第6話 今朝の空も青いまま
『…まさか、こんな形で帰ってくるとは思わなんだ。俺も、お前も』
仕立て屋であるニナから貰った帽子をテーブルに置いたまま、近くに魔剣を立てかけ。
ニドはソファの上で身を縮こめながら座っていた。
魔剣自身、動かぬその様子をジッと見つめていた。
「…。」
外は既に日も暮れて夜になっていた。すでに月が夜空に佇み、カラオンの街を見下ろしている
その光が差し込み、灯りもつかない暗い場所を窓から小さく照らしていた。
ニドと魔剣はニナとカーニーを殺した竜を、殺した。
人気のない場所で起きた1時間にも満たない出来事は、彼女に大きな衝撃を与え
多くのものを得させた。
しかし、それと同時にニドの心は反動を受けるように先ほどからずっと黙り込んで塞ぎ込んでいた―
…無理もない。
あの後。殺した黒き蓮の竜はその焦がされた身を霧散した
厄災であるが故にその魔の集合体が役目を終えて消えたのだ。あれはそういう風に出来ている。
しかし、殺された二人はどうだ。
華のように散り咲いた血の真ん中で、“少しばかりの面影”を残して肉塊となっていたのだ。
それさえも都合良く消えるわけがない。
そんな目を覆うような光景をニドは見てしまった。
ところが大きな声を叫ぶ事も無く、涙を流して泣く事もなかった。
ただ「どうして」とだけ呟きながら。
それ以上は何も言わずに黙り込む彼女に魔剣は提案した。二人を弔うべきだと
『アザ・ベベルカ・フレベラ』
彼が呟く呪文は瞬く間に天へと舞い上がる炎の柱となって二人の遺体を火葬する。
「これは…?」
『聞いたことあるだろ?ほら、あれだ、最初の時、雨でずぶ濡れになったお前を温めたまじないと一緒さ。
本当はこの世界で言う魔術って呼ばれている。“フレベラ”は炎、“ベベルカ”は柱、
“アザ”は与える、もしくは優しく注ぐ、という意味を持っている』
「そうなんだ」
『“アザ”には敬意、慈しみの意味が込められている。癒しの魔術を唱える際には必須なのさ』
パチパチと燃ゆる焔の柱を眺めながらニドは「そう」と答え、続けて
「綺麗だね」と答えた。
やがて、残された灰を寄せて集めると、丁寧に摘み取り
金貨を別の入れ物に移して、その空いた袋に詰め込んだ。
そのあとに、魔剣を鞘で収めて
彼女は気持ちの整理がつかないまま、フラフラと歩き始めると
気づけばニドはカラオンの表通りを進み
最終的には、“閉店”と書かれていた武器屋。カーニーの家まで戻っていた。
そして今に至り、誰もいないこの場所で
灯りも点けずに俯くように座っていたのだった。
そこに至るまでに魔剣は何も言わず何も聞かなかった。
それは彼女を信じていたからでもあった。
普通であれば、あのような絶望で心を壊されない事が無いのだ。
けれども、ニドは確かに立ち上がり、理解を望んだ。運命に抗おうと戦った。
そんな彼女であるからこそ、時には心の休息だって必要であると思った。
時間が必要だと思っていた。
しかし、残念な事に
魔剣はそこまで堪え性では無かったのだ。
『ニド』
「…」
『ニドちゃーん(裏声)』
「…」
『ポッピポロロンピッピ』
「…。」
『ピッピロチンチロピロピーン』
「…っ」
『…』
「…」
『朝を迎えたらここを発とう、ニド』
「…うん」
いつもの抑揚の無い声が、今はより一層弱々しく聞こえる。
「ジャバー」
『ん?』
「どうして、二人は死んじゃったのかな…」
『………知りたいか?』
「うん」
『お前はそれを知ってどうしたい?』
「わからない。…でも、今でもあの瞬間が忘れられないの。
あの化物を殺しても…自分の中でずっともやもやしてる。ジャバーが見せた炎みたいに」
彼女の閉じた瞳、瞼の裏側で今でも残る炎のゆらめき。
確かに綺麗だった。彼女はそう思っていた。
けれどもそれと同時に、どこか自分の中で終わることの出来ない何かがあった。
それは、確かな“答え”。
厄災という確かな運命を駆逐すれば、すぐに分かるものだと思っていた。
けれども、戦いの中で自分の心に向き合えば向き合うほどに
その答えがどんどんと複雑に入り組んでしまい、雁字搦めになってしまう。
疑問。それしか見い出せないのだ。
運命とは何なのか?
