第6話 少年たちの歩む道

「き、消えちゃった……?」


 あっけにとられているボクをよそに、フウはほっと安堵したような表情になる。

 まあ、ひとまずあいつがいなくなったのはよかったけど、この状況が理解できない。

 石を投げたら消えちゃったよ……。


「ふー、疲れた……。あ、あいつが消えたのは石のおかげだよ。あの石が発した光、めっちゃまぶしかったでしょ。それで逃げた。石が消したんじゃなくて、自分で逃げたんだよ」

「石……。あれのおかげ……?」

「うん。あの石、母様から『もしものことがあったら』って小さい時に預けられたんだ。あれには母様の力が宿ってるんだよ。わたしが危険な状況になった時に投げれば助けてくれる」


 確かそう言ってた、とフウは言い、ボクが投げた石を拾う。


 そんな不思議な力があるのか……。

 って、もし石の発した光でも逃げなかったらどうするんだ。一か八かの賭けだったってこと? もっと確実な方法はなかったのか。


「それならもっと早く教えてくれればよかったのに」


 そしたらボクがあんなに走ることもなかったじゃん……。


「えー。そう簡単に話しちゃいけないって言われてるのー! 天音ちゃんだったから話したんだよー?」

「だったらもう少し先に教えて」

「教える時間なかったんだもん! 仕方ないでしょ!」


 確かに、ここ最近はずっと忙しかった。

 何も言い返す言葉がなく、ボクは負けを認める。

 ハア……。


 ため息をついてるボクに「どうした?」と聞いてくるフウ。

 いや、ホントにあいつから逃げてた時間は何だったんだろう。

 ボクは「なんでもないよ」とフウに返し、もう一つため息をついた。


 ひとまず追手がいなくなったからいいか。

 あとは……フウに事情を聴くだけだ。

 強制はしないけど。


 ボクはフウのとなりを歩き、公園の出入り口に向かう。


「ね、あいつに追われていたようだけど……。何かやらかしたの?」

「そ、そんなわけっ……」

「ないって言わないんだね」

「うぬっ……」


 でも、あいつもなんかフウとかあの兄弟と同じような雰囲気だったんだよなあ……。

 少なくとも、ここに住む人じゃない。

 まずまず、ここに住む人は石で消えたりなんかしないよ。


 フウが天から来たって言うのが関わってたり……?


「で、どうしたの」

「えーっと、結構……」

「やらかしたの?」

「……」

「天からフウが来たことが関わってる……?」

「……」


 何も答えなくなったフウを見て、ボクはうーんと考え込む。


「……天音ちゃん、どうしてそこまでわかるの」


 かすれた声が耳に届いた。

 フウの声だ。フウはまっすぐ前を見たまま、こっちを見ようとしない。


「もう天音ちゃんにはお世話になるし、本当のこと教えるよ」


 ううっ、なんか緊張する……。

 バクバクと波打つ心臓を感じながら、それを無視してボクは冷静に構える。


「実はさ、」


 フウは周りを確認して、あたりに誰もいないことを確かめると、声を小さくしてボクだけに聞こえる声量で続けた。


「わたし、あいつ――天界警察に追いかけられてるんだよね」


 うん、知ってる。実際に追いかけられたし。

 さすがにボクを追いかけてきたわけではないでしょ。

 しかもそれ、普通のトーンで言うことじゃない。

 ん、天界警察……。天にも警察がいるのか。


「……まあ、どんどん笑顔が消えていく兄弟を見て、天王さま――あの兄弟の父様――から『失ったモノを取り戻してこい。下へ降りて一か月間一緒に過ごして、失ったモノを取り戻すんだ。きっと見つけられると信じている』とのお言葉をもらって」


 で、みんな人間界ここに降りてきたってわけか。


「本当は勝手に人間界したに降りてきちゃいけないのに、わたしはそれを無視して来ちゃったからさー」

「……」


 絶対コイツ反省してない。

 勝手にここに降りてきちゃいけないって……そういう掟があるのに破ってきたのか……。それで天界警察あいつに追いかけられてる……っていうこと……。


 つまりあいつらは忠実に仕事をこなそうとしているだけ。

 だったら石で消えちゃったのはよかったの……?


 ボクの疑問を無視してフウは続けた。


「だって、あの4人が心配だったの。みんな小学生ぐらいのときはいつも同じ方向を向いて、今よりも笑顔が多かった。でも、そのときに起きたあることが原因で、みんな違う方向を向きはじめちゃった。今はみんな別々の方向を見て歩いてる」

「それで?」

「そんな状態で一緒に暮らすなんてできると思う? まずまず、どこでどうやって生活するつもりだったんだろうね。天王さまもあんまりだよ」


 天王さま、厳しすぎない?

 たまたまボクの家で住めることになったからよかったけどさ。


「で、いつもそこを繋ぎとめてたのがわたしなの。今にもバラバラになっちゃいそうで、それを繋ぎとめるために」


 ――追いかけてきた。


 本当に突然のことだったんだ……。

 突然『失ったモノを取り戻してこい。下へ降りて一か月間一緒に過ごして、失ったモノを取り戻すんだ。きっと見つけられると信じている』なんて言われて、それで何も知らないここに来たんだ。


 不安だっただろうな……。


 フウが天神兄弟を追いかけてきてしまう気持ちもわかる。

 しかもフウは天神兄弟の幼なじみだ。幼いころから一緒にいるからこそ、心配なこともあっただろう。


 あの兄弟は幸せ者だな。

 こんなに心配して、掟を破ってまで追いかけてきてくれる人がいるなんて。


 あの兄弟と出会って、確かに笑顔は見たかもしれない。

 でも、何か違う。

 心の底から浮かべる笑顔を、ボクはまだ見ていない。

 

 いつか。

 いつか、本当の、心からの笑顔を見てみたい。

 まだ見たことのない本当の笑顔を、絶対に見てやるんだ。


 そう固く決意して、ボクは夕焼けに染まった空を眺めた。


 ――あの空の向こうがこの子たちの故郷ふるさとか、とそう思いながら。

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