第5話 鬼ごっこだなんて聞いてません!

 カアカアとカラスが鳴き、夕方を知らせる頃。

 ボクは晴玲くんと雨海くんと出雲くんと雪良くんとフウの帰りを待つ。

 雨海くんはちょっと先生に呼ばれていることがあるらしく、遅くなると言って職員室に行った。


 ボクの次に校門に集まったのは、出雲くん。


「あ、お疲れ。他のみんな見てない?」

「天龍さん早いですね。兄さんたちは見てません。空見とはすれ違いましたが……」


 空見……ってフウのことか。

 フウって覚えてたから一瞬誰のことかわかんなかった。ごめん、フウ。


「ねえ、ボクのことは名前で呼んで。天音って。敬語もいらない」

「な、名前呼び……そ、それは……」

「嫌なら無理しなくていいけど、名前で呼んでくれた方が嬉しい」


 別に名字が嫌なわけじゃない。

 名前呼びの方が、親近感がわいて嬉しい。

 天龍だと幸兄とも被っちゃうし。


「っそれなら……。天音、さん……?」


「さん」もいらないんだけどなあ、本当は。


「まあ、それでいいよ。嬉しい」


 素直に感想を述べ、出雲くんに笑顔を向ける。

 出雲くんは「それならよかったです」と同じく笑顔を浮かべてくれる。

 その後も転校してきた感想とかを話し合って、時間が過ぎていく。


 数分経ったら、晴玲くんと雪良くんがやってきた。


「二人とも早っ! オレなんかついさっき帰りの学活終わったよ。で、ばったり雪良と出くわして一緒に来た」

「出雲おにーちゃんと天音おねーちゃん、もう来てたの⁉ 早いねー!」

「そう? あ、フウも来た!」


 ボクが声をあげると、みんなが一斉に振り返る。

 みんなの視線の先にはこちらに手を振っているフウの姿が。

 ボクは手を軽く振って返すと、小走りでフウはボクの方に向かってきた。


「結構待ったよね、ごめんねー! あれ、まだみんな揃ってない?」

「ううん、全然大丈夫。あとは雨海くんだけかな」


 先生に呼ばれてるらしい、と一言付け足して、ボクは校舎の壁にかかっている時計を見る。


 今は……四時半か。


 まあ、今から行っても間に合うか……。


 ぼんやりと考えながら待っていること数分。

 雨海くんが歩いてくるのが見えて、ボクは考えるのをやめる。


「じゃあ、家に帰るか。帰りは行きと一緒だからすぐに慣れるよ」

「わかったー!」

「ちょっと、雪良。天音さんは先輩だよ。もう少し丁寧に……」

「出雲くん、そんなに気にしなくていいよ。雪良くん、弟みたいでかわいいし」


 ねー、と同意を雪良くんに求める。

 すると雪良くんはにっこり笑って嬉しそうにうなずいてくれた。

 か、かわいい……。


「そういえば、雨海くんは席となりだったよね。よろしく」

「……」

「おい、雨海。もっと愛想よくしろよなー」

「……晴玲に言われるようなことじゃない」

「はー? オレは雨海のことを考えて、」

「そんなのいい」


 ふんっとそっぽを向いてしまう雨海くんに、ボクはおろおろするばかり。

 ボクが話を振ったのがいけなかった。


 どんどん険悪になっていく二人の様子に、ボクは出雲くんに目で助けを訴える。


「……あれが、いつもの兄さんたちなんです。前はもっと仲が良かったんですけどね」

「そう、なんだ……」


 なんだか悲しくなる。

 前は仲が良かったって、じゃあ前と今の間で何が起こってしまったのだろうか。


「わたしは前の二人の方が好きだったなあ……」

「おれもそう思います」

「僕も~」


 フウに続き、出雲くんと雪良くんも同意する。


「そうなんだね……」


 ボクは前の二人を見たことがないからわからないけど、きっと今よりずっと仲が良かったんだろうな。


「……前みたいにみんなでピクニックとかしたいなあ」


 フウが空を見つめたまま小さくつぶやく。

 天もボクたちが住んでいるこことそんなに変わらなかったのかな?

