第16話 夜が明けて、朝が来る
フウ、どこにいる?
さっきまで一緒にいたじゃん。どうしていないの?
――ねえ、どこにいるの?
―――――
気づいたら、屋上にいた。
どうやってここに来たのだろうか。
涼しい風が吹き、ボクの周りを踊る。
ボクは目の前の光景を見て絶句した。
「ど、して……」
ボクの口から、かすれた声がこぼれる。
どっどっと、心臓が大きな音を立てて鼓動する。
目の前に広がるのは、屋上のフェンスに立って空を見上げるフウだった。
フウだけじゃない。その周りには晴玲くん、雨海くん、出雲くん、雪良くんもいる。
どうして。
五人は気づいていない。
ボクはもう少し距離を縮めて、みんなを呼ぶ。
「ねえ、みんなっ! なに、してる……の?」
気づかない、どうして。こんなに近くにいるのに。
みんなを風が包み込んで、どんどん風が強くなっていく。
「フウっ」
ボクはたまらずフウの腕をつかみ、ボクのほうに引き寄せる。
……正確には、引き寄せようとした。
でも、できなかった。
つかんだのはいいけど、引き寄せることができない。
風がさらに強くなってきて、ボクの手がフウの腕から離れていく。
「フウっ!」
目があった。気づいてくれた。
ボクはもう一回フウの腕をつかむ。風に負けないように、しっかりと。
「天音ちゃん……?」
声が、風の中から聞こえてくる。
うっすらと、でも確かに聞こえる。
「うん、そうだよ。どうしたの? どうしてここにいるの? 早く戻ろうよ。お昼食べよ?」
「……ご、……ん……」
ボクの声が聞こえているのかいないのか、フウは何かをつぶやく。
聞き返そうかと思ったけど、間に合わなかった。
風が止む。
フウは……ううん、みんなは――
――あの空の向こうへ、行ってしまった。
「天音~。そろそろご飯だぞー……って……天音、大丈夫?」
幸兄の言葉でハッと現実に戻ってきて、ボクは「大丈夫」と答える。
それでもなお、心配してくれる幸兄に、もう一回「大丈夫」と言う。
まだ心配そうにしていたけど……。
「フウちゃんたち、帰ったのかな?」
幸兄も、薄々感じていたのかもしれない。初めのころは「友達」といって説得したけど、本当は
人間界ではない、別の場所から来た人たちなのだろうと。
「……うん」
テーブルに並べられるのは大量のおかず。
とても二人で食べきれるとは思えない。
テーブルの周りにも、五つのイスが並べられている。
でも、そこに座る人は誰もいない。
「……早く、戻ってくるといいな」
静かな食卓に、ボクか幸兄か、どちらかの声が響いた。
夜の八時。
もう、今日は寝よう。明日学校あるんだ。
突然みんながいなくなったって、学園大騒ぎにならないかな?
……考えるのも疲れる。早く寝る。
ねえ、フウ。
最初は突然家に来られてびっくりしたけどさ。
ただの女の子だとしか思ってなかったけどさ。
今はもう、大切な家族の一人なんだよ?
フウだけじゃない。他のみんなも。
また必ず、戻ってくるよね?
……嘘でもいいから、誰でもいいからうなずいてよ……。
夜が明けた。
朝になっても、やはりみんなの姿は見えない。少し期待していたけど、その期待も裏切られた。明日は本当だったらサプライズパーティーのはずだった。もう、それも叶わない。
学校では、かなりの大騒ぎになった。一応、幸兄が「風邪でみんな休みます」という連絡はしたのだが、学園のアイドルこと天神兄弟とその幼なじみのフウがいないのだから、ある意味、静かになったといっても過言ではない。
そんな学園で半日過ごして、ボクは懐かしささえ覚える。
フウたちが来る前は、これが普通だったな、と思いながら。
そしてお昼休み。
今日は朝に余裕があったので、お弁当を作ってきた。
琴葉ちゃんはと言うと、明らかに様子のおかしいボクを一人にさせてくれたみたい。さすが長年の付き合い。ボクが一人にしてほしいときはわかるらしい。
自分の席に座って、お弁当を広げる。
教室は静かだ。
ほとんどの人が食堂を使っているからね。
黙々と食べ進め、デザートのリンゴを食べ始める。
どかん、と大きめのタッパーに入った大きいリンゴを見て、苦笑いを浮かべる。
いつもはこの半分くらいなのに。
幸兄が元気出せって言ってくれているみたいで、ボクはフフッと小さく笑う。
フウたちが来る前の学園生活。フウたちが来る前の、いたって何も変わらない生活。
淡々と過ぎていく今日、ボクは何をしただろうか?
特に何もしていない。何か特別なことが起こったというわけでもない。
ただ、静かに一日が過ぎていく。
夜がやってきて、夜が去る。
朝がやってきて、昼を迎える。
今日は、パーティーを予定していた日。
「フウたちがまた来てくれる、戻って来てくれる」と願うのはもうやめた。
フウたちがいなかった頃は、これが当たり前だったのに。
朝起きたら幸兄がいて、帰ってきたら誰もいなくて。
そんな日常が、当たり前のはずだった。
当たり前だった生活が、当たり前だと思えないようになっている。
あんなに賑やかだった登校も、すっかり静かになってしまった。
まあ、ボク一人だからそりゃあそうなんだけど。
学校について、上履きを履く。
履いてきた靴を下駄箱に入れるとき、何かが下駄箱に入っていることに気づいた。
手にとって、よーく見てみる。
水色の封筒で、特に何も書かれていない。
差出人は誰だろう。目的は?
「おはよー。あれ、立ち止まってどうした?」
後ろから琴葉ちゃんが声をかけてきて、んん? とボクの手元をのぞき込む。
「あれ、もしや?」
「ううん、琴葉ちゃんの思っているようなものじゃない……と思うよ」
「え、挑戦状じゃないのっ?」
「その考えは想定外だった……」
挑戦状って何の……。
ボクに何を挑むっていうんだ……。
「え、もしかして……脅迫状とかっ!?!?」
「ち、ちがう……と思うけどっ。誰がボクのところに入れるの」
「うーん……予告状とか?」
「何の……」
小さく笑いながら、ボクたち二人は教室へ行く。
晴玲くんたちが転校してきてから、廊下も常に騒がしかったのになあ……。
それぞれ席について、ボクは引き出しに荷物をしまい始める。
宿題を提出したりして、朝学活が始まる――その前に。
ボクはこっそりとさっきの封筒をあけて、中を確認する。
うん、何か入ってる。
はがきサイズの紙に、何か書かれてる。
んん? え~っと……。
『簡潔に言う。
今日の放課後、屋上に来てくれ』
え、終了?
でも、裏を見ても何も書かれていない。
た、確かに簡潔……。
ウソは言っていない。簡潔にの書いただけだ。
でも差出人が誰かぐらい書いてもよくない?
こわ……。
もしかして、これボク当てじゃないんじゃ?
ど、どうしよう……。
でも委員会とかだったら……。
いや、委員会のことだったら直接来るよね……。
わ、わからない……。
――差出人は誰だっ?
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