ご用心

 ――茶髪おかっぱの少女はソファの上に横たわり、ぐったりとしていた。それを少し離れた、食卓の椅子から見つめている私。足元に置いているのは殺虫スプレーで、いつでも手に取れる位置にある。


 あれから数分の間、踏みつけられてもだえ苦しむGを見ていたが、ようやく現れた少女の姿に、少し安心した。

「……やっぱりあのG、あの子だったんだ……」

 そうは言いつつ、まだ半信半疑。『Gが女児に化けて現れる』なんて、昔話でも見ない話だし――。


「う……、なん、で……わ、たし……」

 先ほどから悪夢にうなされるように独り言を吐いており、その様子にはさすがに少し同情した。Gとはいえ。

「……でも、やっぱり何かの間違いなのかなー……」

 独り考えながら、ふと食卓に目をやる。散らかった菓子類の袋、空の弁当容器、放って置いてあるレジ袋にレシート……。

「…………なんだかな……」

 思ってみれば、最近ずっと感じていたこと。

 ――虚しい気持ちを紛らわすために、高校もしばらく休んで、思う存分にダラけてきた。寝室もリビングも、好き勝手に散らかした。だって、もう誰も”私を叱る人”はいないんだから――。


 ――1週間前、父さんが死んだ。突然のことだった。学校の授業中、スマホに電話が入って、『父さんが線路に飛び降りた』って。他殺じゃない、自殺。駅のホームで発狂して、飛び降りて、それで――。

 母さんは、私を生んだときに死んだ。――でも、別に悲しくない。だって、どんな人かも知らないんだから。顔も写真でしか見たことない。だから、悲しくない。

 でも、父さんは――


「――悲しいんですか……?」

「え……?」

 気づけば、少女はソファで起き上がって、こちらをじっと見ていた。

 その目は真剣で、まるで私に”心配”しているみたいで――。

「……私、分かるんです。お風呂場で、あなたのこと、ずっと見てきたから」

「……ずっと?」

「はい、ずっとです」

 Gは少し自慢げになる。ようやく目の前の事象を受け入れる気になれた私は、改めて少女に問う。

「……あなた、本当にGなのね」

「はい! やっと信じてくれましたかー?」

 Gは嬉しそうにうなずく。私もニコッと笑って見せ、ようやく立ち上がって、Gに歩み寄る。

「うん。なんだか夢みたいだけど」

「えぇ?」

「だって、あのGがこんなに可愛い女の子になるなんて」

 私がそう笑うと、Gは少し食い気味に「え?」と真顔になった。

 ――先ほどまでニコニコとしていた純粋な少女が、恐ろしく鋭い目つきでこちらを見つめている。

「――それ、どういう意味で言ったんですか?」

「え……?」

「それって、まるで、元々のGが可愛くないみたいじゃないですか」

 目の前のGは明らかに怒っていた。触覚をびんと立て、燃えるような目でこちらを見ているG

「……えっと、とりあえず一旦落ち着こ……」

 とりあえず、この状況を何とかしなければ……。

「私、アリカさんのことずっと見てきて、『かわいい』って思ってたんですよ。それなのに――」

 「Gに可愛いと思われてたのか……」と、やるせない気持ちが私を襲う。

「それなのに、あなたは私のことをブサイク扱いするんですか?」

「いや……、別にブサイクってわけじゃ……」

「じゃあなに? なんなの?」

 いよいよ目が血走ってきたGに、かなり押されている。怖い、普通に。こんなに怒ってる人間、久々に見た。いや虫か。

「……その、顔がブサイクとかじゃなくて……、単純に生理的にっていうか……」

 『生理的に』と口にした途端、明らかにGがダメージを受けたのが分かった。

「……え……?」とかすれた悲鳴を上げると、触覚は一気に垂れ下がり、目も段々と虚ろになっていく――。

「……だ、大丈夫……?」

 Gは無言のまま、私の目をずっと見つめている。それは、この世の醜悪の全てを見ているかのような目だった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る