第8話 失ったモノ
「ただいまー」
「おかえり~」
奥から声が聞こえるってことは……幸兄はもう帰ってきてるっぽい。
「頼まれてたの、買ってきたよ」
「ありがと。リンゴジュースは冷やしておく?」
「うん。よろしく」
「……さっきから気になってたんだけど、髪どうした? 服もなんか濡れてない?」
あ……と言葉に詰まるボク。
結局あの後、何とか公園を見つけて洗ったんだけど、まだ完全には洗えていない。
「い、出雲くんのせいだっ……」
「え、おれですか⁉ ごめんなさい?」
「なんで疑問形……」
だって出雲くんがっ、変なこと言うからっ……。
いやあれはしょうがないでしょ、ボクだって濡れたくて濡れてるわけじゃない。
リンゴジュースも無駄にしちゃったし……。
晴玲くんがボクたちの会話にハテナを浮かべる。
フウや雪良くんも同じだ。
「ちょっと、色々あって。ハハハ……」
「? まあとりあえず洗ってきな?」
うん、と答えてボクは幸兄に買ってきたものを渡してその場を後にした。
数十分後、ボクは濡れた髪を乾かすためにタオルを棚から取り出す。
ふー。すっきりした。
べとべとしてたからね……。
前髪はホントにベッタベタだったし……。ボクはタオルで髪の水気を取りながら、幸兄の元へと行く。幸兄はキッチンにいて、そこには出雲くんもいた。
「サッパリした? あ、今更だけどおつかいありがとね」
「うん。いつも幸兄にはいろいろしてもらってるし気にしないで」
幸兄はいつも朝から夜遅くまで動いてくれてる。
別にフウたちを責めるわけじゃないけど、フウたちが一緒に住むようになってからは、また一段と幸兄が忙しくなった気がする。
だから、幸兄の負担を少しでも減らしてあげたくて、ボクもボクなりに頑張ってはいるけど、やっぱり幸兄が忙しいことには変わりない。
「天音はリビング行ってていいよ。出雲くんもいてくれるし」
「じゃあ夕飯できたら教えて。みんなの様子見てくる」
リビングへ行くと、雨海くんは読書、フウと晴玲くんがテレビゲーム、雪良くんはゲームの観戦……って感じに各々過ごしていた。
雨海くん……一人でつまらなくないのかな……?
みんなでテレビゲームやってる中で、一人でひたすら読書……。
せめて、と思い、ボクは勇気を出して雨海くんに声をかける。
「あの、雨海くん。ここだと集中できなくない? 部屋で読んでてもいいよ」
一応、フウはボクと同じ部屋を使って、雨海くんと晴玲くんが一緒の部屋、出雲くんと雪良くんが一緒の部屋を使うことにした。
ベッドはボクのやつしかないけど、敷布団なら何枚かあるし。
何とか生活は成り立ってるかな。
明日から休日だし、その間に服を買いに行ったりすることになっている。
「……」
雨海くんは無言。
この無言をどう受け取ったらいいか分からなくて、少し沈黙した後、ボクは雨海くんにもう一言追加する。
「……もし困ったことあったら言って。ボクは二階にいるから」
ボクは幸兄に「二階にいるね」と言ってから階段を上がってボクの部屋に向かった。
「はー……」
バタン、とドアが閉まった直後、ボクは思わずため息を漏らす。
フウと天神兄弟がこの家に来てから、まだ二日しか経ってない。
それでもフウとは結構仲良くなったし、晴玲くんも出雲くんも雪良くんも、みんなから関わって来てくれるから、それなりに仲良くはなったと思う。
けど、雨海くんは……。
なんか近寄りがたいオーラ放ってるからなあ……。
どうしても距離ができちゃうんだよね……。
まあ、それは雨海くんのもともとの性格もあると思うけど……。
どうにか仲良くなれないかなあ……。
あ、下校中に話題になったピクニックとか……?
うん、けっこういいかも。
ちょうど季節的にも暑すぎず寒すぎずだし……。
そういえば、フウが天神兄弟が下に来た理由を話してくれたときに「一か月内に失ったモノを取り戻してこい」……みたいなこと言ってたよね?
一か月以内ってことは、一か月しか下にいれないってこと?
一か月経ったら強制的に天に戻る……ってこと?
フウたちが戻っちゃったら静かになるなあ……。
それまでに「失ったモノ」を見つけられなかった場合は?
それよりも先に見つけてしまった場合は?
まずまず「失ったモノ」ってなんのこと?
きっとそれはあの五人にしかわからない。
フウの言いかたからすると、「言ってはいけない」って感じがしたし。ボクに少し教えてくれたけど、それすらも本当はダメってことでしょ?
掟を破ってでもボクに教えてくれたんだ。これ以上教えてもらうのは気が引ける。
まあ、ひとまずみんなと仲良くなりたいし、その一段階としてピクニックでもやりたいな。
―――――
「いただきまーす!」
「いただきます」
みんなで手を合わせて、箸を手にとる。
今日のメインはさっきも言った通り、肉じゃが!
いつもの三倍の量を作ったんだけど、すごい迫力。
これまでは二人だったからこんな量作ったことなかったし……。
でもさすが育ち盛りの男子たち。
あっという間に肉じゃがの山は減っていく。
「コウさん、今日の肉じゃがもおいしいです!」
「おいし~い! ジャガイモ ホクホクだ~!」
晴玲くんと雪良くんが真っ先に反応してくれる。
幸兄は「ありがと」といってお得意の笑顔で笑う。
ボクもジャガイモを箸でつまんで口に入れる。
お、おいしい。
やっぱり幸兄の作る料理は最高だ~!
幸兄の作る料理の中でも肉じゃがは上位にランクインしてるんだよね。
雪良くんも言ってたけど、ジャガイモのホクホク感とか、この優しい味とか、全部好き。
それでもまあ、一番好きなのは変わらないけどね。
雨海くんの方を見ると、ちょうど肉じゃがを口に運んだところだった。
口に入れた瞬間、驚いたように目を見開くのがわかる。
とはいってもホントに少しの変化だったけれど。
そりゃあ、驚くでしょ。幸兄の料理だよ? おいしいに決まってるじゃん!
そんな雨海くんを見て、ボクはやった、と心の中でガッツポーズ。
さすが幸兄、無表情の雨海くんの表情を変えた……!
この調子でいけば、笑った顔も見れるかも?
思わず雨海くんの笑った顔を想像するけど……。
うん、全く想像できない。晴玲くんみたいにいつも笑ってたら逆に怖い気がする。
でも一回ぐらい笑顔見てみたいなあ……。まだ一回も見たことないんだよ?
あの二人、双子のはずなのに全然違うなあ……。
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