第一章 運命の出会い

 20XX年——。

 

 都立光高校の教室には、朝から活気が満ちていた。校舎の窓から差し込む柔らかな光が、白い壁と木製の机を温かく包み込んでいる。

 教室の後方、窓際の席に座る西園寺さいおんじりんは、いつものように授業が始まるのを待っていた。

 凛はごく普通の高校生だ。友達と笑い合い、勉強に励み、たまに、気になる男の子の話で盛り上がる。そんな平凡な日々が、彼女にとっては心地よいものだった。だが、その日、教室のドアが開くと共に、その平凡さは音を立てて崩れ去ることとなる。


「皆さん、静かにして。新しいクラスメイトを紹介します!」

 教師の声が教室に響くと、全員の視線が前に集まった。

 ドアのそばに立っていたのは、一人の青年。均整の取れた体格に、切れ長の目が印象的な美青年だ。彼の持つ独特のオーラに、教室は一瞬、静寂に包まれた。

「彼は神宮寺じんぐうじたくみさん。今日から、このクラスの一員です」

 匠は軽く頭を下げると、にこやかに自己紹介を始めた。

「神宮寺匠です。よろしくお願いします」

 凛はその瞬間、彼の姿に強く惹かれるものを感じた。それが何かは分からなかったが、彼の瞳の奥に潜む冷静な光が、ただの転校生とは異なる何かを予感させたのだ。

「それじゃあ、匠君の席は……。西園寺さんの隣が空いているから、そこに座ってください」

 教師の指示に従い、匠は教室の後ろへと向かった。凛は心臓が一瞬止まったように感じたが、動揺を隠すように微笑んだ。

「神宮寺匠です。よろしくお願いします」

 匠は凛の隣の席に着くと、微笑みながら声をかけた。凛は彼の瞳を見つめ返し、緊張をほぐすようにゆっくりと息を吐いた。

「こちらこそ、よろしくね。私は西園寺凛です」

 匠の微笑みは柔らかかったが、どこか鋭さを感じさせるものだった。それもそのはず、彼はただの転校生ではない。政府による進路対策基本法・通称「推薦法」によって、西園寺凛を密かに推薦するために派遣されたエージェントだったのだ。

 教室のざわめきが再び戻る中、匠はその冷静な瞳でクラス全体を見渡した。彼の任務は、凛を未来の重要な役割に推薦すること。そのためには、まず彼女の信頼を得なければならない。

 

 授業が進む中、匠は隣に座る凛にさりげなく話しかけた。

「今日はどんな授業があるのかな?」

 凛は彼の問いかけに少し驚いたが、すぐに自然な笑顔で答えた。

「今日は数学と英語、それに体育があるよ。神宮寺君はどの科目が得意?」

「そうだな……。特に数学かな」匠はわざと軽い口調で答えた。実際には、彼はあらゆる科目に精通していた。エージェントとして、必要な知識はすべて習得済みだ。

「あと、呼び方。匠でいいよ! 神宮寺って、言いにくいから」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、匠くんって呼ぶね……」

 

 

 放課後——。

 

 凛は友達と校門を出ると、ふと校庭に目を向けた。そこには、校舎の影で一人、佇む匠の姿があった。彼はまるで何かを考え込んでいるようだったが、凛の視線に気付くと、軽く手を振って微笑んだ。


「あ、匠君!」

 凛は思わず声をかけた。友達と別れ、一人で匠の元へと駆け寄る。

「何をしているの?」

「少し、考え事をしていただけだよ」

 匠はそう答えると、再び優しい笑顔を見せた。

「西園寺さん、今日は一日ありがとう。君のおかげで、少しずつこの学校に馴染めそうだ!」

 凛はその言葉に少し照れくささを感じたが、同時に心の奥底で何かが変わり始めるのを感じた。神宮寺匠という不思議な転校生との出会いが、彼女の運命を大きく動かし始めたのだ。

 匠は内心で静かに誓った。彼女を推薦し、未来を変える、その日まで、自分の正体を隠し通すことを。

「こちらこそ、ありがとう、匠君。これからもよろしくね!」

 凛の心には、期待と不安が入り混じった、新たな日常が始まっていた。

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推薦の神 TAKAHIRO | Vlogger @takahirovlog

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