意思とは何なのか?
人の死とは…一体なんなのか?
いくつもの疑問が頭の中を何度も巡る。
だが、結局感じる胸の痛みの殆どが、カーニーとニナの死である事は確かだった。
『お前は言った。俺に対して。全てを知るために進む意思を持つと、生きると。俺は確かにお前が知りたいその質問を答える事は出来る。ああ簡単だ。だが、それは与えられたものだ。この意味が解るか?お前に対して例え嘘をついてでも出せる答えは幾らでもあるんだよ、この俗世には。だが、それは答えてもどうするべきか解らないお前に対して必要なものだとは思えない。だから俺はこう答える。“わからない”と』
「…」
『ニド。俺は確かに教えると言った。だがそれは嘯く言の葉でじゃない。その目、その耳、その手、その鼻、口。その全てだ。全てを識れ。識るという事は得る事に限られた事じゃないんだ。得たものを同時に自分のモノにして新しい答えを創る事だって出来る。つくれなかったとしても、気づく事が出来る。
人間の紡がれた魂はそういう風に出来ている。例えお前が…』
魔剣はそこで言葉を止め
『お前が確かに人である事は間違い無いんだ』
そう、言葉を変えた。
「…ジャバーの言うことは、やっぱり難しくて解らないや…」
『それでいいさ。それもまた、識る事の一つには違い無いのだから』
「…そう」
『そんな足りないお前にも、わかるような事だけ教えてやるよ』
「…うん」
『ニド、お前はがんばった』
「…」
『つらかったろ。くるしかっただろ。それでも、お前は立派に立ちあがって、生きる為の、進む為の務めを果たした』
「……うん」
小さく鼻を啜る音が彼女の方から聞こえる。
今にも泣きそうな声だ。
『えらかったな。よく、耐えたな』
「…うん」
そんなありきたりな魔剣の労うような言葉でも
彼女は確かに耳を傾け、それだけは確かに自分だけのものだと頷き答えた。
何度も、声を震わせて
『あの二人だって…きっと報われたさ』
「…」
『そう、そうでなきゃあ、意味がないんだよ』
「ジャバー」
『ん?』
「一緒にいてくれてありがとう…」
『あん?…ああ』
「ねえ、ジャバーは…居なくならないよね?」
『そうだな。ずっと一緒だ』
「…うん。ありがとう…」
ニドは魔剣に感謝する。
しかし、それでも彼女の中に抱えている不可解な感情は今も渦巻いている。
二人にとっての仇を討った事が果たして報われたのかどうか、それは解らない。
だからこそ、想い続ける自分自身が
二人の死を、どうしたいのか…どうするべきなのか
それがはっきりしない限り、ニドは前に進めないと感じていた。
そして、心をもやもやとしたまま
彼女は微睡み、膝小僧を抱えたままソファの上で横に倒れる。
小さく丸まりながら、くー、くーと寝息をたてながら眠りについた。
『おやすみ、ニド。きっと今晩は確かな夢を見れるだろうよ』
魔剣はそう囁くと、そのままずっと彼女を見守り続けた。
この二人しか居なくなってしまった彼女にとっての思い出の場所で、
―“繧ク繝ュ繧ヲ”、ありがとうね
ノイズのように何かが魔剣に囁く
『…やめてくれ』
―“繝代ヱ”、“螟ァ螂ス縺阪↑繝代ヱ”は、ずっと一緒にいてくれるよね
ノイズが、魔剣にそっと囁く
『ああ、約束したじゃないか。俺たちはずっと一緒さ…』
―嘘つき
その言葉が魔剣にそっと降りかかる
『……ごめんな』
彼はそう、誰かに独り言を呟いていた。
(ああ、そうさ。これはきっと罰なのかもしれない。俺に対しての、幾百年と、巡り巡って還ってきた…俺の罪に対しての…)
―やがて小鳥が屋根に止まりチッチと騒ぎ立て、朝を知らせる。
静かに登っていく日差しがニドの目に差し込み
閉じた瞼はゆっくりと開かれる。
「ん…」
彼女は霞む視界をジッと覗きながら、何かに気づいたように大きく目を開いて叫んだ
「カーニー!ニナ!?」
『おはよう。ニド』
「ジャバー!カーニーとニナは何処!?」
ズレた眼鏡をかけ直しながら、彼女は唐突にありえない質問をしだす。
