第四話 お隣の負けヒロインを誘ってみた
「うまっ!」
次の日の朝。
冷は朝食として芽衣から頂いたバウムクーヘンを食べ、あまりの美味しさに感嘆の声を上げた。
生地が安物に比べてしっとりしており、コーティングされたシロップがこれまた絶品で食べる手が止まらない。
正直、食べる前まではちょっと大きなドーナツサイズのお菓子に四千は高過ぎると思っていたが、実際に食べてみて高いもの高いなりに理由があるのだと納得した。
「ちょっとココア一杯出しただけで、こんな美味しい物が貰えるなんてラッキーだったな。……まぁ、これはちょっと貰いすぎな気がするけど」
本当に美味しいものを食べさせてもらったからだろう。
冷は自分の働きに対して、報酬が釣り合っていないと思ってしまった。
そのため、心の中で芽衣が困っていたら何かしら手伝おうと心に決め、冷はバウムクーヘンを食べるのに使った食器や包丁を片すのだった。
そして、制服に着替え、家を出ると珍しく芽衣と鉢合わせた。
「「あっ」」
予想外の遭遇に二人して一瞬固まる。
「……おはよう。昨日貰ったバウムクーヘン美味しかったよ」
「お、おはようございます。そうですか。なら、良かったです」
だが、それも一瞬のこと。
冷がいつも通りの淡々とした調子で挨拶とお礼を言えば、芽衣もそれに合わせて言葉を返した。
その際、少しだけ違和感を覚えた。
冷は一体何に対して抱いたのかと疑問符を浮かべた後、違和感の正体を探るべく目を凝らす。
すると、昨日までしていなかったメイクを芽衣がしていることに気が付いた。
「隠すんならもうちょっとナチュラルな方がいいよ」
「っ!?」
目元をトントンと叩きながら冷がそう指摘すれば、芽衣は分かりやすく狼狽える。
「あ、あのそんなに分かりやすいですかね?化粧は普段あまりしないので、加減が分からなくて」
ただ、おそらく芽衣の方も誰かに言われるだろうと思っていたのか、素直に隠していることを認めた。
そして、チラチラと何処か縋るような視線を送ってくる芽衣。
「うーん?普通だと思うよ。でも、元が良いからしっかりし過ぎてると逆に分かりやすいだけだから。どうしてとバレたくないんなら今日は学校休んだら?」
「……そうですか。ですが、熱も出ていないのに学校を休めませんよ」
しかし、残念なことに冷はメイクについての専門知識はない。
そのため当たり障りのないアドバイスをすることしか出来ず、芽衣の期待に応えることは出来なかった。
少し肩を落とす芽衣を見て「良い案が出せずにごめんね」と申し訳なくなった冷が謝る。
「き、気にしないでください!むしろ、こんな早い段階で指摘して頂けて助かりました。今日は違和感を持たれないよう出来るだけ人と顔を合わせないようにしますね。ありがとうございました」
芽衣はそれを受けて、ワタワタと手と首を忙しなく動かし全力否定。逆に、冷のお陰で対策を思いついたと律儀にお礼し、階段を降りて行った。
タッタッとローファの鳴る音を聞きながら、「失恋した後も大変なんだな」と冷は他人事のように呟き、丁度よくエレベーターが降りて来そうだったため下に向かうボタンを押した。
◇
それから陽がかなり傾き、放課後。
冷が吉野○の牛丼を片手に帰宅。
昨日干しておいた洗濯物をベランダから取り込んでいると、横から「はぁ〜〜〜」と大きな大きな溜息が聞こえた。
何となく気になった首を伸ばし、壁の横から隣の様子を伺うと、沈んでいく太陽を眺めて芽衣が黄昏ていた。
「どったの?」
哀愁の漂う芽衣の横顔を見て、流石に放置するのは良くないと思い声を掛ける。
「あっ、もしかして聞こえてましたか?すいません」
「いや、別に良いけど。もしかして、学校でバレちゃった?」
「いえ、バレませんでしたよ。はい。……ただ、ちょっとその色々とありまして」
「ふ〜ん」
生徒指導にでもバレて怒られたのかと思っていたが、どうやら冷の予想とは裏腹に別のことで芽衣は落ち込んでいるらしい。
とりあえず「ドンマイ」と無難に励ませば、芽衣は「ありがとうございます」と力なく笑った。
「冷君。私はこれで失礼しますね」
ここにいたら冷の邪魔になると思ったのか、はたまた一人になれる場所に行きたいのか、芽衣はそう言ってベランダから戻ろうとする。
ただ、その姿を見て冷は言葉にし難い危うさを覚えた。
少し前なら他人事だと放置しただろう。
だが、冷は芽衣からお詫びとしては過剰なレベルの品を貰っている。
その過剰分を返すくらいは動いても良い。
「ねぇ、暇なら僕とゲームしない?」
「えっ?」
そう思った冷は芽衣を気晴らしに誘うのだった。
あとがき
面白そうと思っていただけたらフォローとかレビューしてもらえると嬉しいです。
お隣さんは負けヒロインだったらしい 3pu (旧名 睡眠が足りない人) @mainstume
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お隣さんは負けヒロインだったらしいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます