甘え上手な魔法使いの妹が、俺をぐいぐい攻めてくる。

上城ダンケ

甘え上手な妹


「お兄様、魔法の訓練しましょ、く・ん・れ・ん!」


 いきなり俺の背中に抱きついてきたのは妹のルラル。

 やわらかい胸が俺の背中にもわんと当たった。


「こらこら、背中に体重かけるな。重いぞ。離れろ、ルラル」

「もう、お兄様のいじわる! ルラル重くないもん!」

 

 ずい、と俺に魔法使いのローブを突き出すルラル。


「はい! お兄様のローブ。早く着替えて! 王都魔法警備隊の入隊試験は明日なんですよ、最後の練習してくれる約束でしょ! 早く着替えてください、お兄様」


 俺は立ち上がり、ルラルからローブを受け取る。


「着替えるからあっち向いてろ」

「えー兄妹なんだから別にいいでしょ、お兄様」

「兄妹とはいえ俺は18、お前は16。お互いを異性として認め、尊重する必要がある」

「え? お兄様にとって、ルラルは異性の範疇に入るんですか?」


 おどけた調子でルラルが言った。わざとらしく両手で胸を押さえる。恥じらいを表現したつもりなのだろうが、押しつぶされた胸元はルラルの意図とは逆にルラルが女性であることを主張していた。


「俺は男でお前は女。異性は異性じゃないか」

「女? ルラルは女なの? いつ確かめたの? お兄様」


 ルラルが首を傾げ、上目遣いで悪戯っぽく笑う。


「冗談はそこまでだ。お兄ちゃんは魔法使いのローブに着替える。後ろを向いてくれ」


 はーいと言って、ルラルは両手で目を覆った。


「後ろを向けといったんだが……」

「大丈夫です」


 後ろを向く気は無いらしい。指と指の隙間からルラルの瞳が見える。ルラルは指の隙間から俺の着替えを覗こうという魂胆だ。


 これ以上言っても無駄だと思い、おれはそのまま着替えた。予想通り、チラチラおれの着替えを覗き見している。


「さ、着替えたぞ。今日は何の魔法を訓練するんだ?」

「最終審査、火炎龍ドラゴンフォースの演技です」


 火炎龍ドラゴンフォース。通称、ドラゴン。

 火炎魔法をあたかもドラゴンのような塊として形成、思いのままにコントロールして敵を攻撃する高等魔法である。


火炎龍ドラゴンフォースなら、もうできるじゃないか」 

「そうでもないんです、お兄様。コントロールが上手くいかないんです。それでお兄様に見てもらいたいの」

「そうか。とりあえず庭に行こう。部屋の中ではこの魔法は無理だからな」

「はい」


 俺たちは庭へ移動した。


「よし、ルラル。出してみろ。

「はい、お兄様」


 ルラルが呪文を唱えた。両手から真っ赤な火炎が渦を巻きながら放出され、やがてドラゴンになった。みごとな火炎龍ドラゴンフォースだ。


「すごいじゃないか。これだったら合格だ。何が問題なんだ?」

「うまくコントロールできないんです」

「なるほど。わかった。まず肩の力を抜くんだ。力で魔法力を操ろうとするな。魔法力の流れに身を任せるんだ」

「はい、お兄様……うーん、うまくいかないなあ」


 ルラルの顔に焦りが見える。


「仕方ないな」


 俺は右掌をルラルのへその下あたりに置いた。


「え? ちょ、ちょっとお兄様、どこを触って……」

「勘違いするな。いいか、魔法力はへその下3センチあたりのところに溜まる。ちょうど俺が手を置いたあたりだ。そこに魔法力を集めるんだ」

「こんな感じですか?」

「そう、そうだルラル。いいぞ」


 ドラゴンの動きは落ち着いている。うまくコントロールもできているじゃないか。これなら合格だだろう。

 俺は深いため息をつく。俺も緊張していたみたいだ。ドラゴンの制御が失敗すると大変なのだ。


「見て見て、お兄様! ほら、ドラゴンの色が黄色になったよ、お兄様!」


 ルラルが嬉しそうに叫んだ。俺はドラゴンを見る。まずい。ドラゴンが黄色、いや、黄金色になっている。制御失敗だ。ドラゴンが暴走を始めたのだ。


「おい、ルラル、やめるんだ! 魔法力が暴走を始めている! 危険だ!」

「すごいすごい、ルラルすごい!」


 俺の言うことなど全く聞こえないらしく、ドラゴンにどんどん魔法力を流し込んでいる。暴走は止まる気配がない。このままでは大変だ。命の危険すらある。


「ルラル!」


 仕方がない。


 俺は呪文を唱え火炎龍ドラゴンフォースを出した。全長5メートル。色は青白く非常に高温。完成形の中でも最高レベルの状態だ。この色のドラゴンを出せる魔法使いは王国にはいない。強力な魔法力を誇るハーフデーモンの俺だから出せる。


