君との旅路

Riu/リウ

第1話 『初めまして』

「ハァ、ハァ……ハァ」


 激しい息切れの音が、聴こえる。

 両足を必死に動かす。地面を蹴る音が聴こえる。

 私は今、追いかけられている…。

 何にって…? それはもちろん……。


「グギャァァッ!」


 魔物にだよ!!

 四足歩行の熊みたいな魔物。

 さっきこの熊に子供が襲われかけていて、その現場を見るなり体が勝手に動いてしまった…。

 旅に出る時貰った剣を鞘から抜いたはいいものの……ほんのちょっと習っただけの剣術じゃ太刀打ちできないことを悟った。

 

「こんなっ…ところで、終わってたまるかっ!」

 

 お兄ちゃんを探す冒険に出てほんの数日で終わりたくない!

 そんな一心で魔物目掛けて剣を振るった。

 が、魔物の硬い体表は私の腕力ではどうやら傷一つも付かないらしい。

 

「グルルゥ……」 

「ひえっ……」


「ガルルゥァァァ!!」


「ご、ごめんなさぁぁああい!!」


 剣を弾き飛ばされ吠えられた。

 鼓膜を突き破りそうな鋭い鳴き声だった。

 怖くて…ちょっとちびっちゃっ―――

 

「――たって、そんな話ししてる場合じゃないぃいい!」


 さっきからずっと全力疾走していて…もう…体力が…。

 そう言えば、あの子供は助かったのだろうか…

私が囮を買って出たは良いものの…ちゃんと逃げられたのかな。

 

 ガッ


 ズザーッ、と音をたてながら私は倒れた。

 足が何かに引っ掛かって顔面から転けてしまったのだ。

 コケた事を理解すると同時に鼻の右穴から鼻血が垂れてき出した。

 足も擦り傷だらけで…もう体力も殆ど残っていない。

 後ろからドシ、ドシと魔物が歩いて来る音が近付いて来る。

 

 えっ……こんな所で私の冒険終了?

 チビってコケて……こんなカッコ悪い終わり方ある…?

 思わず自問自答してしまった。

 誰でもいい……こんな終わり方イヤだ…!

 私は絶対に…離れ離れになったお兄ちゃんを…探し出すんだっ…!

 誰か……誰か……。


「助けてぇぇええ!!」


 渾身の叫びが森中に響き渡った。だがしかし…返事は…なかった。

 誰にも届かなかったんだ…。

 

「私の……冒険、いや…人生…ここで終わりか」


 魔物の漆黒の鋭い爪が煌めいたその瞬間。

 私は理解した、すぐそこに死が…あるのだと。


 私の助けの叫びは…届かなかったんだ。

 そう思った瞬間。




「………ここか」


 魔物の鉤爪が眼前に迫ったその時、突如中性的な声が聴こえた。

 そして次の瞬間、森の中から物凄い勢いで何かが飛び出してきた。

 その何かは魔物の腹に突き刺さって行った。

 魔物は後方に吹き飛び、物凄い勢いで飛んできた何かが地面に着地する。

 

 その何かは人だった。 

 細くて柔らかそうな腕と足。真っ白な肌に、綺麗な髪の毛。

 頭髪の色は漆黒で少し長めだ。

 女の子なのか男の子なのか…私にはよく分からなかった。


 

「すぐ終わらせるから、休んでていいよ」


 中性的な声で私に声を掛けたあと、目の前の人物は再度魔物と対峙した。

 怒り狂った魔物は猪突猛進といった様子で突進した。

 それをこの子は軽く躱す。

 しばらくして、魔物が疲れた様子を見せ始めた。

 

「殺しはしない、ただちょっと…痛い思いをして貰うだけだ」


 そう宣言した瞬間、高く跳躍し魔物目掛けて綺麗な踵落しを披露した。

 重力と体重が重なった結果、踵落しは魔物にかなりのダメージを与えた。

 魔物は勝てないと分かると、目の前にいる者から逃げるように去っていった。

 

「たす…かった…の?」


 次第に情況が理解し始められ、脳が助かったという事実を飲み込み始めてきた。

 


「さっき子供が僕に、『お姉ちゃんを助けて』って言ってきたんだ。詳しく話を聞いて大急ぎでやって来たけど…どうやら間に合ったようだね」

 

 そう言うと、"彼"は私の目の前にやって来て腰を抜かして立てない私に手を差し伸べてきた。


「初めまして」

 彼は口角をほんの少しだけ上げた笑みを浮かべた。


「僕の名前は"ステラ"怪我はない?」

 

 ステラという少年の瞳はとても綺麗だった。

 吸い込まれそうなほどに彼の瞳は煌きを宿していて思わず魅了されそうになる。

 私はハッ、と我に返り差し伸べられた手をとり立ち上がる。


「わ、私の名前は"ハル"…えっと、助けてくれてありがとう…」


「目立った怪我は無いようだね、良かった」


 そう言うと、ステラは私の顔をじっと見つめた。

 じっと見つめられるのは恥ずかしかったが、ステラに変な気はないと分かったのでそれほど苦ではなかった。

 

「それよりも、熊に追い掛けられるなんて…最難だったね」


「えっ……?熊?」


「……もしかして君、さっきのヤツを魔物だと思ってたの? あれはただの熊だよ。魔物になると図体もデカくて力も強い」


 そ、そんな…。私が先程まで魔物だと思ってたヤツは…ただの熊だったのか…。

 ただの熊だと知った途端、急に恥ずかしくなってきた。


「まあ、あの熊図体はそれなりにデカかったから…魔物と間違えるのは仕方ないか」

 

 赤面しながら落ち込む私をどうやらステラは気遣ってくれたようだった。

 

「ところで、どうしてこんな森の中にいるわけ?」


「…えっと、お兄ちゃんを探す旅に出てまして…」


「ふ〜ん」


 ステラは再度私の事をまじまじと見つめた。

 数秒経った後、彼は少し微笑み懐から綺麗な装飾が施されたベルを出した。

 

「これ、君にあげるよ。お兄さん見つかるといいね」


 金ピカのベルを私に手渡したステラは「それじゃ」と言って走り去っていった。

 

「ま、まだちゃんとお礼もしてないのに……」


 風のように唐突で過ぎ去る彼を、私はただただ見ていることしか出来なかったのであった。

 


***



「本当に、唐突だったな…」


 思わず一人で呟く。

 先程の彼の勇姿が頭から離れない。

 格好良かったなぁ…。風のようにしなやかで重い蹴りを入れていた彼は本当に格好良かった。

 私もいつかあんなふうに戦えたらな…、なんて妄想をしていた。

 

「また会えるかな……」


 ふと、空を見上げる。

 いつの間にか陽は沈み、そろそろ夜が近づきつつあった。

 

「そう言えば…今日は星が良く見えるんだったっけ…」


 懐から貰ったベルを取り出す、細かな装飾が施された金色の鈴のような物は唯一、彼と私を繋ぐ小さな小さな架け橋だった。

 ほんの少しだけ振ってみる。すると、


チリーン という綺麗な音色が辺りに響いた。

 

「今度また会えたら、ちゃんとお礼しなくちゃ」


 私は今日あった出来事を思い返す。

 そして、上機嫌にスキップしながら夜の森を突き進んで行ったのだった。

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