第2話 情者
「ごめんなさい」
一世一代の告白は潔いお辞儀で幕を閉じた。
高校生にもなって一目ぼれの初恋をずるずると引きずり続けていたのを、まっさらばっさりこうも気持ちよく切り飛ばされると、絶望感よりもあなたらしさに安堵してしまう。
とても複雑です。あなたに頭を下げさせてしまうのも忍びないんです。
「あさひ、そう謝らんでください。あさひが浩太のこと好きなのを知ってるうえで、こうして場を整えたんですから既定路線なのは分かってました」
頭を上げたあなたは私から目をそらさずに、しっかりと相槌を打ってくれる。
だからこそ、私も逃げ口上に走るわけにはいかないんです。あなたと浩太の仲睦まじいさまを見てきたそばで、忌々しくも固まって動かないポーカーフェイスが、今だけはありがたいです。
「あさひと、いや……夏目さんとは金輪際関わることができません」
「っ!」
そんな辛そうな顔をしないでください、あなたが苦しい思いをするのは見たくないのです。せめて、このわがままを通して終わりましょう。
できる限りの喜色を浮かべて私は黙礼する。
「では」
「まって…………」
廊下の角を曲がり、冷たい壁にちからなく背を預ける。
「これが……異端のXジェンダーの末路、か」
男性にも女性にも属さない性自認、それは小さいころからの付き合いである浩太やあなたでさえ受け入れることはできませんでした。
両手で顔を覆い、声にならない声を押し殺した。
ずっと、ずっとあなたと浩太を見てきました。そのたびに心を均して、あなたの恋愛相談に乗り浩太の男磨きに付き合ってきたんですよ。一切の邪心なく、あなたの甘い誘惑にも耐え、見守り続けてきたんです。
「はああ、折れそうです」
その後はよく覚えていない。あなたは追ってこなかったし、私はおぼつかない足取りで帰ったのかもしれない。
ただ、あなたと同じ金木犀の香りだけが、ずっと鼻腔をかすめていました。涙も出ないのに、軋み上がるなにかに必死に耐えていました。
それから一年と半年、私はあなたを避け続け、風のうわさであなたと浩太が付き合ったと聞いたときは苦労が報われた気がした。
秋が深まり、紅く散りふぶく楓道を歩いている日だった。
沿道の乾いたベンチに座り、その光景に目を細めた。情熱的な紅葉が雨のように舞い上がるさまは、熱しやすく冷めやすい刹那的な趣があり、そのはかなさにこそ目を奪われる。目を閉じてそれをかみしめていると、いつの間にか眠り込んでしまっていた。
「わあ、きれい~。浩太、とってとって!」
「あんまりはしゃいでいると転ぶよ」
まどろみが一気に抜け、体が硬直する。
なんでここに二人がいるんですか。
声のもとはほぼ真後ろ、マフラーに顔をうずめているからか気づかれることなく彼らは徐々に遠ざかっていく。そちらを見ることはできなかった。
心臓が高鳴り、あなたの楽し気な笑い声が私の沈黙を破ります。
足音が聞こえなくなると、北風が足先から熱を奪っていき、寒空は紺青で世界を塗りつぶしていく。
「はあ、やっぱり好きだなあ」
きっと一生引きずり続ける。あなた以外見ることができない。なのに、焦がれてしまう、しまうんです。あなたの顔を見かけるたびに、あなたの声を聴くたびに、あなたの話を聞くたびに……。
「ゴホッゴホッ」
せき込み、抑えた口から血痰が手のひらにつく。
あなたは知らないでしょう、躯てまえの私なんて。あなたは知らなくていいのでしょう、私のことなんて。
ポケットからくたびれた便箋を取り出し、じっと見つめる。
私の唯一の柱がこの手紙、こんなちっぽけなものにすがりつくのはみっともないのかもしれない。しかし、手放そうなどこの十三年微塵も思えなかった。
「近いうちに目も見えなくなる。お医者さんは無慈悲なもんだね」
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