 そう。俺は……ハーフデーモン。ルラルとは実の兄妹ではない。

 呪われ、忌み嫌われる存在、ハーフデーモンなのだ。


 勇者だった俺の父が、あろうことかデーモンと恋をした。そして俺が生まれた。

 父と母は国を追われることになった。困った父は自分の友人である魔導師グレグに俺を預けた。


 ルラルは魔導師グレグの娘だ。だから、俺とルラルは実の兄妹のように育てられた。ルラルは俺が義兄とは知っているが、ハーフデーモンであることは知らない。


 俺は自分のドラゴンをルラルのドラゴンにぶつけた。


「もう! お兄様のいじわる! ルラルのドラゴンをいじめないで!」


 俺はドラゴンのエネルギーを解放する。解放されたエネルギーはルラルのドラゴンに吸い込まれ、内部からルラルのドラゴンを消し飛ばした。


「あ……」


 ルラルが悲鳴をあげ倒れる。


「ルラルっ!」


 俺はルラルを両腕で抱きかかえた。返事はない。目を閉じ、身体中から脱力している。

 ルラルの顔に俺の頬を寄せ、息を確かめる。息はしている。よかった。心肺停止ではない。だが意識はない。


「すまん、ルラル」


 俺はルラルの唇に自分の唇を重ね、無我夢中で生命力を吹き込んだ。治癒魔法である。ルラルの柔らかい唇。ルラルを救いたい。それだけだった。


 やがて、ルラルの頬に血の気が戻って来た。


 ん? ルラルの唇動いてないか? 微妙に自分から突き出しているような……。


 あと、ルラルの顔、やけに赤いぞ? てか、真っ赤だ。


 突然、ルラルが目を開けた。小さな可愛い舌が唇の間から見えた。


「やた! お兄様がルラルに口づけしてくれた!」


 ばんざーい、とルラルが両手をあげて喜ぶ。立ち上がってぴょんぴょん跳ね回る。


「はあ、やっぱりお兄様の魔力、凄いな。ルラル、悔しい」

「お前……気を失っていたんじゃないのか? 魔法力が暴走したんじゃないのか?」

「怒らないで、お兄様。あのね、ルラル、お兄様のことが大好きなんです。だから、ちょっと演技したんです。口づけして欲しくて」

「は? 演技? お前のドラゴン、黄色だったよな? 暴走状態だったよな?」

「私が幻影魔法得意なのお忘れですか、お兄様?」


 ……幻影魔法? てことは……。


「あの火炎龍ドラゴンフォース幻影なのか?」


 コクコクとルラルが首を縦に振った。


「だって、ルラルが王都魔法警備隊に入隊したら1年間は会えなくなるんですよ。その間にお兄様に好きな人ができたらと思うと、ルラル心配で心配で。だから決めたんです。お兄様に告白しようって。そして、魔法の練習にかこつけてお兄様の唇を奪おうって」


 ルラルが笑った。


「……愛してます、お兄様。幼い頃よりお慕い申しておりました。……お兄様のお返事をお聞かせください。お兄様はルラルのこと、どうお思いですか?」

「そ、それはだな……」


 俺はルラルをぎゅっと抱きしめ、ゆっくり深呼吸した。そして言った。


「可愛い妹、かな」


 俺の腕の中でルラルの身体が硬くなる。


「すまん。俺にとって、ルラルは可愛い妹なんだ。それ以上でも以下でもない」


 ルラルは返事しなかった。ただ、俺の腕の中で泣いた。号泣した。

 俺だって、ルラルのことは好きだ。愛している。この世で一番、愛している。


 だが、俺はデーモンの血を引いている。そんな俺と義兄妹というだけでも本当は王都魔法警備隊受験資格はない。国を救った英雄、魔導師グレグの娘だから受験できるのだ。


 俺と恋仲になったら。ましてや、結婚なんて。


 王都魔法警備隊を解雇される。それだけではない。国外追放だ。


 実のところ、俺は国外追放が決まっている。


 ルラルには言ってないが、18歳になった日に宮殿から使者が来た。成人した以上、デーモンを王国に居住させるわけにはいかない。国から出て行けと。


 俺は懇願した。せめて、妹のルラルが王都魔法警備隊入隊試験を受ける日までいさせてくださいと。妹に動揺を与えたくないと。妹にとって王国警備隊は子どもの頃からの憧れ。その夢を壊したくないと。その願いは叶えられ、俺は今日までルラルと一緒にいることが許されたのだ。


「さ、もう泣くなルラル。最初の1年だけだろ? 王都魔法警備隊の寮生活。1年後にはまたいっしょだ。恋人よりも、夫婦よりも、兄妹の方がずっと一緒に居られるんだぞ? 俺は死ぬまで、ずっとルラルのお兄ちゃんだ。さ、涙を拭いて。今度こそ、明日の試験に備えて魔法の練習だ!」

「はい! お兄様!」


 こうして、俺とルラル最後の1日が過ぎていった。


 いつかまた会おう。ルラル。


 生きていれば、会えるさ。





【あとがき】

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甘え上手な魔法使いの妹が、俺をぐいぐい攻めてくる。 上城ダンケ @kamizyodanke2

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