第2話 春の息吹を身に纏い

顔を背ける俺に声をかけた先輩は、俺にとっては天使だったし、恐らく大抵の人がそう思うだろう。

顔の赤みを隠しきれないまま顔を上げると、具合悪い?と心配をしてくれる。ただただ赤面しているだけなのに、あまりの優しさに心がきゅーっと縛られたような気までした。


お使いを終えた帰り道、彼女の匂いを運ぶ風にとても感謝した。帰路に着いた彼女とまだ一緒にいるような感覚を与えてくれるからだ。明日から先輩と毎日登下校。まるで遠足前日の小学生のような気持ちで、眠りについた。


心地よい香りのする春の風を、先輩と共に感じながら登校する。

年齢差はあるけれど、やっぱり同じ中学生だ。話題が弾まないはずがない。

楽しい時間はあっという間で、あまり馴染めていない学校へ。正直授業はレベルが低いので、憂鬱だ。全てを好きな人に捧げた弊害だった。

そんな中、入学式後改めてクラス全員の自己紹介が始まる。自分は後方だから、前の人々なフォーマットに則ればいいと慢心していたが、前の人があまりにも口下手な為、即興で話す事になった。

「四宮航です。しみやじゃないです。しのみやです。間違えないでください。」と事ある毎にに使用してきたフレーズを、笑みとも取れない微妙な表情で言う。反応はまあまあで、悪印象は無いだろう。


その日の昼休み、俺は先輩のいる図書室へと急いだ。

本は好きでもないし嫌いでもないが、先輩がいるというだけで動いた。本を読む彼女は、才女という雰囲気であり、厳かだった。

彼女の手にあるのは恋愛小説で、先輩も年頃の女の子、そういうのには興味があるのかと、勝手に喜んだ。


その日も終わり、下校。先輩から開口一番に言われた言葉は、「ねぇ、美術部入らない?」だった。どうやら先輩が入っているが、2年生が1人しかおらず、先輩たちの代が引退すると存続が危ぶまれるからだった。

これはつまり、部活に入らないと一緒に帰れないと言うことを示唆する。部活動開始は来週に迫っていて、決断は早々に行った。


どんな能力も中の上くらいある俺は、ある程度の絵を描くことができたが、多少下手に描くことで、大好きな先輩に教えてもらうというシチュエーションを作り出した。

徐々に実力を発揮し、その度にかけられる褒め言葉の数々は、とても心を踊らせた。部活動というチャンスは7月までで、先輩たちは早期引退する。正直あまり絵に興味は無いので、7月になったらやめようと思っている。

同級生の女子など眼中に入らず過ごしてきたが、美術部をやっていると自然と話しかけられる。「上手いね」などの当たり障りのない言葉をかけてくるのは正直意味がわからなかった。


日々は淡々と過ぎてゆき、チャンスが減るという焦りも感じている。

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追いかける春、ひととき @sazana_mi

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