三日前の屁

遠藤

第1話

「ただいまー!」


テレビを見ながらご飯を食べていたら知らない男が家に入ってきた。

あまりの出来事に驚く声も上げる暇はなく、箸に摘まんだサバを持ったまま固まった。

俺の思考が正しく機能しない。


その男は近くにくると「ふう~」と一呼吸ついて自分の横に座った。

その瞬間だった。


「クサッ!!」

もの凄い異臭が襲い掛かってきた。


半端ない臭いに鼻がひん曲がりそうになる。


「クサッ!!って、誰?」


たくあんを口に入れながら男は言った。

「俺はお前の三日前の屁だ。地球を回って帰ってきた」


「は?」

何を言っているのかさっぱりわからなかった。


男は茶碗の白米を指で摘まんで口に含むとニヤケながら言った。

「かなりの数追い越してきたからな。これから続々帰ってくるよ。お前今まで何回屁を垂れた?覚えてないだろう。たくさん屁を垂れたよな~。色々な屁を垂れたよな~」


俺は頭の中が混乱して話の途中から入ってこなくなった。

いや、本当はあまりに臭くてそっちが気になってしまった。

たしかにこいつの臭いは知ってる臭いだ。

正直凄く嫌いなわけではない。

俺が垂れてきた屁の臭いの中の一つだと鼻が言っている。


こいつは三日前の屁と言っていたがどんな屁だったのだろうか?

さらに言えば三日前は1回しか屁を垂れてなかったのだろうか?

いやそんなことは無い。

俺はどちらかと言えばヘッコキマシーンの分類に入る。

つまり屁を垂れまくる側の人間だ。

人より回数が多い方だろう。

焼肉とかラーメンとか油の多いものを食べると無限連鎖と思われる屁の連撃が始まる。

牛乳なんか飲もうものなら、やがてお腹の雲行きが怪しくなり、雷が鳴りはじめると、プスプスとガスが漏れはじめ、やがて濁流が肛門に押し寄せ警告信号38を発動しなくてはいけなくなるのだ。

そういったお腹に刺激を与えるものを食べなきゃいいのだが、どうしても刺激に立ち向かってしまう性格が直らない。


今まで垂れた数?

万か?

億は行ってないだろうが、相当な数の屁を垂れてきた。

それがここに帰ってくるって?そんな馬鹿な。


「お前がこの世に解き放った屁はどうなっているのか知っているか?」

三日前の屁はサバを食べながら話を続けた。


「災害になっている」


(え?)


「バタフライ効果って聞いたことあるだろ?お前の屁もそうなっている」


(俺の屁が?そんな馬鹿な話あるかよ。たかだか屁だぜ?そんなことになるわけがない)


三日前の屁は窓の外を睨むように話を続けた。

「俺が見た光景は、それはそれは恐ろしいものだった。お前の屁がハリケーンとなって町を襲ってるところだった。何万もの人々が逃げ惑う中を笑いながら破壊していた。あまりの恐ろしさに今でも鮮明に覚えている。昨今言われている温暖化とか実は全く関係なく、お前がテレビを観て笑いながら垂れた屁が悪魔となり様々な災害を引き起こしているのだ」


あまりのぶっ飛び話に半笑いが漏れる。

「はっ?そんな馬鹿な話しあるかよ。たかだか垂れた屁にそんな力があるわけがない。誰がそんな馬鹿げた話を信じれるんだ。それに俺以外の生き物だって屁を垂れてるじゃないか。それはどうなっている?それが全部災害になってるなら地球はとっくに終了だ」


三日前の屁は真剣な顔のままだった。

「まあいいさ。もう少ししたらわかる。そろそろ俺は消えるとするよ。とにかく自分のしたことは最後まで責任とれよ。じゃあな」


男はそう言い残すとフワッと姿が消えた。


「クサッ!」


近くに座った時も臭かったが、消える時も臭いのか。

しかし、これから今まで垂れた屁が帰ってくるとは本当だろうか?

