさか?教会の警備団風情がそのような事できたというのか?」
「馬鹿お前。言葉は場所を選んでからいえ」
その様子を眺めながらひそひそと話す商人たちに、騎士団の末端が一瞥する。
その視線に気づいた商人たちはさっと目を逸らして、
商売道具を担ぐ馬車をゆっくりと動かして邪魔にならない場所まで逃げるように移動した。
広場の中央には女神の像が置かれた下に泉が湧いており
その前で、騎士団らが数人がかりで人が数人入る程の大きな檻を運んでいた。
ゴンと鈍い音をたてて置かれた檻。
その中には、人よりも小さな、黒曜の鱗を纏った蜥蜴…否、竜が入っていた。
そう、先日より話題となっていた、黒き蓮の竜、その幼き子である。
自身がどうして檻の中に居るのかも理解出来ず、「キウ、キウ」とだけ鳴きながら、ただ小さく震えている。
騎士団の末端らはバケツいっぱいに汲んだ泉の水を
檻の外側から、竜の子に目掛けて何度も何度も、殴るように強く叩きつけていた。
キン、
キン
「―いやはや、なんともツマラナイ。これぞ茶番ですねぇ」
そんなやりとりを遠目に眺めてつまらなそうに愚痴をこぼす男。
スーツ姿に帽子を深く被り。そのツバの下から覗く表情は、無…
否、面に被せた鋭い嘴を模したペストマスクは内なる表情を覆い、不可解という気味の悪さだけを曝していた。
キーン…キーン
そんな小気味いい音を鳴らしながら小さな金貨を指で上に跳ねては、宙に踊り舞うそれを掴む。
そんな戯れを先ほどから暇を潰すように繰り返している。
「おい、貴様。何をふざけた事をしている。司祭様の御前だぞ」
騎士団員の一人が男を睨みつけ、それを「よい」と隣に並んで立つ司祭が手を差し出して制する。
司祭は手に持つ杖で男のコイン遊びに合わせるようにコン、コンと地をつつく。
その互の音のリズムは全く合っておらず、聞いている者にとってはあまりにも不協な音を耳に残してしまっただろう。
「監査官どの、これは面白いかどうかの話では無いのです。我々“教会”が正義を示す為の、そう
神聖な儀式であるのですよ」
司祭はその言葉に怪訝な表情で目も合わせずに答える。
「ほう、儀式ねぇ。単なる“見せしめ”では無いのですか?それも、なんとも中身の無いギシキ…ねぇ、司祭様」
「監査官どの、言い換えれば、これはあなた達の為に我々が示す証なのです。中身を語るのはあなたの中にある単なる趣なのでしょう?
これは商人らを通して、あなた方“ギルド”が我々に要請した依頼だと言う事をお忘れなく。こちらに拒否権の無いなんとも強引な依頼だ」
「拒否権?あなた方には拒否を申し立てる意向があったとでも?」
「…」
「そもそも、この山々の隔たりをナバルガからカラオンに繋げる教会の立場として、騎士団をお飾りのままにするからこそ
商人共が教会では無く、我々に黒き蓮の討伐を依頼したのではないのですか?」
「だが、先ほども言ったように、我々は確かに黒き蓮を“討伐した”―」
「討伐。ええ、討伐…トウバツ、ねぇ…」
パンッ、と音を立てながら金貨を握り掴む監査官と呼ばれた男は司祭の言葉を遮るように言い
その手に持つ金貨を陽に翳して眺めながら
「―ならトドメを刺したのは誰なのデスカ?」
「…何度も言いましたでしょう。騎士団長であるグレゴリーだ」
「しかし、当の本人はどーにも、浮かない顔をしておりますが?」
「彼は今、疲れているのですよ。それはそうでしょうな。あのような厄災と対峙してしまえばそうもなります」
檻の近くで部下に指示をだす男、グレゴリーを監査官は静かに眺める。
「ほう、しかしながら、ええ、話が少し変わりますが、騎士団長ともなると随分立派な剣を賜るものなのですねぇ。まるで“使われてない”ようだ」
「監査官どの、あなた方は何故、そこまで我々を疑うのでしょうか?」
「当然。騎士団という治安部隊を維持するための資金はこちらが提供しているのです。
それがあなた方の神の信仰に則った正義の為に有効化されているのであれば、これからもそれを惜しむ気持ちはありませんよ。ええ
懐疑の目は、あなた方を信じてこそです。それが私の役目なのですから」
監査官は、軽い調子で語りながら
ハンカチを懐から取り出して、先程から持っていた金貨を磨き始める。
「…」
「勿論、危険なる厄災の因子を根絶やしにする事は、まさしくギルドの意向に沿うものでしょう。
であるなら、これもまた必要な事だとは理解しております。ええ。…しかし」
「しかし?」
「…司祭様、あなた、神に誓って言えますか?黒き蓮の竜を確かに“殺したのだ”、と」
監査官は手に持つ金貨の鏡のように磨かれた表面を司祭に見せつけ
司祭はそこに映る自身の顔を覗き込みながら「ふん」と鼻で笑い
