異世界の沙汰も金次第

三二一色

どこかの世界のよくある話

冒険者ギルド――



「というわけで、凶暴絶対人間殺害スゴクツヨイ熊が開拓村に多数出現したので、討伐してきてくれ」


「いやですけど」


「え?」


「え?」


冒険者ギルド。

いつもの通り閑散した室内には、中年男性のギルド長と、若い男の冒険者の合計2人しかいない。


「もう一度言うぞ、凶暴――」


「いやですけど」


「最後まで聞けよ!魔物討伐に行けって言ってるの!!」


「報酬まで言えよ」


「受けてくれるって言うまで報酬は教えません」


「帰るわ、じゃあな」


帰ろうとする冒険者を、ギルド長は飛び掛かって押さえつける。


「待て待て待て!報酬はちゃんと払うから!!」


「さっさとそれを言えよ、で、いくらなんだ?」


「ったく、ちゃっかりしやがって……850Gゴールドだ」


・ ・ ・ 


「850G?……それは基本給とか前金とかのことか?成功報酬は別だよな?」


「んなわけあるか、全部込々で850Gだ。どうだ大金だろう?」


「帰るわ、じゃあな」


「待て待て待て待て!!」


再度ギルド長が飛び掛かろうとするが、今度は冒険者は半身を引いて回避した。


「なんだよ。交渉決裂だろ。受けないぞ」


「いや高額だろ?!お前以外にも代わりはいるんだぞ、それを……」


「じゃあソイツに頼め、俺は知らん。じゃあな」


「待て待て待て待て待て!!一体何が不満だって言うんだ?!」


「金額」


「そんなわがままを言いやがって!!」


喚き散らすギルド長に、はあ、とため息を吐きながら冒険者が口を開ける。


「あのな。850Gって金額だけみれば高額かもしれんが、実際割に合わなさすぎるんだよ、ギルド長なのにそんなことも知らんのか?」


「生憎、最近赴任してきたばかりで」


「引継ぎ資料とかあるだろ、冒険者が使う道具の価格とか」


「あったんだが、8年くらい前の資料しかなくてな」


「なんでだよ更新しろよ」


「更新にも金掛かるし、そんな予算ないし……」


はあ、と冒険者が再度ため息をつく。


「いいか。まず魔物を倒すには武器が居るのは解るな?剣とか弓矢だ。凶暴絶対人間殺害熊なら近づいて斬りかかるのは無謀だから弓が居る。その弓の価格がまず最低で1万Gとかするんだ」


「1万G?!」


「安いヤツでそれだ。勿論そんな安物の武器を使って命はりたくはない。見栄えとか考えずに実用で選んだとしても2万Gはする」


「2万G?!」


そんなことも知らんかったのか阿呆が、という目で冒険者はギルド長を睨む。


「次に矢だ。これも選んだ弓によってはまちまちだが、25本で550Gはする。おっと単品で買えばいいって言うのは無しだ、向こうだって商売だからな、気にくわないなら帰れと言われてオシマイだ、俺とお前みたいにな」


「ぐっ!しかし25本も手に入るなら……」


「あのな、射撃した矢が全部当たるわけねえだろ、射的場とかで集中して一本一本時間をかけて放つのとは訳が違うんだぞ?滅茶苦茶に動き回る凶暴絶対人間殺害熊を、森とか街中とか障害物が無数にある場所で撃たないといけないのに必殺なんて不可能だ」


「わ、罠を使うとか……」


「罠1個4000Gとかするんだぞ?それに罠使用免許は弓使用免許よりも取るの難しいんだよ」


「それはお前の技量不足――」


「次茶々いれたら何も言わず帰るからな」


「すみません」


そんで、と冒険者が付け加える。


「そもそも弓使用免許を取るのにも金も時間もかかる。免許を取るだけで純粋に1000Gがかかるし、弓を購入する際に衛兵に届出をしないといけないが、それがまた滅茶苦茶に金も時間もかかるんだ」


「ぐぐぐ……」


「凶暴絶対人間殺害熊を運よく倒せたとして、だ。死体をその場に放っておけばヤバいのは解るよな?持って帰って焼いて処分しないといけないが、これにも勿論金がかかる。獲物のサイズによって異なるから一概には言えねえが、この処分費用だけで850Gなんて吹っ飛ぶんだ」


「に、肉とか切り取って売れば……」


「そんな誰が何処でどういう風に狩猟してきたかも解らん肉を買い取る肉屋が何処にいるんだよ。凶暴絶対人間殺害熊とか好物総菜人間発表竜とか突撃埔里臼轢殺猪とか、ああいう肉を出してる店ってのは既に専属の冒険者と契約してんだよ、持ち込みできるわけねえだろ」


さらに、と指を1つ立てる。


「いくら街に降りてくることがあるとはいえ、凶暴絶対人間殺害熊がいるのは基本的には森の中だ。倒そうとするなら中に入って調査して、場所を特定して可能なら先手を打てるように、そして失敗した時に逃げやすい場所の位置取りをしないといけないわけだ。1時間2時間で済む話じゃあない、1日2日……1カ月とは言わんが週はかかるかもしれん。それで成功報酬が850G?舐め過ぎだ。それなら肉飯牛丼屋で手伝いアルバイトしたほうが遥かに稼げるわ。わかったか?」


