第14話 お昼休みは食堂で

「あーまーねーちゃーん」


 耳元で聞こえたのは、フウの声。


「う、ん」

「朝だよー」


 その一言でボクは体を起こす。


「「いだっ……」」


 おでこが正面衝突。二人で額をおさえて痛みに耐える。

 ジンジンと鈍い痛みが続く中、フウに謝る。


「ご、ごめん、大丈夫?」

「大丈夫だけど……。天音ちゃんもこんな時間まで寝てるのめずらしいじゃん」


 何かあった? と聞いてくるフウに、ボクはハハハと苦笑いを浮かべた。


「ううん、何もないよ、早く行こ」

「それならよかった。コウさん心配してたよ」


 やっぱり寝坊しちゃった……。雪良くんは起きてるのかな?

 下に降りると、幸兄が朝ご飯を用意してくれていた。


「お、天音起きた? おはよー」

「……おはよ」


 あ、雪良くん起きてる。

 出雲くんは相変わらず幸兄のとなりで、せっせと朝ご飯の用意を手伝っている。


「晴玲くん、雨海くんを起こしてきてくれない?」


 天気予報を見ていた晴玲くんに幸兄がそう言って、お願い、と付け加える。

 わかりました、と幸兄に向かって言い、晴玲くんは二階へと行った。


 雨海くん、朝には弱いんだよねえ……。

 夜更かししているってわけじゃなさそうだけど、朝起きるのが苦手らしい。起きたあとも、いつも以上に無口だし、機嫌悪いし。


 まあ、ボクも朝が得意なほうではないからね。

 かと言っても、今日みたいに寝坊することはなかなかないんだけどなあ……。


「朝ご飯、もうすぐで用意できるから席着いててね~」


 幸兄がみんなに呼び掛けて、ボクたちはいつの間にか定着した席にそれぞれ着いた。


 ―――――


「ね、天音ちゃんって……」

「ねえ、雨海くんたちと一緒に住んでるってホント!?」

「あ、それわたしが言おうと思ってたのに!」


「「とにかく、このウワサってホントなのっ⁉」」


 すごい剣幕でボクの真正面からそう尋ねてきたクラスメイトに、ボクはわわわ……と少し慌てる。

 この子たち、こんなに気の強そうな子だったんだ……。

 いつも静かにおとなしく二人で勉強したりしてるから、なんかザ・マジメって感じの人かと思った……。


「ストーップ!」


 二人のクラスメイトの間に割って入ったのは、琴葉ちゃん。


「天ちゃん、こういうの慣れてないんだから。天ちゃんの気持ちも考えてあげて」


 ポン、とクラスメイトの肩をたたいてから、よろしくね、とつぶやいてボクを見る。


「ね、天ちゃん?」


 琴葉ちゃんを見て、こくりとうなずく。

 それを見た琴葉ちゃんは、その場を離れようとしていた。


「あ、ありがと」


 琴葉ちゃんの背中に向かって、ボクは言う。


 ……さすが、長年一緒にいるだけある。よくわかってるな、ボクのこと。


 琴葉ちゃんはその言葉にひらひらと手を振って応えてくれた。

「いーよ、気にしないで」と、そんな声が聞こえてきそうな手だった。


「ごめんね、天音ちゃん。どうしても気になっちゃって。これでもファンクラブ入ってるの」

「気にしないでいいよ。ちょっとびっくりしただけ。一応、ウワサは本当だけどそんなに広めないでね」


「「ほ、本当だったのーっ⁉」」


 あくまでウワサだと思っていたのかな?

 こんなにびっくりされて、ボクも少し驚く。


 このウワサはまだ中等部だけにしか広まっていないと信じたい。

 このままだとボクは、学園の女子生徒を全員敵に回すことになる。もう敵に回ってるかもしれないけど。呼び出されるとか嫌だよ。


「いいなあ。天神兄弟を毎日眺められるんでしょー? どんな感じ?」

「雨海くん、いつも読書してるの?」


 キラキラとした目で見つめられ、ボクは少したじろぎながらも、一つずつ答えていく。


「ありがとー」

「また話聞かせてね!」


 と、そう言い残して去っていく彼女たち。


 ……なんか……。

 思っていたのと、違う……?


