第9話 「嫌い」と本音
五人がボクの家に住み始めて一週間が経った。
そうはいってもそれと言って変わったことはない。
ただ変わったと言えばにぎやかさ……かな。そりゃ、五人も増えたんだからにぎやかになるけど、みんな固かったのが少し柔らかくなった感じもある。
晴玲くんと雪良くんとは毎日のように一緒にゲームしてるし、出雲くんとも一緒に夕飯作ったりしてるし、天神兄弟とは結構仲良くなったんじゃないかな。フウにはよく宿題を教えてる。昨日あった小テスト(二十点満点の漢字テスト。一問一点)では四点取ってきたし……。
まあ、にぎやかになって嬉しいんだけど……。人数が増えた分、ちょっとしたトラブル(?)が増えた。
「天音さん」
ボクをこう呼ぶ人は一人しかいない。
「ん~」
また何か起きたのだろうか。今日はすでに一回トラブルがあった。
今日の午前中。ボクのリンゴジュースが勝手に飲まれていたこと。
琴葉ちゃんと買い物に行ったんだけど、そのスキに勝手に飲まれてた。
帰ってきて飲もうかなと思ったらなくなってた……。
誰だ、飲んだやつ。なんで。どうして。ボクのリンゴジュースが……。
まあいいや、今回は仕方ない。琴葉ちゃんの弟くんにもいいプレゼント買えたし、色違いのキーホルダーかえたし。
「あの、おれのメガネ、ここに置いておいてあったはずなんですけど……知ってますか?」
本日二度目のトラブルを引き起こしたのはメガネ。
出雲くんは勉強道具を抱えてボクに尋ねた。
いつも勉強をするときはメガネをかけてるんだよね。
本を読むときとかもそうだけど。
「え~……。知らないな……ごめ、あー!」
心当たりがなく、ボクは素直に謝ろうとしたとき、ボクの視界にフウと雪良くんが目に入った。
「それっ、出雲くんのでしょ」
雪良くんがかけているメガネを指して、ボクは声をかける。
雪良くんがかけているのは、間違いなく出雲くんのものだ。紺色の縁が目立つメガネ。振り向いた雪良くんはハッとしたようにボクを見る。
……っ。
いつもは雪良くんはメガネをかけないけど……。
雰囲気が全然違くなって、ものすごく似合っている。
いつもはかわいいって感じなのに、カッコよくなった感じ。
「雪良。勉強で使いたいからちょっとの間貸してくれない? 終わったら使ってもいいから」
出雲くんの声で、雪良くんはごめんなさい、と言って出雲くんに渡した。
うん、かわいくなった。さっきのがかわいくなかったってわけじゃないんだけど、さっきのはかわいいよりカッコいい。
メガネをかけた雪良くんを見てほんの一瞬見とれて……ないっ、ないよ?
―――――
月曜日。
窓を見れば雨が降っているようだった。
ポツポツと頼りない小雨だ。
そんな日の朝、ボクは教室で琴葉ちゃんに質問攻めを食らっていた。
「そういえば天ちゃん、転校生と知り合いってウワサだけど本当なの⁉」
「ううん……知り合いってわけでもないけど……いや、知り合いかな」
「ええっ、やっぱりほんとだったのっ⁉ もしかして……」
腕をつかんでキラキラとした目で見てくる琴葉ちゃん。
琴葉ちゃん、とんでもない勘違いをしている気がする。そんな琴葉ちゃんが思ってるような関係じゃないってば……。
「親戚だったりする⁉」
「っは」
び、っくりした……。
し、親戚なわけないでしょっ!
