第3話 頼もしいお兄ちゃん
「男子かと思った~っ。女子なら早く言ってよー」
別に『ボクは男子』とも言っていない気がする。
フウが一人で誤解していただけだよ!
ワーワー言い合って、数分後に話は元に戻る。
「わたしたちが天から
その理由は、と聞こうとしたけど、話さないってことはそんなに話したくないことらしい。
話したくないってよりは話しちゃいけないって言うほうが正しいか……?
まあ、どっちにしろ不思議なことが起こっているのは間違いない。
無言が続き、何か話そうとフウを見たとき、何か食べていることに気づく。
コイツ、何食べてるの……。いつの間に……。
視線に気づいたのか、フウはボクの質問に答えてくれる。
「あ、チョコもらっちゃった。このチョコおいしいね!」
「いつの間に奪ったんだ」
「奪ったって人聞き悪いなあ……。もらっただけだよ」
悪びれることなく、そのまま1つ、2つと口にチョコを放り込む。
ちょっと、ボクの食べる分なくなっちゃうじゃん。
それ、ボクのお小遣いで買ったやつなのに……。
はあ、とため息をつき、ボクはフウから視線を外す。
ふと目に入った壁掛け時計を見て、「あ」とボクは声を漏らした。
「どうしたのー?」
「……そろそろお兄ちゃんが帰ってくると思う。三時間後に戻るって言ってたから」
そっか、とつぶやいて、フウは黙ってしまう。
どうした、と聞こうとして、ハッと口をつぐんだ。
フウのキラキラした瞳に涙が浮かんでいたから。
「……わたし、帰る場所がないっ……」
え、とかすれた声が出る。
帰る場所がない。
そうだ、この子は天から来たんだ。
家は天にあるわけで、
じゃあ昨日はどうしたんだろう?
天に戻ることとかできないのかな?
でも下に降りてきたのには理由があるって言ってたよね……。
簡単には戻れないのかな……。
「お願い……! なんでもするから……家族に迷惑かけないから……わたしはいいから、せめてあの子たちだけでも、ここに……!」
手を合わせて懇願してくるフウ。
フウの言いたいことは、おそらく「ここに住ませて」ということだろうか。
明るくてボクのお菓子を勝手に食べようとするフウの顔じゃない。
必死な顔のフウを見て、あの四人がフウにとってどれだけ大切なのかを悟る。
本当は、こんな謎に包まれた子どもとしゃべっていること自体が怖い。けど。
ボクより一つ下の子がこんなに必死になって頼んでいるのに、断ることなどボクにはできなかった。まあ、家族とは言っても幸兄とボクしか普段いないわけだし、幸兄なら「家族が増えたみたいだな」って笑ってくれると思う。
でもなんて説明したらいいのか……。
一旦「友達」って言っておく?
友達って何だよ、曖昧過ぎる。
自分自身に突っ込みながら、他のことを考える。
フウたちが家に来ると、たしかに困る面もある。
部屋はたくさん余ってるけど、ご飯は? お金は?
ボクの家は、いたって普通の家庭だ。
お金がたんまりとあるわけでもないし……。
まあそれは幸兄に説明してからでも遅くはない。
「いいよ、まだ確認は取ってないけど。ボクは困っている人を見捨てるほど薄情じゃない」
「っ天音くんっ……!」
ありがとう、と何度もつぶやきながら、フウは床に崩れ落ち、そのまま寝てしまった。ひとまずベッドに寝かせて、ボクは幸兄にどう説明するかを考え始めた。
―――――
「お願いっ! 幸兄! 大切な友達なの、だから!」
だから、少しでも助けてあげたい。
――フウたちを。
偽善者って、お人よしって、どう言われたってかまわない。
お母さんに言われたことを、ボクは守り続ける。
「まあ、いいんじゃない。俺だって妹にこんなに頼まれたら断れないよ」
はははっ、と笑ってポンポンとボクの肩を叩く幸兄。
「え、それって……」
ボクはハッと顔を上げ、幸兄を見上げる。
幸兄はニコ、と笑った。
「いいよ。部屋も二つ余りがあるし、俺だってそれなりに稼いでるからね?」
俺だってお兄ちゃんだよ? とボクに言って、幸兄は座っていたイスから立つ。
幸兄の言葉に、ボクの目にジワッと涙が浮かんだ。
幸兄にバレないようにそっと腕で拭い、心の中でありがとう、とつぶやく。
「じゃあ、その子たちは今日の夕飯からね。俺もいつも以上に気合が入っちゃうな」
「え、今日の夕飯から……⁉」
「え、ダメだった?」
「いいの……?」
「いいから言ってるんじゃん」
幸兄は、エプロンを身に着けて夕飯の支度を始める。
その背中に向かって、ボクはまだ言えていないお礼の言葉を言う。
――ありがとう、幸兄。
―――――
二階に戻って、ボクはフウの様子を見る。
まだ寝てる……?