「ああ、誓うとも。その為の、神聖な儀式だ」
『さぁて、夕暮れまでには間に合うもんかねえ…』
太陽は既に真上。時間で言えば昼時を示していた。
勢いで“教会”へと向かう等と言ったものはいいものの、少女の小さな足取りだけでは当然暮れにまで間に合う筈も無く
ニドと魔剣は表通りを北の方へと足を向けて歩きながら、少しばかり途方に暮れていた。
『お日様よか先に俺らのモチベーションが黄昏っちまってちゃあ、もともこうもねぇよなあ。ニド』
「…どうするの?」
『それは俺が聞きたいぐらいだよ。全く。ほんっと、プランって言葉は面白く出来てるよな。
計画、企て…それこそがプラン。だが、それが二つ揃えばプランプランだ。ほら、ニド。
俺とお前でプランプラーン。宙ぶらりんだよ、このザマは』
「プ、…ププ…」
ニドは小刻みに震える。
しかし、少女にミジンコ程度のの笑みが零れたからといって
足が二倍に進むわけも無く、大地がぬらりと道を進めてくれる訳もなく、後ろを押す気もない乾いた風だけが
ニドのぶら下げた三つ編みを悪戯に揺らすだけだった。
『…ん?』
歩く道の先で、何やら騒がしい様子が伺える。
ニドらはその場所へ近づいてみると、3人の男が、何やら商人と揉めていた。
「おい!こんなんで取引だぁ?舐めた事してくれんじゃねえか、ああん?」
「こちとら死神を払い除けてまでヴァルムヘイラで見つけた“お宝”をわざわざ持ってきたんだぞ!?」
商人にまくし立てる物言いで顔を近づける二人。
「いやいや、待ってくれ。そもそも何処で拾って来たとしても、こりゃあ単なる銀製のタリスマンじゃないか
掘られた紋章が古くて、貫禄があったにせよ、銀は銀だ。ましてや死地ヴァルムヘイラなんぞで拾ったもんを銭に変えるんだ、
ありがたく思われても、文句を言われる筋合いは無いぞ!」
「てめぇっ―」
「まぁ、待て」
手が出そうになっていた一人の男を制す声が後ろからする。
「商人さんよぉ」
前に出てきたのは何処か見覚えのあるガタイムキムキの男だった。
拳をコキコキとならして不敵な笑みを商人に見せると
「なあ、今回は“俺の顔”に免じて、ちったぁ色をつけてくれねえか?おおん?」
(あいつは…ああ、マジか)
「おお!商人さんよお!聞いて驚くなよ?ああん?ここにいる男はなぁ!名前はラフ!
かつて寄ってきた死神すらも裸足で逃げたと言われる男なんだぞ?」
「なんだぞ?オッラァン」
「いや、聞いてないし、知らないよ!」
(…“生き返っちまった”のか…)
「ねえ、ジャバー…あの人」
『ニド。言いたい事はわかっている…』
(今回は、読み違えた…)
『俺という魔剣には幾つかの呪いが掛かっている。あの時は、そのひとつを利用したものなんだよ』
魔剣が持つ呪い。
その一つに、魔剣に対し“名を知らぬ者”が柄に触れると、死に至る呪いがあった。
そのボーダーラインにはファミリーネームを含めた全ての名を知る事が条件であった。
魔剣は、それを利用して相手を殺す術を知っていたのだ。
…しかし、例外はあった。
呪いが発動したにせよ、死して死神に魂を狩られるまでは仮死状態でしかなく
その際に名を知ってしまえば、呪いは直ぐに解けてしまい
蘇生してしまうのだ。
今回のガタイムキムキの男の場合、仮死状態で動かない所を
狼狽した連れの一人がラフと叫んでしまった事が解除のトリガーとなってしまった。
そう、あの時の魔剣は下の名前を知ったとしてもファミリーネームさえ知らなければ問題が無かった。
だからこそ呪いによって死んだのだと確信していた。…だが、違った。
ラフと言われる男にはファミリーネームなど持っていなかったのだ。
ラフという名前こそが彼にとっての全てであり、人知れず解呪の対象となってしまっていたのだ。
『まぁ、そうこう言っても無視すればいい話なんだけどな。どうせ、そいつと再び邂逅しちまうと余計に“面倒”な事になる―ん?』
「あ…」
ニドと魔剣は、ふと視線を感じた。
それが何処からなのかは直ぐに解った。
「…スゥー…」
ガタイムキムキのラフが、先ほどのやりとり全てを忘れ去ってしまったかのようにこちらを見ている。
(やっべぇ)
「あ、えと…ジャバー?」
『お、おう…』
こちらを見ながらズンズンチッチと近づいてくる。
「ジャバーっ…?」
『………』
ズンズンチッチッズンズンッチ
「…」
「…」
「………」
巨大な肉質が、ニドと魔剣の前に立ち塞がった。
「え、あの…コンニチハ」
戸惑いながらも挨拶をするニド。
それを高い視線から見下ろす巨躯のラフ
「―ねさん…」
「え?」
ニドは上手く聞き取れず、首を傾げる
「ニドの姐さんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!コンチーーーーーッス!!」