「あれ、違うの? 絶対そうだと思ったんだけどなあ……」
「いやいやいや……。もしそうだったらもっと早くにウワサになってるよ」
女子の情報網、侮れないんだから。ボクも女子だけど……。
「えー。じゃあ幼なじみとか?」
「それも違うっ」
「ううん……。あ、過去に助けてもらった人とか!」
「どんどん本の世界に入ってるよ……」
はあ、とため息をついて、ボクは言う。
今後のことなんて何も考えてなかった。
「ただ同じ家に住んでるだけだよ。それがなにか……っ!」
「ええええええええーーーーーーーっ!!!」
どうやらボクはこの学園に爆弾を落としてしまったらしい。
口を押さえたときにはもう遅かった。
……完全にやらかした。
琴葉ちゃんは、たった一日でできたという天神兄弟ファンクラブの子たちに伝えに言った模様。ファンクラブできるのも、琴葉ちゃんの行動も……はやくない?
ん? その前に琴葉ちゃんってそのファンクラブ入ってるの?
……もういいや、どうとでもなれ。
……中等部が騒ぎとなるのは5分後だった。そして初等部にもそれが広まるのは7分後のお話。
――窓を見ると、小さな水滴がツーっとガラスを滑っていた。
新しい雨粒がガラスに付き、ツーっと下に向かって流れて行く。その繰り返し。
お昼を過ぎたにもかかわらず、朝と同じ灰色の雲が空を覆っていた。
となりの雨海くんは本を読んでいる。よく飽きないなあと思う。
頬杖をついて、外を眺めていたボクは何も考えることなく、ただただ窓を見つめた。
「わーまだ雨降ってるよ。この調子だと帰りまで続きそうだねー」
「ホントだ、傘持ってきてないよ。どうしよう。濡れて帰るしかないか~」
「ドンマイ、あ、ちなみに私も傘持ってきてないからごめんね」
前でしゃべる女子二人の会話が、別に聞きたいと思っていなくても聞こえてしまう。
まあ近いから当然だけど。
それで思い出す。確かにボクも傘持ってきてない。
これは濡れて帰るしかない……。
はあ、とため息をついたとき、その会話の続きが聞こえた。
「ええーーーっ。期待したのに~っ。だから雨って嫌いなんだよね~」
「うんうん、わかるー!」
雨。嫌い。
ハッとしてボクはとなりの席を見る。
本を読んでいる彼の表情に変化はない。
彼に今の言葉は聞こえていただろうか。
雨が嫌い。
彼の名前に入っている『雨』
彼が司る『雨』
遠回しに、自分を否定されたも同然だ。
彼女たちに悪気はない、と思う。でも、だからこそ、無意識に誰かを傷つけていたなんて思いもしなかっただろう。
そうやって、彼は――
彼はまだ、文字を追う目を止めない。
ただ、無心に、『雨』から意識をそらすように。
――心のどこかで傷ついているのを、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
―――――
いつの間にか放課後になっていた。
ボクはみんなの机をそろえて帰るのが日課だ。
いつもと同じようにそうやってそろえていたら、誰かの影がボクを包んだ。
「……お前」
背中に声がかけられた。
ボクの顔にオレンジ色の光が当たる。
「雨海くん」
どうしたんだろう。いつも雨海くんからしゃべりかけてくれることなんかないのに。
相当急ぎの内容なのかな?
それはそれで気になる。
「どうし、」
「気にしてるんだろ」
何が。誰が。何のことを。
でも、それは本当のこと。だから、考えなくてもわかる。
「……うん」
そうだよ、気にしてるよ。
心配だよ。君のこと。
自分を否定されて、傷ついていることに気づいていない君のことが。
「お前も、そう思うだろ」
ボクが、雨のことが嫌いかってこと?
答えは、決まってる。
「うん」
雨海くんがあきらめたようにうつむく。
自分にウソはつきたくない。だから言う。
雨は嫌だ。暗くて重くて元気まで取られていく感じがするし。
朝なのに夜みたいに真っ暗になるし。
でも、ね。
「でも、雨海くんのことは嫌いじゃないよ」
雨海くんが顔をあげた。
前髪で隠れている目が、大きく見開かれる。
黒マスクの下で、口がわずかに動いた気がした。
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