第17話 いちばん大事なモノを

 ――来てしまった……。


 ボクは今、屋上にいる。


 太陽が照りつける屋上に、結局来てしまったのだ。来なきゃいけない気がした。

 相手が誰かは知らないというのに。


 下のほうでは木の葉が舞い、秋を感じさせる。

 そんな中、ボクは屋上で立ちつくしていた。



「フ、ウ……?」



 思わぬ人物に、頭が混乱する。

 ま、待って、整理が追い付かない。どういうこと?

 帰ったんじゃないの? どうしてここに。


 真正面にいるフウは、下を向いていた顔をあげた。

 目が合う。

 次の瞬間には、目の前に大きな影が覆いかぶさっていた。


 っ、え?


 そして一秒後、何が起きているのか理解する。


 だ、抱きしめられてる……。


 暖かいぬくもりが、力のこもった腕から伝わってくる。


「ごめん、天音ちゃん。ごめんね」


 幻でも、夢でもない。


 フウだ。


 腕を解くと、フウは泣き笑いのような表情でボクを見た。

 綺麗な空色の瞳から、キラキラと光る涙がこぼれる。


「フウ……」

「ごめん、心配させたね」


 本当は、怒鳴ってやりたい。

 こんなに心配したんだよって。


 でも、できるはずもなかった。


 フフッと笑ったフウは、少しずつ話し始める。


「手紙、見てくれた?」

「うん」


 見たからここにいるんだけどな……。

 でもよかった。誰かと思ってずっと気になってたから。


 でも文体的に……。


「あ、そうそう。あれ書いたの天王さまね」

「や、やっぱりそうだよね……」


 ほんと簡潔だった。びっくりしたよ。

 今までもらった手紙の中で一番文字数が少なかった気がする。


「あ」


 フウがボクの後ろを指して、一言。


 え。


「ユ、ユーレイッ?」


 ムシも嫌だけどオバケも苦手なんだっ。


 恐る恐る振り返ると、ボクは硬直した。


「よっ。日中にユーレイいるわけないじゃん。ま、夜はいるかもだけど?」


 片手をあげて登場したのは、晴玲くん。

 晴玲くんに続き、雨海くん、出雲くん、雪良くん。


 なん、で。


「……」

「天音さんっ!」

「おねーちゃんだっ」


 ポロっと、何かがこぼれた。


「なんで、戻ってきてくれるの……?」


 ボクは屋上の床にへたり込んだまま、フウの話を聞くことしかできなかった。


「あの日さ、天音ちゃん来てくれたよね。探してくれたんだよね?」


 ボクに問いかけるように、でも独り言のように続ける。


「あの日、天王さまからの命令が下されて。戻ってこいって言われたの。そのときはまだ、何も知らなかったんだけど。急に戻って来いなんて言うからさー」


 ボクは固い床をじっと見ながら、静かにフウの話に耳を傾ける。


「天に戻ったら、って言われて。失ったモノを取り戻すために下に行ったんだから、取り戻したならもうしたにいる必要はないって言われたの」


 もう、取り戻している?

 何だったんだろう、気になる……。


 でも、取り戻したならどうしてここにいるの?


「あはは、気になるでしょー」


 無言でボクはうなずく。


「き・ず・な、だってー!」


 きずな……。

 絆?


「天神兄弟の絆。これで取り戻してるって言える? 天王さまもまだまだだなあー」


 ボクの家に住み着いた始めころよりは、みんなの仲も深まったと思うし、距離もさらに縮まったんじゃないかなって、もともと部外者のボクからもわかる。


「確かにさ、天音ちゃんと過ごして、仲が良くなったかもしれない。初めて知れたこともあったかもしれない。でもさ、」


 ボクはフウを見上げる。

 目があった。



「いちばん大事なモノを、取り戻していないんだよ」



 ひゅっと息をのむ。


 いちばん大事なモノ?

 ……を、取り戻してない……?


 なるほど、だから……。


「……だから戻ってきたの?」

「うーん。半分正解、半分不正解っ!」


 思いもしないこたえに、ボクはハテナを浮かべた。


「惜しいなー。答合わせしちゃうよ?」


 いたずらっぽく笑って、フウはみんなを見渡す。


「正解は……」


 床に座り込んでいるボクに合わせるようにしゃがんで、耳元でささやく。



「天音ちゃんと、もっと一緒にいたかったからだよ」



 迷惑かな、とさびしそうに微笑んでから、フウは手を差し出す。


 えっ、っ……。

 ど、うして。君は――



 ――いつもボクが望んでいる答をくれるんだろう。



 一筋の涙が、ボクの頬を濡らした。

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