第19話 言葉の盾を〈雨海side〉

「きれいごとばっかり言って、それが何になるんだよっ!!!」


 言ってしまった、と言った後に後悔する。

 言わなきゃよかった。こんなだからぼくは……。


 ―――――


 ぼくは小さいころ、本が大好きだった。

 時間があれば本を読み、本を読むために時間を使った。


 みんなは庭で遊んだりして、ぼくだけがいつも別の空間にいるようだった。


 小学校に入学し、月日が経ったある日のこと。

 ぼくは小学校の最高学年である六年生だった。二年前の話だ。


 いつものように、学校から帰ってきたぼくは本を読んでいた。

 学校で借りた、文庫本だった。


 その本を読んでからだ。


 ――ぼくが、人と関わるのがその時以上に苦手になったのは。


 相手を助けようとして放った言葉が、相手によっては拒むことを知った。

 心を込めて伝えた言葉きもちが、相手の心に届かないことがあることを知った。


 ……相手を気遣って言った言葉が、受け取り方によっては凶器になることを知った。


 怖かった。言葉は人を傷つけてしまうのだと。

 いつの間にか自分も、傷つけていたかもしれないということが。



 ……言葉への恐怖の気持ちが、人間関係を崩した。



 思うように口から言葉が出てこなくなり、無口だと思われるようになってしまった。ぼくに話しかけようとする人はいなかった。


 ぼくのそばから、みんな離れていったんだ。


 ―――――


「っ! 知ってる、知ってるよ。気づいてるよ、オレは。雨海がひとりで悩んで苦しんでたことっ」

「は……? いつもぼくだけに強く当たって。どこからそんなことが……」

「雨海はオレにとって大事な弟なんだよ……。大事な弟が悩んでいることぐらい、ずっと前から知ってるよ」

「っ……ウソだ……!」


 そんなはずない、そんなはず――



「ウソじゃないっ! ひとりで抱え込むなよ、雨海っ!!」



 でも、言葉はそれだけじゃなかった。

 悪いことだけじゃなかった。


 言葉には、いい面もあることを知った。

 それは最近のことだ。


 天音と過ごして、やっと気づけた。


 相手を想った言葉は、相手を救うことにつながることを知った。

 言葉は使い方によっては、凶器から守る盾になることも知った。

 ありがとうと感謝を伝えれば、相手に気持ちが伝わることを知った。


 ……ごめんなさいと謝れば、この絡まった関係いとも解けることを知った。


「……ごめん、なさ……い」


 目の前にいる、晴玲が驚いたように目を見開いたのが分かった。

 でもそれは一瞬のこと。ゆっくりと口を開いてこう言った。


「……違うだろ。今 雨海が言う言葉はそれじゃない」


 次はぼくが驚く番だ。

 そうだ、謝るんじゃない。ずっとぼくを一番近くで支えてきてくれたことを……。


 ――ありがとうと心からお礼を言えば、解けたいとを結びなおすことができることを知った。


 ……そして、その絆を深めることができることを知った。


「……ありが、と……」


 ふら、と前に倒れて、ぼくは兄ちゃんの腕の中に収められる。

 静かな月明かりが、ボクたちを照らした。

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