 てっきり空き教室に連行されるのかと……。

(本の読みすぎによる考え)


 あの子たちが何か企んでいるとも思えないし……。


 まあ、嫌がらせされないならいいんだけど……。

 ううん……でもまだ油断はできない。


 朝の学活が始まるチャイムが鳴り、騒がしかった教室、廊下は徐々に静かになっていった。


 ―――――


「天音ちゃーん!」


 お昼休み。ボクは後ろからフウに声をかけられた。


「お昼一緒に食べよー」


 どうしよ……今日は本当は琴葉ちゃんと食べる予定だったんだよね。

 でもフウがわざわざ声かけてくれたし……。


「天ちゃん~。今日は食堂で……あれ、フウちゃん?」

「あれ、コトちゃん」


 んんんん?

 初めましてじゃない感じ?


「あれ、もしかして二人、知り合い?」

「うん、委員会が一緒なのー」

「フウちゃん、とても覚えるのが速いの。めっちゃ役に立ってるよ!」

「そ、そういうことだったんだ……」


 琴葉ちゃんは確か、緑化委員会。

 中庭にある植物の世話とか、教室にある植物の水やりとかが主な仕事らしい。


「えっと……せっかくだし一緒に食べる?」


 ボクが提案すると、二人は同時にうなずいた。


「じゃ、食堂行こ」


 ボクたちが通っている向日葵学園には食堂が存在する。

 初等部中等部共用で、昨年度に用意されたイスが足りないくらいに利用者数が多くなったらしい。これじゃあ、すぐに売り切れてしまうことも多く、お弁当持参を呼びかけたという。

 その結果、最近はお弁当持参の人が増えているらしく、昨年度よりは利用者数が減ったらしい。少なくとも、イスが足りないということはなくなった。


「あ、私はお弁当持ってきているからいいよ。ここで待ってるね」


 食堂のイスに座ってニコッと笑う琴葉ちゃん。

 琴葉ちゃん、毎日お弁当自分で作ってるんだって。すごいクオリティなんだよ。


「フウ、早く行こ。売り切れちゃう」

「うん、そうだね」


 今日はいつもより人が多い……気がする。気のせいかな?

 今日というより、最近は増えたような……。


 ボクの番が回ってきて、速やかに注文を済ませる。


「えっと、アップルパンひとつお願いします」

「はい、一六〇円ね」


 アップルパンを手に、ボクは最初に琴葉ちゃんの待つテーブルに向かう。


「天ちゃん、またそれー?」

「うん、おいしいんだもん」

「飽きないの?」

「うん」


 そればっかり食べてるわけじゃないよ?

 週二くらいのペースで食べてるだけだもん。


 あとはサンドイッチをよく食べるけどね。

 お昼はパンを食べることが多いかな。


「あ、フウちゃんこっちー!」


 キョロキョロしているフウを見つけた琴葉ちゃんが、小さく手招きする。


「フウちゃんなににしたの?」

「ハムたまサンドイッチおすすめって聞いたからそれにしたんだ~」


 じゃーん、と見せびらかしてくるフウに、ボクは座りな、と椅子を引く。


「まあま、食べよ」


 いただきます、と手を合わせて、ボクはアップルパンが入っている袋を開ける。

 このアップルパン、ふわっふわな生地にたくさんのリンゴが入ってるんだよ。

 甘さ加減もちょうどいいし、甘すぎないからついパクパク食べちゃうんだよね……。


「わ、コトちゃんのお弁当おいしそー!」

「でしょでしょー? 今日はガッツリ焼肉弁当でーす!」


 うん、いい匂い。幸兄の料理もおいしいけど、琴葉ちゃんの料理もまた違ったおいしさがあるんだよなあ……。


「ん! ふわっふわっ!!」

「ここの学食はパンがおいしいって有名なの。なんと言っても生地のふわふわが最高だよね」


 驚くフウを前にして、ボクはふふんと誇らしげに、ここの食堂が人気なわけを話し始める。


「転校してきてからはご飯しか食べてなかったからわからなかった……。次からはパンもお昼の候補にいれよっと」

「うんうん。ご飯もおいしいけど、パンもおいしいよー! とくに……」


 コトちゃんも話に加わって、フウにおすすめのメニューをあれこれと挙げる。

 ホント、この学食はおいしいものばっかりだからねー。

 全部人気で、すぐ売り切れちゃうから。


「「「きゃー!」」」


 じ、事件!?!?

 さすがに学園内でなにか起こったとかでは思うんだけど……。

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