第三話 お隣の負けヒロインは礼儀正しい


「ご、ごめん」


 流石に初対面の人相手に掛ける言葉では無かったと、冷は頭を下げた。


「ふふっ、良いんですよ。私なんかに気を使わなくても。私が面倒くさくてつまらないメンヘラ女なのは事実ですから。フフフフフ」


 だが、事態はもう既に手遅れ。

 むしろ、芽衣が放つ陰のオーラが大きくなってより悪化してしまった。

 

「そんなことは──」

「ありますよ!!」


 冷は何とかオーラを沈めようと、否定の言葉を紡ごうとしたがそれに被せるように芽衣が強い言葉で否定した。


「私が面倒くさくなければ彼はもっと一緒にいてくれたはずなんです!

 私がつまらなくなければ彼はもっともっと私に笑いかけてくれたはずなんです!

 私がこんなじゃなければ彼に選ばれたはずなんです!

 私がつまらない面倒な女だから!私は振られたんです!!」


 心がさらに傷つくと分かっていながら。

 でも、そうしなけれらば自分が保てないから。

 芽衣は声を大にして叫んだ。

 

「お、おう」

「うぁっ。あっ、あぁ、ごめんなさい!私こんなつもりじゃ」


 そんな激しい剣幕に冷が驚くと、叫んだことである程度落ち着きを取り戻した芽衣がさらに傷ついたような顔になる。

 おそらく、泣いている芽衣のために行動を起こした恩人のような冷を怒鳴り、さらに迷惑をかけてしまったこと激しく後悔しているのだろう。


「ごめんなさいごめんなさい。私もう帰ります。ごめんなさい!ご迷惑をかけて本当にすいませんでした」


 そして、芽衣は一方的に言い放つとリビングを飛び出し、「お邪魔しました」と言って氷田家から出て行った。

 怒涛の展開に頭が追いつかずしばらくフリーズする冷。

 

「……めっちゃ礼儀正しいな芽衣さん」


 数十秒後、ようやく落ち着きを取り戻した冷が最初にに口にしたのは彼女の育ちの良さを賞賛するものだった。

 


 ◇


 次の日。

 冷は昨日の夜にあんな衝撃的なことがあったのにも関わらず、何事もないように普通の生活を送っていた。

 理由は簡単。

 芽衣と冷は所詮家がお隣になだけ他人だから。

 他人の行動や言動に対して一々気に病んでも仕方がない。

 高校生になってアルバイトを始め、現在進行形で社会の荒波(クレーマー等)に揉まれている冷は痛い程そのことを理解している。

 だから、昨日の一件については芽衣に対し『好きな人に振られてご愁傷様。色々やらかしたけどここでチャラだよね』以外に思うことはなく、よくある他人の失恋話にちょっと巻き込まれたくらいにしか思っていない。

 

「吉野○かカ○屋。そういえば、最近店長から近くに二郎系ラーメンの店が出来たって聞いたな。うーん、何を食べるか実に悩ましい」


 そのため、芽衣のことは頭の片隅に追いやられており帰り道を自転車で走っている現在、彼の頭は夕食を何を食べるかで一杯だ。

 美味しそうな匂いを嗅ぐたびに、思考と身体があっちへこっちへとフラフラし、それを何度か繰り返したところで冷は最終的に近くのファストフード店に入った。

 何となく無性にハンバーガーやポテトなどのジャンキーなものを食べたくなったのである。

 店内には既に冷と同じ学生達が占拠していたので、今すぐ食べたい気持ちをグッと抑えハンバーガーのセットとナゲットをお持ち帰りで注文。

 商品を受け取った冷は、自転車に再び跨り帰路を急いだ。

 約一キロを二分という驚異的な速度で走り抜け、家に戻ると昨日話したばかりの胸の大きい美少女 山吹芽衣が玄関前で所在なさそうに立っているのを発見した。


「芽衣さんどうしたの?」

「あっ、冷君」


 声を掛けると、彼女の瞳が冷の方を向いた。


「昨日は本当にすいませんでした。これお詫びの品です」


 その後、斜め四十五度の綺麗なお辞儀と共に彼女は紙袋を差し出してきた。

 どうやら、昨日の一件を気にして何か買ってきたらしい。


「ありがとう。うわっ、すごっ。これ『SHUGARsugar』のやつじゃん」


 冷は芽衣から紙袋を受け取り中身を確認すると、地元では有名な製菓店の開店即売り切れ必至の超人気バウムクーヘンだった。

 

「こんな貴重な物貰ってもいいの?」


 値段は一つ四千円。

 バイト一日分と同じ値段の高級菓子を前に流石の冷も腰が引け、本当に貰っていいのか確認する。


「はい。実は父親がそのお店のオーナーでして」

「そうなの?じゃあ、有り難く頂くね。ありがとう」


 すると、衝撃の事実が判明。

 お隣さんの大黒柱は凄腕パティシエだったらしい。

 そういうことなら遠慮する必要はないだろう。

 冷は大事に紙袋を抱えながらお礼を言うと、芽衣は「気に入ってもらえたなら何よりです」と安堵の表情を浮かべた。


「では、失礼します」


 そして、芽衣はもう一度頭を下げてから自分の家へ戻っていた。


 




 あとがき

 修正すると言ったな。あれは嘘だ。全部書き直してルートも別にしました。

 夕方にもう一話投稿するのでよろしくお願いします。(追記 牡蠣を食ってないのに食あたりレベルでお腹がギュルってるので、明日になります。すいません)

 

 


 

 



 

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