巨大な肉だるまが、
小さな少女に対して
深々と頭を下げてそう言った。
(…………………………………やっぱそうなるよなぁ…)
「ひっ、はひっ!?」
ニドはこの瞬間に初めて、恐ろしいという感情を表に出した。(諸説ある、多分きっともしかしたら)
魔剣の持つその呪いは戒め。名を明かさぬ者を“世界の物語”として不要であると
排斥し、死に至らしめる事がその由来となっている。
そして、その呪いから解き放たれた者には魔剣への…この場合、魔剣の所有者に該当する者に対しての
生を与えられたからこその忠義を抱かせる仕組みとなっていた。
「…ジャバー、ねぇ、ジャバー」
『…なんだ?ニド』
小声で返事をする魔剣。
「…どうすればいい?」
『そうだなぁ…ワッカンネェッ』
テヘ★と微かに、声を漏らすのをニドは聞き逃さなかった―
更に言うと、連れの二人組でさえも、その異様な光景に理解が追いついておらず、ざわざわと騒ぎにかこつけてきた
野次馬に混ざって遠目で呆然と眺めていた。
「…で、どうすんの?そのタリスマン」
「あ、ええと。もう、さっきの値でイイデス」
「イイデス」
「―なるほど。ニドの姐さんはこれから“教会”に向かう所だったんすね!」
再び、北に足を向けて表通りを歩くニドと魔剣。そして三人組一行。
(ついてくるんかいッッッ)
「それなら、俺様に案がありますよ!姐さん!」
「あの…ラフ…さん」
「おうよ!どうぞ!俺のこたぁ、ラフとだけ呼んでくれ!姐さん!」
「わかった。ラフ、その…“姐さん”って何?」
「タッハァ!!そりゃあニドの姐さんの事を言うんですよ!姐さん!俺と比べてチンチクリンだっつう体格差なんか関係ねー!」
「ち…プッ…チンチク…」
(お前がツボるんかい)
「俺の魂が!ニドの姐さんを!“姐さん”と慕え!そう叫んでいるんですよ!!“姐さん”!!!」
「そ、そう…」
(うっわぁ…)
魔剣はそれを生暖かい視線で眺めながら、
(すんっげえ、おもしれぇわコレ)
非常なまでに愉悦に浸っていた。
…しかし、時間も同様に非情なまでの一刻を刻々と刻んでいた。
「それなら、任してください。姐さん。オイ!サンタ!アキオ!あれ取りに行くぞ!!」
「ラフ!?あ、あれを出すのか!?」
「あれか…だが、馬はどうするんだよ」
「んなもん!お前らが代わりに人力で引っ張りゃあいいんだよ、頑張れよ」
「いや、お前も頑張れよ!一番いい身体してる奴がなにいってんだ!!」
「ほんそれ」
「うるっせえ!俺は姐さんを守んなきゃいけねーんだ!俺も一緒に運びやがれ!!」
3人のやりとりにニドが首を傾げる。
「馬??」
「ええ、俺たち馬車を持ってるんすよ。元々俺らも商人の端くれでね。けれども、半年前にカラオンに向かう途中で
最近ホットな話題の黒竜に襲われちまってねぇ。大枚を叩いて揃えた品物と馬を食い散らかされちまってさぁ。路頭に迷っては、こんなしょうも無いゴロツキに成り果ててしまったわけですよ」
「まぁ、商人やる前から元々唯のゴロツキだったしなぁ」
「ほんそれ」
(馬車はある。馬さえあればどうにでもなる…か)
『なあ、ニド―』
魔剣はニドに耳打ちをする―
「おっしゃあああああああああ!!イクゼオッラァーン!」
「ぶるるるるるるるるあああああああ」
馬の嘶きと共に、大きな馬車がニドと魔剣、三人組一行を乗せてカラオンの表通りを駆け抜ける。
その行進は荒々しく。表通りを歩く人々を驚かせながら掻き分け、蹄が地を叩く時に響くそれは、爆ぜる音の如く。
その力強さからも感じる馬の速さはお墨付きで
気づけばもうカラオンの表通り、北端を通り抜けていた。
「ようし!サンタ!アキオ!もっと飛ばせ!駆けろ!!どんどん駆けろ!!」
前で馬に鞭を打って走らせるサンタ。
アキオは「お前もやれやぁ」と小さくボヤいている。
「しっかし、流石です!ニドの姐さん。まさか馬を買う程の金を余裕で持っていたなんてね!しかも、こんなドイカつい赤馬を選ぶなんてねえ!いいセンスです姐さん!」
「…」
「姐さん?」
ニドはラフの言葉をよそに、北端の道を見送るように眺めていた。…“その場所”はとても感慨深く、つい先日の出来事にも関わらず、何処か「遠く」と表現してしまうような感覚をその景色に覚えてしまった。
「さようなら―…カーニー。ニナ。」
別れの言葉をちいさく囁くニドを乗せながら、
馬車はそのまま教会がある山の麓へと向かうのであった。
彼女の魔剣は今日もくだらないことを語る 帽子屋 @vo-sya
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