第13話 前みたいに、仲良く

「ううん……」

「どうしよ……」


 夜の、十時半。

 雨海くんと雪良くんは二階の部屋にいて、まったりタイム。フウもボクの部屋でくつろいでいる気がする。

 晴玲くんは相変わらずゲームをしてるし、いつもと何も変わらない風景。

 あ、出雲くんはゲームの観戦をしてる。この二人も慣れたなあ……。


 ほんとは夜にアイス食べたかったんだけどね。

 幸兄からストップかかったから食べれなかった……。

 一度溶けたのを凍らせるとカッチカチになるんだね……。


 さすがにあれは食べれない……。

 衛生面でのリスクも増えるらしいし……。


 さらば、夏の味方よ……。


「で、さっきの話だけど……。廉斗さんは今週の日曜か、来週の金、土、日なら空いてるって。それ以外は無理っぽいけどね」

「ありがと。今週の日曜は急すぎるかな。来週の……金曜日は学校あるし、夜だとしてもみんな疲れてるよね……」


 うーん、と考え込んでいると、幸兄がじゃあさ、と口を開く。


「来週の土曜日の夜とかでもいいんじゃない? 土曜日の夜なら次の日も休みだしさ、ゆっくりできるんじゃないかな」

「そうだね」

「おっけー。廉斗さんにももう一回確認しておくねー」


 その後は学校の話とか、ガーベラを今日利用したお客さんについて話したりして、あっという間に十一時。


「そろそろ寝るね。おやすみ」

「おやすみー」


 二階に上がって、そのまま奥にあるボクの部屋へと向かう。


 ガチャ、とドアノブをひねって押し開ける。

 むわあっと

 ボクのベッドにはフウが……って……。


 い、いない……?


 あれ、下にもいなかったよね?

 どこにいるんだろ……。


「あ、天音ちゃん!」


 ウワサをしたら……。

 振りかえると、出雲くん&雪良くんの部屋の前から、そーっとボクを見てくるフウ。


「どうし――」

「天音ちゃん、今 天音ちゃんの部屋近づかない方がいいよ。ムシいる」

「ムシ……、ひっ……や、だ」


 ボクはその場にしゃがみこみ、ぶるぶると体を震わせる。

 やだやだやだ。

 ムシは嫌いなのっ。もうほんとにやだ……。


「っていってもハエだよハエ。そんな大きくないって」

「ムシはムシなのっ。嫌いなものは嫌いなんだよお……」

「大丈夫、ユキが逃がしてくれるって。ユキは小さいころからムシ平気だったからなあ……」


 バタバタと足音がして、雪良くんが来てくれる。


「天音おねーちゃん、部屋入っていい?」

「いいよいいよ、それよりも早くムシをどうにかしてっ」


 通常運転の雪良くんに、ボクは早く早くと雪良くんを部屋に入れる。

 ……しかも、「部屋入っていい?」って今更過ぎない?