 普通に花が咲いてて、大きな木があって、川が流れてて……。

 ボクの考えていることが伝わったのか、出雲くんは教えてくれる。


「おれたちが住んでいた天とここはそんなに変わらないですけど、やっぱり天の方が落ち着きます。昔は虹色の葉が生える木の下でよくピクニックをしたんです。まだ雪良は生まれてなかったですけど」

「へえー! 虹色の葉っぱなんて絶対きれいじゃん。ボクも一度でいいから見てみたいなあ……」

「え、僕が生まれてないときにそんな楽しそうなことしたのー⁉ 天に帰ったら絶対にまたピクニック行こー!」


 そうだよね、雪良くんまだ生まれてないときもあったんだもんね。さすがに四つ子なんていうわけにいかないし……。でもまあしょうがない気もするけどね……。ボクだって二、三歳のころの記憶なんて覚えてないし。


 あ、そういえば……。


「ねえ、みんな。今日、家に帰った後に買い物するんだけど、来る?」

「行く!」


 フウが即答。

 晴玲くんも「行くー!」と笑顔を向けて返事をしてくれる。


「……行きたいです」

「出雲くん、遠慮しなくていいよ。雪良くんはどうする?」

「行きたいー! ダメ?」


 目を輝かせてボクのことを見てくる。

 本人は意識してないだろうけど、上目遣いはズルい。

 こんな顔で言われたら断れるわけないじゃん。


「もちろんいいよ。雨海くんはどうする?」

「ぼくはいい」


 ボソッと返ってきた言葉に、ボクは「オッケー」と小さくつぶやく。

 じゃあ、雨海くん抜きで買い物か……。

 まあ、本人が行きたくないなら無理して行かせるわけにもいかないし、次はみんなで行こう。


「楽しみだなー! お買い物なんて久し、ぶ、り……」

「ん? どうした?」

「……」


 明らかに様子が変なフウ。

 しゃべるのを中断して、歩くスピードを上げる。


「ど、どうした?」


「ちょっと追いかけてくる」とみんなに言って、ボクもスピードを上げてフウに追いつく。フウはボクの質問に答えないまま、無言で家とは反対方向へ歩きはじめる。


「え、フウ? 家はこっちじゃないよ」


 手を引っ張って引き留めようとするけど、それを無視してフウは公園の木の間をぬって歩く。奥へ奥へと進み、人気が全くしなくなったところでフウは足を止めた。


「……どうした」


 そう言って顔をのぞき込めば、真っ青な顔をしている。

 足も心なしか震えてるし、膝の上で握りしめた拳も小刻みに揺れている。


 大丈夫、ではないだろう……。

 どうしようかな、家には帰りたくないのかな?

 だとしたら家に無理やり連れて帰るのはかわいそうだし……。



「あれ、こっちに来たと思ったんだけれど」



 数十メートル先に、狐の面をかぶった何者かがいる。

 その声を聞いた瞬間に、フウの体がビクッと大きく震えた。


 フウはあいつを知ってるのか……?

 あいつは「逃げてきた」って言ってたけど……。


 チラッと震えるフウを見て、一つの予想を立てる。


 もし、「逃げてきた」のがフウなら。

 フウはあいつから、逃げてる――?


 がさっ、ごそっというその音は、徐々に近づいてくる。


「ん? 今何か音が……」


 ヤバいっ、気づかれるっ。

 フウをベンチから下ろしてボクたちはその場にしゃがむ。


 あいつとの距離は数メートルといったところか。

 こっちが下手に動けば、ホントに気づかれる……。


 フウは氷のように固まってしまって、状況はあまりいいとは言えない。

 きつく握られたフウの拳を上からぎゅっと握りしめる。

 幸兄がこうしてくれると、ふわっと不安が小さくなった気がしたから。


 ふっと息をはいて、覚悟を決める。


 ボクは近くにあった石を手にとり、3,2,1‼

 右手に握った石を、思いっきり遠くに投げる!


 カツン、と石畳の小道に乾いた音が響いた。


「ん? 何か音がしたような……って小石か……」


 そいつはボクの投げた小石を拾って、じっと見つめている。

 そのスキを見てボクはフウの手を握って勢いよく走りだす!


「フウ、走って!」

「え、え……?」


 戸惑うフウを引っ張って、とにかく、とにかく走る!


「あいつどこ行った? ……あ、あそこにっ!」


 狐面のあいつはボクたちを見つけるなり、こちらに向かって走ってくる。

 そのスピードは、ボクたちより速い。


 狐面のそいつと、ボクたちの間は約10メートル。

 このまま家には行けない。

 この公園でなんとか撒ければいいんだけど……。


 右に、左に、目をくらますように走るけど、その間縮まっていくばかり。

 ヤバッ、このままだと本当に追いつかれる!


「ハアッ……あ、まねちゃ、ん。これ、を」


 荒い息を繰り返すフウに握らされたのは、一つの石。

 見た目は普通の石だけど、なんか力が宿っているような……。


「それをっ、投げて! ……あいつに向かって!」


 え、これ投げていいの……?

 狐面を振り返り、ボクは意を決してそれをあいつに投げる。


 ピカーンっと石が光り――


 狐面のあいつはいなくなっていた。

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