マッチで願いを叶えて戦う少女

@masata1970

第1話

 雪の降る通りを歩く一人の少女。

 見る人間の立場によっては身ぎれいとも小汚いとも言える中途半端な格好でかごに入れたマッチを売るその姿に心を動かすものはいない。

 貧者は見捨てられ朽ち果てるのがこの国の決まりだ。

 明日の朝にはそこらで寝ている連中と同じ結末をたどるかもしれない、そう思いながらこの数時間を過ごしていた。


 この格好で体を売っても買うのは貧乏人ばかりだろう。

 今日の食事代も稼げないだろう、踏み倒して逃げるほうが可能性は高そうだ。

 まったく困ったものだ。


 少女は売り物のマッチを擦り暖を取る。

 世界はどうしてもくだらないのだろうか、ただ生きるというそれだけがこんなに難しいのか。

 いったい自分が何をしたというのだろうか、神は我を見捨て給うたのか。


 おそらくは誰もいない家に帰ろうかと思うものの待ち伏せしている金貸しに売られるような気がして足が鈍る。

 母が売れもしないマッチを売ってこいと言った理由くらいは察しがついてる。

 ひっそりと目につかなくなった金目のもの、いつもある場所になかった数々の小物。

 おそらく娘を捨てて金目の物を抱えて逃げたのであろう。

 もしかしたら帰ったらそのまま売られるかもしれない。

 売れるまで帰ってくるなということは死んでこいという意味かもしれないな。


 世の中は不思議なものだ。

 おとぎ話では金持ちが助けてくれたり、実の父親が大金持ちになって救いの手を差し伸べる希望が溢れているのに現実ではない。

 物悲しさにマッチを擦りまた暖を取る。


 そう悪い親ではなかったはずだ。

 父は死んだらしいが墓を見たことがない。

 捨てられたのだろう、もしくは相手が悪かったのか……わからないしどうでもいい。

 わかっているのは絶望的な現実が今ここに迫ってきているということだ。

 官憲は死体を見て見ぬふりをし朝の引き継ぎにその処理を投げるのだろう。


 マッチを擦る。

 マッチを擦る。

 マッチを擦る。


 眠気がやってきた。


 それでも僅かな、ほんの少しだけあったまるその時間のためマッチを擦る。

 そっと目を閉じた瞼の裏には一人の少年が映った。


 ”君は何が欲しい?”

「幸せ」

 ”どんな?”

「わからない」

 ”じゃあそうだね、願いを何でも叶えられるっていうのはどう?”

「じゃあそれ」

 ”でもこれは対価がいるよ?何でも叶えられるんだから”

「体?」

 ”いらないよ、ボクは大勢の願いを叶えてきたんだ。我が身が続く限り、我が身をなくしてもね、それに体を払うのはボクの方かな?”

「なにがほしいの?何をあげれば良いの?どうしたら助けてくれるの?」

 ”そうだね、じゃあ……そのマッチを擦ってる間だけ願いを叶えてあげるってのはどうかな?対価は擦られたマッチかな?”

「家を立てても食事を出しても数秒じゃ食べられない」

 ”別に消えないよ、それじゃ願いを叶えられないでしょ?食事を出したければマッチを擦ればでてくるし家が欲しければマッチを擦ればでてくるよ?もちろんお金だってそのマッチ一つででてくるよ?どう?”

「それがいい」

 ”じゃ叶えてあげる、スワロー……頼むよ”


 何処にいたのかわからない燕が自分をすり抜けた。

 その瞬間パッと目が開き、みた光景は先程と同じ死体が端に転がり人々は通り過ぎていく、いつもの日常だった。


「死ぬときっていうのはこんなものなのね」


 温かいものが欲しい、ミルクが欲しいと目を閉じる前に思っていたことを念じてマッチを擦る。

 するとそこには湯気を出したホットミルクが鎮座していた。

 擦ったはずのマッチは消えており少女は先程見た走馬灯が現実であったことを確信した。


 このマッチが特別なのか、それとも他のマッチでもできるものなのか。


 さっきの人、さっきの人……。

 目を閉じマッチを擦る。


 ”やぁ、どうだい?”

