控えめに言って女神なわたくしは僅かな気がかりも放っておけない

ロトゥーに迷いたくない

第1話

わたくしはビジョスギーテ。


イケテル王国筆頭公爵家であるゴメンーネ公爵家の令嬢ですわ。


イケテル王立学校を1ヶ月後に首席で卒業したらお隣の大国のカッチョ・ヨスギ王太子殿下に嫁ぐ予定ですの。


ヨスギ王国は我が国よりずっと大きく豊か――格上過ぎて本当ならあり得ない縁談なのですが、2年前…16才のわたくしをカッチョ殿下が見初められて――


実はわたくし、10才を過ぎた頃から類まれなる美貌を世界中から絶賛されるほどに容姿に恵まれているものですから――でも、勿論それだけではありません。


持って生まれた美貌の上に胡坐をかく事無く小さな頃から努力を惜しまず勉強し、今では王国一のレディへと成長致しました。


大国へ嫁いでも気後れしないだけの自信と誇りがありますわ。



そんな控えめに言って女神なわたくしは、今気になっている事があるのです。


いえ、そんな大した事ではありませんの。


ただ、何故か気になって…


出来ればヨスギ王国へ輿入れする前に解決出来たら、と思っているのですわ。




わたくしが気になっているのは、ある言葉なのです。


今から5年ほど前、13才のわたくしが修道院を慰問で訪れた時の事です。


ある修道女が、わたくしを見るなりある言葉を発したのです。


それは聞いたことも無い言葉で発音も難しく、上手く再現出来ません。


彼女はその言葉を発した直後に口を押さえ、わたくしに謝罪しました。


顔色を変えて震えひたすら謝罪する彼女をわたくしは優しく許しました。


その後その事はすっかり忘れていたのですが――


つい先日の事です。


王都で評判のカフェで新作スイーツを楽しんでいると、パティシエが挨拶に来ました。


彼はわたくしを一目見るなり驚愕の表情を浮かべ、思わず、という感じであの言葉を言ったのです。


発音が難しく、でもどこか軽やかな印象のあの言葉――わたくしは5年前の事を鮮やかに思い出しました。


何故ならパティシエもあの時の修道女と同じ様に顔色を変えて謝罪するのです。


わたくしは『何故謝るのか、その言葉は何なのか』を尋ねました。


ところがパティシエはポカンとして『ちょっとよく分からない』と言い出しました。


わたくしが眉間に縦皺を刻んでよくよく訊けば、彼、ユシトトウ・カジョウ氏は『転生者』であり、その言葉は転生前の世界の言葉だと言うのです。


この世界には時折前世の記憶を持ったまま生まれる者がおり、その者達を『転生者』と呼んでいますが、『転生者』の数は非常に少なく、一生に一人会えるかどうか。


わたくしは興奮し、前世の話を聞かせてほしいと頼んだのですが、カジョウ氏は


『実は前世の記憶はもう殆ど忘れてしまった。だから前世の言葉が口をついて出るなんて自分でも驚いているし、何故謝罪したのか、その言葉の意味は何なのかもよく分からない』


と言って本当に不思議そうに首を捻るのです。


そう言えば、前世の記憶は時と共に消えてしまうと聞いた事があります。


わたくしは5年前の修道女に連絡を取りました。


するとやはり彼女も『転生者』であることが分かりました――が、彼女もまた前世の記憶を殆ど忘れ、自分が5年前発した言葉までも忘れたと言って頭を下げ謝罪を繰り返します。


わたくしはこの彼女の様子にハッと気付きました。


『転生者』は色々な世界からやって来るそうですが、修道女とカジョウ氏は『ニッポン』という世界からの『転生者』に違いありません。


謝罪の際に深く頭を下げる行為は『ニッポン』からの『転生者』の特徴なのです。


わたくしは最近、友人で丁度いいブスであるヒキタ・テヤク伯爵令嬢の婚約者…ダッテ・モブダモノ侯爵令息が


『頭をぶつけた拍子に突然前世の記憶が戻った!自分の前世はニホンジンだ』


と主張し出したのを思い出しました。


ちなみにニホンジンの『ニホン』は『ニッポン』と同じ意味です。



わたくしは修道女とカジョウ氏を連れてモブダモノ侯爵令息を訪ねました。


すると、彼はわたくしを見るなり叫びました。


『…ペヤ○グッ!』


修道女とカジョウ氏もハッとして


『そうだ、思い出した、ペ○ングだ!』


『懐かしいわぁ、ペヤン○…』


と口々に叫び――


修道女はローテーブルに突っ伏して手でダンダンとテーブルを叩き。


カジョウ氏は壁に対面し額を付け、やはり拳で壁をドンドンと叩き。


モブダモノ侯爵令息は腹を抱えて床を転げ回っています。


3人とも顔色を真っ赤に変えて震えながらひとしきり笑った後、謎の言葉の意味を説明してくれました。


『○ヤング』というのはニッポンで人気の食べ物で、その『カップ』という容器が四角いのだと。


あぁ、それでと納得しました。


わたくしの世界一美しいと讃えられている四角い顎のライン、顔の輪郭が似ていたのだと。


これで謎が解けました!


一点の曇りもない心持ちで嫁げますわね!


わたくしは三日月を横にしたような目で口元をひくつかせ震え続ける3人にお礼を言い、晴れやかな心で異世界の人気食品に想いを馳せるのですわ…

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控えめに言って女神なわたくしは僅かな気がかりも放っておけない ロトゥーに迷いたくない @wankonotoriko

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