第12話 狐面のまさかの正体
「あ、あなたがっ……」
口が開いたままのボクを見て、狐面の人はにっこりと笑う。
「そうだよ。私が天王と呼ばれている者だ。そんなに恐縮しなくていい」
ほ、本当なんだ……。
こ、この人がっ、天神兄弟のお父さん……?
天王という肩書から厳ついイメージがあったけど、実際、そうでもない。ニコニコと笑顔を浮かべている、怒っている姿など想像できない穏やかな人だ。
ん?
今思ったけど……。
もしかしてボク、天王さま相手に「あいつ」呼ばわりしてた気がする……っ。
ツーっと冷たい汗が頬を伝う。
こ、これはさすがにヤバい……。口には出してなかった……(と信じたい)けど、ボク自身が耐えられない……。
ふと、雨海くんと天王さまの視線を感じて、ボクはうつむきかけてた顔をあげる。
あ。自己紹介……!
「は、はじめましてっ。あ、天音ですっ! 天神兄弟やフウから天王さまのことは伺っていますっ」
咄嗟に出てきた言葉を並べて、なんとか自己紹介(?)を終える。
天王さまは一瞬驚いたような顔をしてから、ボクに向かって口を開いた。
「天音くんか。こちらこそ、天音くんのことは知っているよ」
ボクのこと、天王さまに知られてるのかっ……。
なぜ。どうして……。
「あのときはすまなかった。今日もだけど、追いかけていたのはワケがあるんだ。許してくれ」
ボクに向かって頭を下げてくる天王さまを前に、あわあわと手を振る。
「あ、頭を上げてくださいっ、謝罪はいらないです~~っ」
追いかけてきたのが天王さまということは、狐面は天界警察ではなく……天界警察のフリをした天王さまだった……ということ?
え、じゃあフウが掟を破ったことについては……。どういうこと? ボク、天王さまの前でフウの名前だしちゃったよ……。
一人であわてるボクをよそに、天王さまはもう一度謝った。
「はは、本当に申し訳ない。捕まえたかったわけじゃないんだ。話したいことがあって」
「話したいこと……というのは?」
「フウのことだ。天音くんも知っているかな」
まさか天王さまの口からフウの名前が出てくるとは思わなくて、ボクはえっと声を漏らす。
「やっぱり知っていたか。なら話は早いな。フウが掟を破ったことについてだが……。本人から聞いた?」
「あ、はいそうですね」
フウ、ごめん。さすがに天王さま前に噓をつくことはできない。
掟を破ったら……どんな罰が与えられるのだろうか。
嫌だな、想像したくない。
「そのことなんだが……。フウが掟を破ったことは、もちろん私も把握済みだ。でも悪気がないことは知っているし、フウがこっちへ来たのはしっかり理由があることも知っている」
「つ、つまり……?」
「フウが掟を破ったことについては見逃してやる、ということだ」
「よ、よかった……」
思わず本音が口からこぼれる。
そんなボクを見て苦笑する天王さま。
「まあ、今回だけだがな。今回は特別だ」
「あ、ありがとうございますっ!」
ボクじゃないのに、とりあえずお礼の言葉を言っておく。
フウはまだこのことを知らないってことだよね……。
狐面の正体が天王さまってことも知らないわけだし。
「あ、私の正体についてはみんなに言わないでくれ。わたしもこれで天に帰る。もう追いかけることはないから安心してくれ」
「わ、わかりました。フウとか晴玲くんたちに言わなきゃいいんですね」
「そうだ。雨海はしかたないな」
雨海くん、いつ気づいたんだろう。
あの一瞬で?
さすが親子なだけある……。これがもし晴玲くんとかだったらどうだったんだろう。気づいていたのかな?
「じゃあ、また会うときがあればそのときはよろしく頼む。雨海も迷惑はかけるなよ」
天王さまの言葉に、「ああ」と短く答える雨海くん。
相変わらず口数少ない……。
そう思った瞬間、あたりに風が発生する。
これ……天神兄弟がと初めて会ったときと同じ……?
風がだんだんと強くなり、ボクは目を閉じる。
次、目を開いたときには天王さまの姿はなかった。
「行っちゃったね……」
「……」
「もう暗くなるし、帰ろうか」
雨海くんがついてきていることを確認して、ボクはゆっくりと歩きはじめる。
狐面の正体についてはわかったし、どうして追いかけてくるのかもわかった。
天王さまにも悪気がなかったのはわかったけど、追いかけられるのは怖いなあ……。
しかも、フウから天界警察なんて聞いてたから余計に追いかけられて怖かったし。
もう少し工夫してほしかった……(本音)
「それにしても雨海くん、どうしてここに来てくれたの」
「……理由はない」
そ、そんなわけないでしょ。
理由もなくボクがいたところに来るわけないじゃん。
さては……。
「心配してくれてた?」
なんて、自分に都合のいい考えかな。
「……んなわけねえだろ」
少し不機嫌に聞こえる、低い声。
雨海くんはマスクを鼻まで上げて、スタスタと前を行ってしまう。
本当は心配なんてしてくれてなかった?
たまたま通りかかったから助けてくれたの?
――ねえ、君の本当の気持ちが知りたいよ。
「あ、待ってよっ」
町全体が夜に包まれていく中、ボクは前に見える背中を追いかけた。
追いつけたのはいいけど、異様な沈黙が辺りに漂う。
き、気まずい……。
とは言っても、雨海くんに話しかけたところで答えてくれないかもしれないし、すぐ会話が終わってしまう。
何か話題ないかな……と考えていた時、視界がぐらりと傾いた。
石につまずいたんだ、と頭の隅で理解したときには、もう遅かった。
スローモーションのように、前にゆっくり体が倒れていく。
「……っ」
ボクの体は、地面に打ち付けられることはなかった。
その前に、雨海くんが助けてくれたから。
状況が理解できぬまま、ボクはハッと雨海くんを見る。
雨海くんは反対側に視線を向け、ボクと目が合うことはない。
「……ありがと」
「……礼を言われるほどのことじゃない」
行くぞ、と言って、ボクの手首をつかんで引っ張って歩いていく雨海くん。
その顔は少し赤くて、それを隠すようにマスクを上まで引き上げる。
あのさ、雨海くん。
雨海くんは気づいてるかな。
こうやって助けてくれるところとか、暗い中でまたボクが転ばないように手首をつかんでくれるところとか、さりげなくボクに歩道側を歩かせてくれるところとか……。
……君の些細な気づかいに、ずっとドキドキしちゃってるんだよ。
―――――
「あ」
家に帰ってきて、冷蔵庫の前に立った途端、ボクはあることを思い出した。
「あ、アイス……」
嫌~な予感がして、ボクはすぐさまバッグの中身を机に広げる。
嫌な予感というのは大体当たる。
逆に当たらないことがあるのだろうか。
今回ももちろん、当たっていた。
いつの間にかボクの周りにいた晴玲くんが、「どうした?」と聞いてくる。
どうしたじゃないよおおお……。
「アイスが、溶けてる……」
半分ぐらい、溶けてる。
カップアイスだから見た目は開けないとわからないけど、カップを持った時にぐにゃってなった……。
「ま、最近熱いしなあー」
しょうがないしょうがない、とボクの肩を叩いてその場を去っていく晴玲くん。
帰って来てから食べようと思ってたのに……。
ボクはしょうがないしょうがないと自分を慰めながら冷凍庫へ入れるのであった。
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