「ホットミルクが飲めたの」

 ”それは良かった”

「このマッチでしか出来ないの?」

 ”いいや、どのマッチでも出来るよ。君がすることができればどんなマッチだっていいんだ”

「そうなんだ、じゃあこれで死ななくてすむのね」

 ”よかったよ”

「どうしてこんなに助けてくれるの?」

 ”困った人達を助けたいんだ、誰でもってわけじゃないけど”

「私が擦ったら他の人も使えるの?ご飯を食べたり」

 ”それはできない……人は力を得ると変わってしまうんだ、誰にも使える力はそれを奪おうとしてしまう……君が誰かに食事をあげたいと思っても彼らにはそれが見えるだけで手には取れないだろう”

「いつも人を救ってたの?変わってしまった人もいたの?」

 ”もちろん、変わってしまった人も奪われてしまった人も多いけど……それでも誠実なままの人もいたよ、亡くなったら返ってくるものもあるからね”

「じゃあ奪われたものを返してもらおう、変わってしまった人から返してもらえないの?」

 ”ボクは与えるだけなんだ”

「じゃあ代わりに私が取り戻してあげる」

 ”大丈夫だよ、それに危ないから……”

「ううん、大丈夫だよ。でも私がその人達みたいになったらどうしたらいいんだろう」

 ”君の力は君が亡くなったら戻ってくるから大丈夫だよ”

「じゃあ……安心だね、変わってしまった人にはどんな人がいるの?」

 ”ここの国王だよ、火打ち石から使い魔を出して国王一家を殺して国を乗っ取ったんだ、生き残った娘のお姫様と結婚してるよ”

「この状況を作り上げた王様?」

 ”…………そうだね、ボクが女性にあげた火打ち石を奪い取って……こうなったんだ”

「じゃあ絶対に取り返さないと!」

 ”危ないよ、あの犬はとっても強いんだ”

「これ以上私みたいな人が増えたらどうなるの?」

 ”助けられる人は助けるけど……ボクが見えるのは心がきれいな人だけなんだ、力を与えた今では見えなくなった人が多いんだけど”

「じゃあやっぱりみんなを助けないと、貴方も助けたい」

 ”ダメだよ、危ないことしかないんだから”

「王様を倒したい、これは私の願いだからいいよね」

 ”…………”

「いいよね」

 ”それが願いならね……”