『…ああ、そうか』
「ねえ、二人は―」
『二人は、もう居ねえよ』
ジャバーは躊躇う事なくニドにそう答えた。
「…そう…そう…うん、そうだよね」
とても、とても苦いものでも噛まされたような顔をして俯いた。
『お前が見ていたのは、夢だ。人が眠るとき、思い出を大事に仕舞う為に観る、それだけの小さな物語だ』
「夢…そうなんだ。初めて見た」
(ああ、こいつにとっての初めての夢は今だったのか)
窓の外に目を向ける、昨日と変わらず空は晴れやかで青いままだ。
表通りを歩く人々も、穏やかで、何もかも変わらず同じだ。
だがその景色を眺めながらニドは口惜しそうな顔をして、また俯く。
『ニド…そろそろ―』
ガタン、チリーン…
「っ!?」
下の階から扉が開く音と連なって響く鈴の音
まず有り得ない。店の看板は未だに閉店にしたままだ。
この場所に帰ってくる人など、今ではこの世には誰も居ないはずなのだ。
思わぬ来訪者に対して考えられる可能性は限られる。
(俺は確かに二人の遺体を焼ききった。灰だって確かに持っている。死者が還ってくる可能性は間違いなくない…)
『コソ泥か、もしくは身内寄りの常連客か―』
魔剣はニドに自身を鞘に収め身構えるように支持する。
ニドもおそるおそる階段へと静かに近づき
そこから下を覗き込む。
しかし、そこはカウンターの裏側。今は誰もいない
「カーニーさん?ニナちゃん?居ないの?」
奥からそんな女性の声が聞こえた。
「おかしいなあ…昨日、取りに来るって約束したのに、全然来ないんだもの」
女性の声は、こちらに徐々に近寄って来ている。
どうやら上に来るまでには至らないようだ。
カウンターの裏まで来る気配は無い。
魔剣は小さくニドに耳打ちする。
『ニド、ここは一端このままやりすごして帰ってもらおう。その後に俺らも―』
(って…え?)
魔剣の言葉を聞く前に、ニドはそのまま階段をゆっくりと降りていく
『おいっ…おいニド!ニド!?』
自身の声が聞かれないように囁きながらも制そうと彼女の名を強く魔剣は呼んだ。
しかし、耳を傾けてくれず、ニドはそのまま階段を下りきると
「はじめまして。わ、私は…」
「え?」
「あの…その…」
どういうつもりか、勢いで出たはいいものの、名乗るべきかも戸惑ってしまい
どう言っていいか解らないままニドは困ったように俯く。
チラリと目の前の来訪者に目を向ける。
その女性はなんの特徴もない普通の身なりをしてニドのようにメガネを掛けていた。
そして、その手には小さな小包みを抱きかかえるように持っていた。
(バッカお前…なんで出てきた。このままじゃあ俺らの方が十分に怪しいじゃねえか!)
しかし、困り果てる魔剣の予想を裏切るように
向かいの女性はハッと気づくように口を開く
「もしかして。あなたはニドちゃん?」
「え?」
『え?』
(あ、やべっ)
「あれ…今、男の声が―」
『ゴッ、ゴトン、ミャオーン、ドコドコ』
「…」
「…」
『…』
「ああ、猫…?もしかしてまたニナが勝手に外の猫に餌を上げたのかしら。ついてくるからダメっていったのにもう」
(し、凌ぎ切った…)
物音でさえも本物のように洗練された声真似。
魔剣の用意していた
“もしも俺の声が間違えて出ちゃって、他の人に怪訝そうな顔をされた時の対策用に編み出した
屋根裏かなんかの場所で物音をしながら猫の声を出すモノマネで誤魔化す作戦”
がうまく通用したようだ。とにかく名前が長い。
「あの…どうして、私をニドって知っているの?」
「ああ、ごめんなさいね。…どうやらその様子だとニドちゃんで間違いないようね」
「…うん」
「実はね、私は近所で雑貨屋をやっている者なの。ソフィって言うの。
昨日の日中にここのカーニーさんに言われてね。ええ、あなたの為にってこれを持ってくるように頼まれたの」
ソフィは抱えている小包を見下ろして言う。
「昨日?」
「ええ、あなた達、表通りでニナちゃんも連れて一緒にお店の方を見て回ってたのでしょう?