「わかった、なので受けてくれ」


「じゃあな、二度と来ねえよ」


飛び掛かってきた冒険者ギルド長を回避して、冒険者が外に出ようとした時だった。



バタン!という音と共に冒険者ギルドのドアが開かれる。

そこに居たのは、衛兵警察だ。


「ギルドに依頼だ!凶暴絶対人間殺害熊を討伐してくれ!」


「絶対いやだ」


「何ィ?!」


衛兵がきっと冒険者を睨む。


「貴様!それでもこの国の人間か!罪もない人が人喰凶暴人間絶殺熊に殺されるかもしれんのだぞ!」


「家に立てこもればいいだろ」


「凶暴絶対人間殺害熊は扉を開ける知恵をつけているのだ!」


「その凶暴絶対人間殺害熊に挑んで殺されるかもしれない冒険者に払うのが、はした金ってのはどうなんだ」


「世のため人のためだろう!金などオマケだ!」


「じゃあお前がやればいいだろ、衛兵だろ?」


「え、だって死ぬの嫌だし怖いし怪我するかもだし……」


はぁぁぁ~~~~とクソデカため息をついた冒険者は、衛兵を睨む。


「俺だって嫌だわ。ついでに言っとくと衛兵の指示で凶暴絶対人間殺害熊を討伐するのはもっと嫌だね」


「な、なんでだ?!」


「2年前に衛兵の依頼で凶暴絶対人間殺害熊を討伐したら、街中で弓を撃ったとか言って俺の弓使用免許を取り上げただろうが」


「ふん!いくら凶暴絶対人間殺害熊を討伐するためとはいえ、街中で弓を使えば当然だろう?!流れ矢が街民に当たったらどうするのだ?!これは免許を取得する上でも習うはずだが???」


「ドヤ顔決めてるとこ悪いが、俺が街が近いから止めようって言ってんのに、いいからやれ!!って強行命令だしたの衛兵だからな???」


「………いや、そんなこと」


「もっと言うと、俺が弓を撃った場所は街中じゃあねえんだよ。あの場所は昔は街だったが、縮小されてたんだ。ちゃんと適正な位置で射撃したのに免許取り上げられたんだが???」


「…………」


「そんときの衛兵の言い訳がな~~~~本当に傑作でな、『だって昔の地図で見たら街中だったんだもん』だぞ???現地にちゃんと足運んでれば一発で分かったのに、書類だけで判断するから間違えるんだよなあ???」


「まあ済んだことだ!今回も凶暴絶対人間殺害熊を討伐してくれ!」


「自分でやれ知らねえよバーカ」


衛兵とギルド長がタッグを組んで冒険者を抑え込もうとしている中、再び冒険者ギルドのドアが開け放たれる。



「この町の領主! エラーイ男爵である!!冒険者ギルドに依頼だ、凶暴絶対人間殺害熊を討伐せよ!!」


「いやです」


「何ィ?!冒険者がなぜ拒む?!」


「報酬850Gで命張れるわけねえだろ」


「む? 850G?」


エラーイ男爵が首をかしげる。


「私は衛兵に20万Gを渡して、冒険者ギルドに依頼する様に伝えたはずだが?」


冒険者とギルド長とエラーイ男爵の視線が衛兵に向けられる。


「はっ!20万Gを確かに預かりました!ですが、こちらにも手間賃……人件費が発生いたします。冒険者ギルドに依頼を伝える人員の確保、冒険者ギルドに依頼するための書面作成、冒険者ギルドが推薦する冒険者がふさわしいかどうかの審査、それら諸々で10万Gがかかりました!なので冒険者ギルドには10万Gを渡したはずです!」


衛兵と冒険者とエラーイ男爵の視線がギルド長に向けられる。


「ギルドも同じです!依頼内容が適正かどうかの審査、報酬の金が不正な出どころではないかの調査、冒険者ギルドを運用する上での必要経費などなど!これで9万9150Gがかかりました!残りの850Gは全額報酬として充てたのです!」


冒険者の視線がエラーイ男爵に向けられる。


「ふん!私も勿論、子爵から指示を請け負って30万Gを受け取った時に、これが正しく王家から発行された書類なのかの確認、金を渡す衛兵が信用に足るかどうかの調査、そして数々の作業を行うにあたりかかる人件費!これらしめて10万Gかかったのだ!!だから20万Gを衛兵に渡したというのに!」


「王家が依頼した時は100万Gだったろそれ」


「よくわかったな!王家から公爵に依頼したときに20万G、公爵から侯爵に依頼されて20万G、侯爵から伯爵にいって20万G、伯爵から子爵にいって10万Gずつ引かれたのだ!」


「なるほど、エラーイ男爵閣下!ならば850Gは適正価格なのですな!!」


「そうですなギルド長!衛兵としてもいい加減に冒険者の我儘には付き合いきれなくなってきておったところです!!」


「まったく!!冒険者はこれだから……!貴族として命ずる、今すぐに850Gで仕事を請け負……あれ?」


ギルド長と衛兵とエラーイ男爵が顔を上げたときには、冒険者の姿はなかった。

逃げたか!と思った3人は、ガチャリという扉を開ける音を耳にする。


そちらを見ると、そこには凶暴絶対人間殺害熊の姿があった。

凶暴絶対人間殺害熊は扉を開けることができるのだ。


「…………」「…………」「…………」


「10万G出す!」


「20万G出す!!」


「30万G出す!!!」


「「「だから助けてくれえええええええええええええ!!!」」」


2時間後に、冒険者ギルド内で凶暴絶対人間殺害熊にシバキ殺された3人分の遺体が見つかった。







王城――



「では凶暴絶対人間殺害熊を倒してくれ、勇者よ!」


「はっ、王命ならば!」


「心意気や、ヨシ!成功の暁には100万Gを出す!」


「一命に変えましても!!」

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