 目を開けるとまた同じ光景。

 さっと積もった雪を払うと行動を移す。

 王城への通りをスイスイと進んでいきマッチを擦る。

 本物はみたことはないがコレが銃だと分かる、使い方もわかる。


 使いやすくて引き金を引くだけで相手を殺せる銃と擦って出てきたのがこの銃である。

 おそらく一点の狂いもなく狙ったとおりにあたり殺せるのだろう。

 反動もなく、ともすれば銃弾の補充すら必要ないかもしれない。


 衛兵が立っているその場所を無音で発射された銃弾が本来の銃であれば弾くであろう頭の兜を打ち抜き即死させる。

 彼女にとっては衛兵も自分の苦境の原因を作ったという意味で同罪でありなんの感情もわかなかった。

 死体を一瞥し王城に入る彼女はまたマッチを擦った。


 自分の姿が一時的に見えなくなるようにと。

 衛兵の広場を抜けていき場所もわからぬ王城を歩いていく。

 何処にも国王がいないことに焦りを感じる、個々の部屋にいた人間は射殺したものの不安が拭えない。


 マッチを擦る。

 王様の居場所が知りたいと。

 現れた燕はスイスイ進んでいき少女を案内する。

 そして城の最奥に到達した少女は気合を入れ直しマッチを擦る。

 自分を追い込んだものを殺すために、恩人に恩を返すために。


 扉を開けようとしたその時、扉を押しのけて巨大な犬が襲ってきた。


「誰だ!余を国王と知っての狼藉か!」

「そうだよ、その火打ち石は恩人のものなの、返してもらうわ」

「あの魔女か!今になって祟りに来おったか!」


 あの魔女が誰かわからないもののおそらくは前の持ち主であろうと思い、国王と犬に向かって弾丸を数発発砲する。


「どうやら、躱せないわけではないようだな!出会え!出会え!」

「無駄だよ、城にいた人は殺して回ったから」

「クソガキめ!」


 銃のグリップでマッチを擦り再度発砲する。

 仕留めたか?


 その瞬間国王は火打ち石を一つこすりまた犬を呼び出した。

 そして2体の犬が少女に襲いかかる。

 躱せないか。


「くたばれ!国王に逆らうとどのようなことになるか思い知らせてやる!明日俺が殺した国王夫妻と裁判官のように粉々にしてくれるわ!」


 国王の勝利宣言もつかの間、少女の姿をかき消えていた。


「逃げおったか!」

「ううん、ここだよ」


 寝室のベッドの上に立ち自分に向けて発砲してくる少女に恐怖を覚えた国王は転がりながら2体の犬に指示を出す。


「やれ、そのガキを殺せ!」


 少女はマッチを擦りハーブをばらまく。

 犬たちはすこし怯んだもののさすがは使い魔、嫌いな匂いにもめげずに少女に襲いかかる。

 少女はそれを見てマッチを2本擦り数発発砲した。


「逃さんぞ小娘、どこへ……」


 僅かな間に見失ったことを不思議がった国王はマッチに秘密があると理解した。

 自分と同じだと、あの魔女が持っていた火打ち石と同じだと。

 あのマッチがあれば自分は近隣の国を併合してさらなる地位につけるのだと。

 国王は寝室にある机の上のワインの位置を確認して近づく。


 その瞬間使い魔の犬が自分の前に出てきて銃弾から庇う。


「しまった!」

「ここでおしまいね」

「というとでも思ったか!」


 国王はまた火打ち石をこすり最後の犬を出した。


「まだいるの?」

「無論!敬意を評してやろう!この私をここまで追い込んだものはいない!」

「犬でしょ?強さは貴方じゃなくて」

「犬の強さも私の強さだ、国王自らが強い必要はないからな!」


 元兵隊だった男は故郷に帰る際に魔女からこの箱を奪い取りここまで成り上がった。

 自らの力で得たのはこの火打ち石くらいなものだ。

 だからこそ奪い取った火打ち石の力は自分のものだと言い放った。


 少女はマッチを擦り、眼の前の男が一番恐れるものを出すように願う。

 現れた老婆に狼狽した国王は犬に襲いかからせようとするが犬には見えてないのか虚空への攻撃命令に戸惑ったようだった。

 どうやら犬は勘定にいれてなかったのか老婆が見えないようだ。


「貴様!よくもその魔女を!生きていたのか!?」


 混乱する国王の前で掻き消える少女。


「まさか……貴様が魔女本人だということか!」

「違うよ」


 部屋の隅に現れた少女はマッチを擦りまた数発発砲する。


 どういうことだ、なぜあのガキは消えたり出たりする?

 この魔女は俺に恨みの視線を向けている。

 犬には見えてないがどうも魔女のいる辺りに近寄らないあたり何かは感じているのだろう。

 銃弾を動くことで躱した国王はあの銃弾は真っすぐ飛んでくる、全くずれないということに気が付きワインを掴む。


「それでどうするの?」

「貴様を殴り倒す!」

「そう」


 また少女の姿が掻き消える。

 ここだ、次に出てきたらこのワインをぶちまけてマッチを湿気らせれば勝機はある。

 手に持ってるマッチが使えなければすぐには出せない。

 おそらくマッチの能力で消えてるはずだ。

 ならば!


