道しるべ

@sTominaga

第1話 メトロにのって、おばあちゃんに会いにゆく

しぶりに高円寺の祖父母の家を訪れました。祖父はもう亡くなっているので、正確には祖母の家と言えばよいのでしょうか。地下鉄丸の内線の新高円寺にあるその家へは2年ぶり。最後に行ったのは祖父が亡くなった時です。


久々に上る地下鉄の階段は僕を記憶だけ昔に連れて行ってくれました。上階の出口から吹く込んでくる強い風の匂いはあの頃のまま。あの時も降りてくるサラリーマンがこれほど渋い顔をしていたのだろうか。あの頃はそんなこと見えなかったんでしょう。



出口を出て即右に曲がると細い道が長く続いているはずでした。しかし、そこには知らない新しいビルに挟まれた広く舗装された道がズーンっと、、、通っている。。。記憶というものは意外と曖昧、おぼろげで、もろく、思っていた以上に景色の力を借りないと復元できないものです。それまでうっすらと残っていたはずの祖父に連れられてそこを歩いた残像は、瞬く間に人ごみの中に消えてしまいました。。。



後は家の方角に道なりに進むのみ。その見知らぬ道は大動脈が血液を勢いよく押し出していくかのように車を流す大きな道路に突き当たりました。そこには、またまた見たこともない信号機。。。その信号を渡った向こう側に、、、毛細血管のように少し蛇行したどこか昭和の匂いのする道が見えたのです。いつも通っていた道です。以前はまっすぐな道だと思っていましたが、今こうしてみると意外とよじれていて、継ぎはぎのような工事の後がみすぼらしい道です。



随分と長く感じていた祖父母の家までの、今となっては短いものです。あっという間に玄関の前に着いてしまいました。祖母に電話したのは玄関の前に来てから(笑)うっかり電話するのも忘れてました。



昔は2階に台所やリビングがある当時としては新しい家出したが、祖父母の体力の減退に合わせて1階に台所を移していました。1階の台所兼リビングで祖母は一人インターネットをしこしことやっておりました。

彼女は「世紀の晴れ女」と言われたぐらいの晴れ女で、底抜けに明るく、大柄で社交的な女性です。趣味はマージャン、なぜか有名人の知り合いが多い。小田裕二のファンで御歳80を越えたいまですらライブ2時間たちっぱなし、ファンクラブのハワイ旅行があれば必ず参加というような元気っ婆です(笑)



ふと壁に妙なものが貼ってあるのに気がつきました。猫やら犬やらの広告です。。。。。


これ何?と聞くと、猫とか犬とか飼いたいけど、飼えないからね・・・


へぇ~そんなこと思う人だっけ????


なんと犬猫を飼いたい欲求を広告の写真を眺めることで満たしていたのです(笑)最初僕は笑ってしまいましたが、一人インターネットをする祖母の背中に、なんと申しましょうか、哀愁のようなものが漂ってくるではありませんか。。。



祖父は気性の荒い男と言うわけではありませんでしたが、口は悪く、晩年は体は人一倍元気なのにもかかわらず、頭はぼけて祖母は大変苦労していたようです。。。



葬儀のとき、凛とし続けた彼女が、最後の最後になって見せた涙は、確かに「おじいさんっ」という声を伴っていたことを僕は覚えています。


人一倍手のかかる伴侶を看取ってはや2年。どこかにさびしさがないと言ったらやはり嘘になるのでしょう。犬が飼いたいのか~猫が飼いたいのか~。。。よく見るとPCのデスクトップも犬、マウスパットは子狐でした。



そして、改めて祖母を見ます。僕より大きな手をした(これは本当)かつての大女も、もう大分背中が丸まってしまっています。悪いことをすると仁王立ちになった大女は、もう立派な(?)おばあちゃんです。




時間はものの形を変えていきます。。。それは万物の定め。




血輸病の息子を持った彼女は人一倍子育てに苦労した母親でもあり、それでも明るさを失わない人間でもあったのだろうと孫の僕は想像します。その丸くなった背中はきっと沢山のものを背負ってきたのではないか。そしてそれは様々に形を変えて僕の中にも流れているのではないか。



そう思うと時間とともに移り行く景色や、消えてゆくものに、少し寛容になれた自分がいました。



高円寺の町並みが変わろうと、そこを歩く人が変わろうと、もうどうでもいいのかもしれない。ただ自分はもう少し自分の祖母のことを知りたい。



また地下鉄(メトロ)に乗って、会いに行きます。

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