スースーという規則的な寝息が聞こえてきて、ボクはほっと安堵する。
聞き逃したけど、昨日はしっかり寝たのかな……。
どこで?
どうやって?
想像もしたくない。
寝顔すら完ぺきなフウを見つめ、ボクは優しく微笑んだ。
「大丈夫。もう心配することはないよ」
静かな部屋に、声が響いた。
それが聞こえたのか、聞こえていないのか……。
フウはふわりと笑った。
―――――
「天音ー。夕飯ー」
のんびりとした声で、ボクは目を覚ました。
「……はあい」
……どうやら本を読んだまま寝落ちしちゃったみたいだ。
読みかけだった本をしおりを挟んで机に置き、ボクはフウを起こす。
が。
――いない……⁉
まて、どこに行ったんだ……?
もしかしたら、と思い、リビングに行く。
そこには親しそうにしゃべるフウと幸兄の姿が。
リビングの机を囲むイスには……あの男子たち⁉
今日はどうやらカレーのようだ。
幸兄の作る手料理の中で一番好きなカレー。
やった、と心の中でガッツポーズする。
「ほらほら、早く食べないと冷めちゃうよ」
幸兄の言葉でボクたちはスプーンを手にとり、「いただきます」と手を合わせる。
ん、うまい、と幸兄が感想を述べる。
「おいしい。今日も絶好調だね」
幸兄に一口食べて感想を伝える。
具材の大きさとかちょうどいい。
カレーもちょっと濃い感じがいいんだよね。
前に座る男子四人は、硬い表情のまま静かにカレーを食べ進める。
「どうかな。口に合った?」
幸兄が不安そうに尋ねる。
「いえいえー! めっちゃおいしいです! モグモグ……」
ボクの隣に座るフウが元気よくフォローする。
「ほら、みんな何か言ってよ。せめて自己紹介でもさー」
フウがこの静かな空気を何とか和ませようとしてくれているのがわかる。
「あ、そういえばしてなかったね。じゃあボクから。
最後に一言、しっかり添えてからボクは自己紹介を終える。
次に口を開いたのは元気いっぱいって感じの男子。
「あ、そのっ、はじめまして! オレ、長男の
「晴玲兄さん、落ち着いてください。あ、おれは三男の
ほんわかした、でも真面目そうな男子が口を開いた。
「僕は
ペコッと頭を下げた雪良くんはカッコいいというより……。
かわいい……。
……本人には内緒だけど……。
「全員自己紹介終わった~? あ、まだアメ話してないじゃん」
フウがキョロキョロと見回しながら言った。
ホントだ、まだ一言もしゃべっていない男子がいる。
というより、まだカレーに口をつけてもいない。
そう、黒マスクが印象的な彼。
彼はマスクの中でボソッと一言。
「……
うみ?
この子の名前か、と気づくまでに少し時間がかかる。
「もう、雨海兄さんは……。ごめんなさい、いつもこうなんです。ちなみに次男です」
「いや、謝ることはないよ。俺は天音の兄で、
幸兄がにこっと笑みを浮かべる。
各々自己紹介をして、この夕食は幕を閉じた。
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