「どっちを見てるの?」


 その言葉が聞こえた方向にとっさに蓋のとれたワインを投げつけた国王は振り向いて勝利を確信した。

 びしょ濡れの少女、手に持ったマッチはグリップで擦る寸前であり今まさにすろうとされていた。

 そしてマッチに火が付くことはなかった。

 そのまま消えたのだ。


 バカな!そういえば先程はマッチを2回擦っていた。

 まさか……このワインを使わせるためか!やはり湿気ることに気をつけていたか!

 しまった……!

 とでも思っていたか!ベッドの下にもう一本隠してあるワインがあるぞ。


 そっと魔女がいる方に驚くように移動したように見せ、ベッドに近づきさっと屈んでワインを掴み取る。


「拳銃?」

「まさか、お前が怖がっていたものだよ!」


 そう言い放ち国王は兵士時代の経験を活かし、テコの原理でワインの瓶口の部分を折り声が聞こえた方に投げる。

 躱しきれずに半分が濡れた少女は手に持ってたマッチを捨て銃を持ち替え、濡れてない半身の方でマッチを取り出すが、犬のほうが早い。


 少女は脇腹を噛みつかれ押し倒される。

 銃は落ちて転がり、少女は無手になった。


「ははははは!余に逆らうものはこうなるのだ!このまま殺してやる、生かしておいたら何をするかわからない!余が自らお前の銃で頭を撃ち抜いてやろう」


 国王は大仰な手振りで少女に近づき拳銃を拾った。

 軽い、見たこともない銃で反動もない。コレを兵士全員が手にすれば世界を征服することだって出来るだろう。

 マッチは無事のようだ、重畳重畳。


「遺言はあるか?クソガキ」

「そっくりそのまま返してあげるよ」

「腹を食い破られてるのに元気なことだ、さすが魔女の一族、苦しくもないか」


 その瞬間、過去に自分が殺した魔女を思い出した、首をはねたら死ぬ相手が脇腹を食われたら効かないなんてことがあるか……?それにさっきの魔女はなぜ消えた……?


「それが遺言だね」

「ほざけ」

「じゃ、さよなら」


 その瞬間横から何かが……。


 頭を撃ち抜かれ死んだ国王を入口の扉から見ている少女は幻影の自分もマッチを擦って幻影を出せるんだなと変な感動を覚えていた。


 部屋に入る前にマッチを擦り自分の幻影を出していた少女は隙を伺い続け、幻影の自分がさらにマッチを擦ってまた自分を具現化して戦うのをずっと姿を消してみていたのだ。

 扉を押し開けて犬が襲いかかったのも幻影の自分、最初から少女は何もしていない、国王が幻影と戦い続けた、そして負けただけ。

 自分は最後にとどめを刺しただけなのだから。


 いつの間にか消えた犬を少女は見つけられず、国王がポケットに入れた火打ち石を回収した。

 これは呼び出した人間が死ぬと消えるタイプなんだなと思い、国王寝室のベッドに腰掛けマッチを擦る。


「終わったよ、この火打ち石は返すね」

 ”使わないの?”

「マッチがあるから使わないかな?」

 ”それもそうだね、これは不便だったから”


 そう言うと少年は火打ち石を受け取り、なんとなく色を取り戻したようだった。

 少なくとも少女はそう思った。


 ”──ありがとう”

「どういたしまして……それって私が言う言葉じゃないかな?」

 ”どっちでもいいと思うよ、感謝したいか言ったんだし”

「じゃあ私からも……ありがとう」

 ”どういたしまして”

「じゃあ次の力を返してもらいに行こうか」

 ”もう大丈夫だよ”

「ううん、私がしたいから、願いを叶えさせてよ。このあたりでなにかない?」

 ”……そうだね黒い槍とか……赤い靴とか……”

「面白そう」

 ”面白いものじゃなんだけどね……”


 少女は旅に出る。

 恩人のために。

 自分のために。


 マッチを擦り、べーコンを挟んだ柔らかいパンを齧りながら王城からでていく。

 彼女が次に何処に行くのかはまだわからない。

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