確かに、一度思ったことはある。

この屁は何処に行くのだろうかと。

この空気の中に混じって、やがて姿を消すだろうとは思うのだが、時々は誰かの鼻に吸い込まれるときもあるだろうし、空気清浄機に吸われる時もあるだろう。


でも、もしかしたらだが、空気に混ざることない屁が空気中を漂い、やがて他の屁と混ざり合いどんどん大きくなっていった時、一体それはどうなっていくのだろうか?


やがて、それに「意思」が芽生えたら・・・。

一つの生命体として存在した場合、それはどんな存在なんだろうか?

屁とはなんなのだろう。

悪魔、分身、神、不要物、声、空虚、音、宇宙・・・



やめよう、考え過ぎだ。

屁に意思?屁が生命体?ありえない。

そんなことは絶対ありえない。

空気に意思などあるのか?

気体は生きているのか?

馬鹿げた妄想だ。


でも・・・


突然、玄関ドアをガチャガチャする音が聞こえ体がビクッとなった。


誰かが玄関ドアを開けようとドアノブをガチャガチャしている。

体が硬直し、視線は玄関を向いたまま動けなかった。


「あれ?あれ?おかしいな開かないな」

ガチャガチャいってるだけで一向に玄関扉は開かない。

「あれ?なんで、なんで開かないの?なんで」


(・・・)

さっきの男が入ってきたのだから鍵は開いているはずだ。

引けば簡単に開くのに、いくら経っても開かない扉の様子に、だんだんと意味の分からない恐怖が募っていく。


「あれ?んーー!んーーー!えい!えい!えーーい!!」


ドカーーン!!


扉が内側にぶち破られた。


「ギャーーーー!!」

思わず悲鳴をあげていた。


ホコリが舞う中笑顔を浮かべたムッキムキの大男と旋風が室内に入ってきた。


「あーやっと見つけた。良かった会えて。実家に行っても居なかったから探すのにずいぶん時間かかったよ。でも会えて本当に良かった」


俺は恐怖で瞳孔が開き、全身が震え出した。


つけっぱなしのテレビから緊急を知らせる声が聞こえてきた。

「臨時ニュースです。現在○○町にて竜巻のようなものが発生し多数の家屋に被害が出ているもようです。外にいる方はすぐ頑丈な建物に入って下さい。繰り返します・・・」


実家のある町の名前だった。

(あの町に竜巻?まさか、偶然だよな・・・)


「実家に行ったけど誰も居なくて、家も無くて悲しくなって泣いていたんだ。そうしたら近くを通りかかった屁がこっちに住んでるよって教えてくれたから、良かったずっと探していたから会えて」


そう言いながらムッキムキの大男が隣の座った。


(え?臭くない・・・)


「久しぶりだね。何年ぶりだろう?ねえ見てよ、僕こんなに大きくなったよ。それにしても凄い旅だった。色々な事があり過ぎて何から話せばいいやら・・・」


そう言うとムッキムキの大男は何やら思い出そうと考えこんだ。

あまりの衝撃の出来事に、またしても思考は停止したが、なんとか現状を把握しようとゆっくりと情報を整理する。


(このムッキムキの大男は俺の過去の屁で間違いないのだろうか?顔を良く見れば何となく俺の面影もある。ただ、屁臭くないのが気になる。さほど臭くない屁も垂れてきたのは間違いないのだろうけど、見た目だけでは屁であると断定できない。でも・・・もしかしたら幼少の頃に垂れた屁ということはないだろうか。幼少の頃の屁ならさほど臭くはないはずだ。だけど、その頃の屁が今この時に帰ってくるなどありえるのだろうか?)


そんなことを考えていると玄関の外が騒がしくなってきた。

何やら揉めている声が聞こえてくる。

「おい!俺が先に着いたんだ!ちゃんと順番守れよ!」

「そんなの関係ないだろ!早いもん勝ちだ」

「また揉めてるのか?邪魔だからあっちでやれよ」


まだ見えないが、玄関の外がどんどんザワザワしてきてることに気づいて、得体のしれない恐怖がもの凄い勢いで襲い掛かってきていた。

天気も急激に悪化し暗くなった。

ムッキムキの大男は、まあいっかと考えるのをやめると改めて俺を見つめると笑顔で言った。

「ただいまー!」



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