第3話 愛者 前編
予鈴が鳴り弛緩した空気のなか、わたしは先日付き合い始めた浩太と昼食をとっていた。ゆれる木漏れ日にまもられたベンチに隣席する。
高校に入って、もっぱらここでお昼を食べるようになったため指定席のような優越感がある。なんにせよそんなことはどうでもいい。
浩太に悟られない程度に少し離れたベンチを見やった。
そこには、独りで木弁当に箸をのばしている男の子がいた。いささか痩せすぎた腕、青白い顔には穏やかな微笑がはりついている。浩太がどか食いしている一方、彼の手はすでに止まっていた。
「あさひ、どうかした?」
「ううん、なんでもない」
いつの間にかわたしも食べるのを忘れていたようで、即座に笑って箸を持ち上げる。それがひどく鬱屈で、口に含んだ米は味がしなかった。噛んでも噛んでも、いっこうに甘味が舌をつつまない。彼——みずきもこんな気持ちなのだろうか、わたしの視界のなかで彼はこちらを頑として見ようとしない。
それもそうか、心中で重いため息をつく。
みずきの告白を断ってしまったのは、わたし自身が彼につり合わないから。そのはず……。
「でさ、陽太のやつシェパードにマウントポジションとられて組み伏せられたんだって」
「くすくす、じゃあその後どうなったの?」
会話の内容なんか頭に入ってこない。ほとんど口がひとりでにしゃべってくれる。わたしの頭にはあの日以来、いっさいの接触を拒むようになったみずきのことが渦巻いていた。
みずきの気を引くためだけに付き合った浩太も、いまはただうるさいだけの厄介者でしかない。それもこれも、いちど一方的に絶交しておきながら再び交流を戻そうとした、厚顔無恥なおこないの報い。
「……ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」
「ん、分かった」
気丈にふるまって浩太をベンチで待つよう言って校舎に入り、無人のトイレの便器に胃の内容物を吐き出す。
「はあはあ……ぐすっ」
Xジェンダーだからといって、交わりを細くしていったのはすべてわたしたち。次第にそんな不安も薄れてきて、変わらぬみずきに愛を求めたのもわたし。わたしだけを見てほしかった。
えづきを我慢できずに、胃酸が逆流して口内を酸臭が蹂躙する。目元に暖かい感覚がおおい、視界がゆがんだ。
「ううぅ」
もうとなりで励ましてくれる人はいない。恋人よりもめざとくわたしを見てくれるみずきは……。
ふと、背中をさすられる感触がしてバッと顔をむける。
「……みずき?」
「月の道、じゃ、なさそうですけど。おさまっっていないでしょう、わたしのことは気にしないでください」
「う、うん」
あまりにも自然な指示に便器にむきなおった。
皮の厚い弾力的な掌の感触が吐き気から快復していき、じわじわ正常に思考できる余地が生まれてきた。
「なんで、ここに」
「ちょっと血色が悪くて、歩き姿がわずかに強張ってたので……視界に映ってれば無意識に観察してしまうので非難は御免こうむります」
ヤンデレオムニバス ホノスズメ @rurunome
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