 一番最初のころなんて無断で入ってきたじゃんっ。


 静か~にボクの部屋に入っていって、三十秒ほどでボクの部屋から出てきた雪良くん。


「いなくなった? 逃がした?」

「うん。多分」

「た、多分ってなに~っ?」

「大丈夫だよっ。もういないよ」


 こ、怖いよおお……。

 ムシはホント嫌なんだよ……。


「ほら、もう十一時過ぎちゃったよ。明日学校だし早く寝よ~」


 フウがボクの肩をバンバンと叩いて、ムシのいなくなった部屋へと入っていく。

 はあ……さっきまでムシがいたと思うとぞっとする……。

 考えるだけでも、ぞわあっと鳥肌が立った。


 もう、何もなかったことにしよう。


 はあ……。


 そーっと部屋に入り、すぐさまベッドに寝転ぶ。

 もう、寝よう。


「おやすみ~」


 フウが電気を消して、一気に暗くなる。

 月の光が窓から入ってきて、少し明るい。


「……おやすみ」


 ボクの意識は、すぐに途絶えた。


 ―――――


「ん……」


 ボクが目を覚ましたのは……。


「に、二時……」


 時計を確認すると、思ってもいない数字が目に入ってきて驚く。

 そんなに夜に目を覚ますことはないのに。珍しい。


 部屋には、スースーという規則正しいフウの寝息だけが響く。


 寝ようと思って目をつぶるけど、どうしても眠れない。


 どうしよ……。


 このまま起きているのも、明日の授業中に絶対眠くなるからダメだ。

 なんだかんだ言って、目を覚ましてしまってから十分が経とうとしている。


 サーっとカーテンを少し開けると、星や月がキラキラと光っているのが見えた。

 窓を開けると、夜の風が入ってくる。どこか心地よかった。


 しばらく風に当たっていたけど、余計に目が冴えてちゃった……。

 これじゃあ全然眠れない。


 たまにはいいや、ベランダで星でも見てみようかな。

 綺麗に見えるかなあ……。


 なるべく物音を立てないように、静かに静かにドアを開け、廊下に出る。

 少し蒸し暑かった。


 廊下も足音を立てないように、ゆっくりと歩いていく。

 起こしちゃったらまずいし……。


「……天音おねーちゃん?」


 ビクッと肩が揺れた。

 突然すぎて、しかも暗い中で、ホントに驚いた……。


「雪良くん。どうした?」


 そーっと部屋のドアから顔を出している雪良くんにそう言って、ボクは雪良くんと目を合わせる。


「天音おねーちゃんこそどうしたの。ドロボーさんみたいだったよ」

「ちょ、ちょっと、ひどくないっ?」

「しーっ!」


 そ、そうだった。みんなはねているこの時間帯。声のボリュームを下げなければ。

 それを年下に注意されてしまうなんて、どう考えても立場が逆だ。


 小さな声で、ボクは雪良くんに言う。


「とりあえず、ベランダ行こ」


 右手で小さく手招きして、ボクと雪良くんは一緒にベランダへと行った。


 ベランダには、二つだけイスがある。まあ、そんな大きなものじゃないけれど。


 よくここで幸兄と星を見上げたなあ……。

 こうやって寝れない日は、こうして二人で話をしたものだ。


「雪良くん、どうしたの? 目覚ましちゃった?」

「うん、まあそんな感じだよ。天音おねーちゃんも?」

「そうだね」


 静寂に包まれたベランダを、月の光が照らす。

 誰かと一緒にいるときの沈黙は嫌いだけど、この静かさは好きだ。


 空を見上げ、夜の景色に散らばる星たちを眺める。

 キラキラと明るく光る星もあれば、かすかに光っている星もある。


 星って、人間と似てるよね……。

 星の輝き方も、星の色も。

 星の大きさも、何もかもが違う。それって、人と同じだよね。


「天音おねーちゃん」

「ん。なに?」


 雪良くんの方を向いても、視線は交わらない。

 雪良くんも、空を眺めていたから。


「天音おねーちゃんはさ、幸おにーさんとケンカしたことある?」

「あー……」


 苦笑いを浮かべつつ、ボクは質問に答える。


「まあ、ないと言ったらウソになると思うけど……。そんなに大きなケンカになったことは……あ、ある」

「えっ!?」


 そうだ、一回だけ。ボクが初めて家出したあの日、激しい言い争いになった記憶がある。ケンカもあれが初めてかもしれない。

 でも、しょうもないことでケンカして、次の日には普段通りに生活してたし。普通に話してたし。何だったんだろうなあ……。


 それを話すと、雪良くんは少し驚いたような顔をした。


「たった一日で? 一日で仲直りできちゃうの?」

「う~ん。寝たらなんかどうでもよくなっちゃったんだよね。仲直りもしたけどね?」


 フフッと笑って、懐かしい思い出を呼び起こす。


 初めての家出も失敗しちゃったし。結局、すぐに幸兄に見つかって、しばらく怒鳴られて。落ち着いたころにはいつのまにか寝てて。

 次の日朝起きたら、いつもと何も変わらなくて。


 あの日はホントにいろいろ大変だったなあ……。


「僕たちも、早く仲直りできるかなあ……。おにーちゃんたち、前みたいに仲良くしてほしいよ」


 ……何も言葉が出ない。

 月明かりに照らされた横顔は、どこか悲しそうで。

 思わず目をそらしてしまった。


「「……ふわあ」」


 あくびが二人でそろう。

 ボクたちは顔を見合わせて、フフフ、と笑う。


「もう寝よっか。今から寝たら寝坊しそう」

「僕も二度寝しちゃいそう……」


 なんて言いながら、ボクたちはそれぞれの部屋に戻った。

 ベッドに横になったボクは、すぐに眠りに落ちた。

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