二人が眼鏡屋に行っている間にカーニーさんがこちらに来てくれてね世間話も交えて聞いてたのよ。
その時に、ニドちゃん用にってこれを―」
彼女は小包からそれを取り出し、ニドへと渡す。
…それはウサギの絵が描かれていたステンレス製のコップだった。
取っ手に寄った下の部分、そこには小さく“ニド”と名前が彫られている。
「…これ…なんで?」
「カーニーさんがね。「家族が一人増えるかもしれないから」ってそれを…あら?」
大きく目を見開いたニド、その手に持つコップに小さな雫がはたはたと落ちてくる。
それに構う事なく、彼女はそれを祈るように両手で掴んだ。
「―し、死んじゃった…の」
「…え?」
「カーニーも…ニナも…二人とも死んじゃった…。どうしてなのか…解らないけど…黒い竜が…」
「死んだって…?え?」
「私が…わた、わたし…ふたり、を…殺した竜を…どうにかしなきゃって…どうして殺されないといけなかったのかって…」
「に…ニドちゃん―…?」
ソフィは震えた声で搾り出すように言うニドの言葉に戸惑いを隠せない。
しかし、その瞳を風に当てられた水面のように揺らす少女を見て何かを察し
ニドの方へと近づき、優しく抱きしめる。
「わ、わからない…わからないの。この気持ちを…どうすればいいのか…きっと、知りたい事を…しれば…二人が、な、なんで死ななきゃいけないのか…」
「…よしよし。どうしたの?怖かったの?大丈夫…大丈夫だから―」
二人の死という事実、それを吐き出すように誰かに知ってもらう事で、自分の胸がすこし楽になった気がした。
ニドはそのままソフィに抱きしめられながら、自分の中で渦巻くもやもやとした感情の答えに気づく
誰でも良い。誰でもいいから、カーニーとニナの死をその口で伝えたかったのだ。
その事実を、その悲しみを、その苦しみを、すぐにでも伝えたかった。
どんなに恐ろしい竜を殺したって、自身の意思を示したとしても
朝になってさえ、不変であるこの世界に対して霞むようななんともあっけなかった二人の死を
ニドはどうしても訴えたかったのだ。
(そうか、ニド…だからこそお前はこんな場所まで来て…)
ニドはソフィに全てを語った。事の顛末を。
彼らが竜という厄災によって不慮の事故で亡くなってしまった事を
―そして、自身が竜を殺した事を。
「未だに実感が湧かないわ。だって、昨日まであんなに元気に話し合ってのだもの…けれど、そう。カーニーさんとニナちゃんが…」
ソフィは涙ながらに二人の灰が入った袋を両手に抱えて瞑目すると
「神よ。どうか…この二人に、安らかな眠りを…そして、再び巡る時も親子でありますように」
神にその祈りを捧げた。
「あなたも辛かったでしょう?…可哀想に。どうかこの子にも、神の祝福があらん事を―」
涙を拭いながら
ソフィはもう一度ニドを抱き寄せて、祈りを捧げた。
「にわかには信じ難い話だわ。二人の死もそうだけど…あなたみたいな小さな子供が、まさか竜を。それも、あの“黒き蓮”を討っただなんて話、悪い冗談にも程がある」
(悪い冗談だって?)
ソフィが信じられないのも無理は無い。
“黒き蓮”と呼ばれた竜はその名を持つ事に大きな意味がある。
単なる名も無き竜でさえも、大人が何人も束になっても倒せるものでは無い。
長年訓練された兵士であっても同じである。そのような兵士らでさえも足が竦む程に恐怖と力の差を体感させてしまうのが
彼の名を持つ竜が“黒き蓮”たる由縁でもある。
名を与えられた者にはそれに見合う事実を作り上げられる。この世界はそうやって出来ている。
それを、一人の少女が剣ひとつで屠る等という話は到底受け入れがたいものなのだ。
だからこそ、ソフィの含みのある言葉が魔剣には気になって仕方がなかった。
だが、それ以上に彼女の落ち着いた態度が…どうにも魔剣は気に障る。
(二人の死。こいつはそれを受け入れている。悪い冗談とは言いながらも、信じれない事だといいながらも、こいつは
耳を傾ける。成る程、“信仰者”ならではってところか…)
「でも、本当に信じられないの。先日“教団”は“ギルド”から彼の竜の討伐依頼を受けて、そしてつい昨日方討伐したと言っていたわ」
(教団?ギルド?いいや、そんなのはどうだっていい。討伐?討伐したと言ったか?確かに俺たちがあの竜を殺した。
あのぺトラ・スケイルだって異名持ちならではの手応えだ。そうでなけりゃあ、とっくにアレは真っ二つだ)
「今日の夕方には、依頼完了のその暁として教団が竜の巣で捕らえた竜の子の公開処刑がされる。そう言っていたわ」
(竜の子…?…どうやら、その話。相当キナ臭くなってきてるな、ニド―)
魔剣はニドにそっと耳打ちする。
「あの…ソフィ。教会にはどう行けばいいの?」
「え、ええ、それなら―」
教会はどうやら北の方。向かおうとしていたナバルガの道中にある三つの山の麓にあるらしい。
ニドを経由してソフィから話を聞くと、元々“黒き蓮”はその山の頂上に縄張りを作っていたそうだ。
それにはカラオンとナバルガを行き来する多くの商人たちも多大な被害を受けており、
商会を通してギルドへと討伐の依頼を申し出たそうだ。
そして、ギルドがその近くの山の麓に教会を構える教団に討伐の命を下し
それを教団の騎士兵らが受理したと言う。
(運命…。まさか、ニドに巡り巡って来た死の事象。そのファクターがこんな身近にあるなんてな)
運命。
そう、ニドには本来定められていた未来があった。
それこそが彼女自身の“死”
本来であれば死ぬ筈の彼女の小さなシナリオは、魔剣によって大きくその軌道を逸れた。
しかし、事象はそれを許さない。ズレた歯車が少しづつそれを戻そうと、大きく加筆修正するように、彼女に対して死を降り注ごうとしている。
…こればかりは魔剣もニドには黙っていた。
あくまで可能性でしかないものを真実にする事は、それに名を与えて意味を得てしまうからだ。
それが、カーニーとニナの死が、本来ニドに与えられる筈のものだったかもしれないという可能性―
(だから嫌いなんだよ。神様ってやつはよぉ)
「―そう、教会に向かうのね…」
「うん」
「それなら、この場所は私がなんとかするわ。もう、この場所を必要としているのは…あなたぐらいだもの」
ソフィの言葉にニドは頷くと、「ありがとう、ソフィ」と、魔剣を鞘に納めて背負う。
「ああ、あなたから聞いた話は…今でも信じ難いと思っているけれども、真実はどうあれ、あなたのその姿、まるで戦乙女のようね。竜を殺したなんて話も…あながち間違いではないのかもしれないわ」
「ああ、そうだわニド」と思い出したようにソフィは眼鏡に手を伸ばし、そっと外す。
「ソフィ?」
彼女は懐からハンカチを取り出して
微かに赤く汚れたレンズを綺麗になるまで拭く。
「これでヨシ」
ソフィはそのまま眼鏡をニドに返すように彼女の顔にかけた
「これで、ようく見えるはずよ」
「うん、ありがとう。ソフィ」
武器屋に背を向けて歩き始める。
「ニドちゃん…ニド!」
彼女の呼ぶ声に一度ニドは振り返る。
「…また、戻って来てくるのよね…この場所に」
その言葉に、ニドはつい先日の思い出を重ねるように想起させながら
笑う事もなく、悲しい表情で「うん、きっとまた来る」とだけ答えて再び歩き出した。
ソフィはその表情を心配そうに見守りながらも、小さく手を振って見送る。
『笑わないのは、あの人の為か?』
「…どうして、そう思うの?」
『お前、一瞬だけ笑顔になろうとして顔を強ばらせてた』
「うん、そうだよ。怖い。私が笑うと…あの人も死んじゃうんじゃないかって―」
『ああ、ニドそれは呪いっていうんだ』
「呪い?」
『頭でっかちが特に感じるオモシ。死に連なる鎖だ。お前は自分からそれを首に巻いちまったのさ』
「…でも私は鎖を首に巻かれてない」
『当然、心の問題だからな。自分に見えなくて、他人に見える。人の背負い込む背景ってのはそういうものだからな』
「…うん。やっぱりニドの言葉は時々解らないや」
『それでも、これだけはちゃんと聞いておいてくれ』
「?」
『おめでとうニド。ちゃんと前に進めたじゃねえか』
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