第2話

 今自分がいる場所が田舎過ぎるからスマホは圏外になっているのだうろか? 確かに今自分がいる場所は田舎ではあるようだが、しかし、スマホが圏外になるほどの田舎であるとは思えなかった。それに常識的に考えれば、今自分がいる場所はまだ東京のはずである。したがって、スマホが圏外になるとは思えなかった。山の中や、地下ならともかく、今自分がいる場所は地上で、しかも、駅のなかなのだ。



 あるいは、一時的に携帯電話会社のサービス自体に不具合が起こっているとかなのだろうか? それならまあ、今の状況に一応の説明は付けられるのだが―――。



 いずれにしても、携帯電話で自分の現在地を調べることは不可能であるようなので、卓也は物理的な行動を取ることにした。つまり、駅員、あるいは周囲を歩いてひとにここがどこなのか確認してみることにしたのだ。



 だが、問題が発生した。というのは、卓也が現在いる駅は完全に無人駅なのだ。駅の改札付近には一応駅員室らしいものが存在しているものの、そこは完全に閉鎖されており、駅員やその他の人間がいるような気配は全くなかった。というより、そもそも人間がひとりも存在していなかった。



 そこまで状況を確認してから、卓也は身体に寒気を覚えることになった。こんなことは常識的に考えてあり得ないことである。まず第一に、自分が乗車していた電車は東京近郊を移動する電車である。したがって、このような無人駅に辿り着くはずがない。第二にひとが全く歩いていないのも奇妙だ。



 改札口から見える景色は、田舎のこぢんまりとしたロータリーだった。猫の額ほどの小さなロータリーが、改札口から見えている。その大きさでは、恐らく、タクシー一台が止まるのがやっとだろう。もちろん、付近にコンビニや、その他の店などが存在しているような雰囲気はなかった。小さなロータリーを出たあとの場所は、細い一本道―――下り坂になっており、道の反対側は山の斜面になっている。



 これは一体どうなっているのだろうと卓也は思ってから、あることを突然思い出すことになった。それは『きさらぎ駅』というネットロアだった。確か昔テレビか何かで紹介されていて、卓也はそれで『きさらぎ駅』という話を知ったのだった。




 きさらぎ駅の内容はこうである。仕事を終えた女性がいつも通勤に使っている電車に乗車すると、どういうわけか、きさらぎ駅という、本来存在しないはずの駅に辿り着く。そこは異世界と思える場所で、女性はその場所で様々な怪異体験をしたあと、遂にはその世界に取り残されてしまうことになるといったような話―――だったはずである―――卓也の記憶が確かであれば。




 俺はまさか眠っているあいだに異世界に来てしまったのだろうか? 卓也は激しく動揺することになった。普通に考えればそんなことが起こるはずはないのだが、しかし、今自分見ている景色は明らかに異様であった。



 あるいは自分は夢でも見ているのだろうか? そう思った卓也は思いきり自分の頬を抓ってみたのだが、しかし、夢から覚めるといったようなことは起こらなかった。つまり、今自分が見えてる景色は、現実なのだ。



 そう認識した瞬間、卓也は自分の身体が冷たい暗闇のなかを真っすぐに落下していくような感覚を覚えることになった。動悸が激しくなり、悪寒を感じる。卓也はパニックに陥りかけていた。



 落ち着け‼ 冷静になれ‼ と、卓也は目を閉じて自分自身言い聞かせた。確かに状況は妙だが、しかし、まだ自分がいる場所が異世界であると決まったわけではない。仮に異世界であったとしても、もとの世界に戻ることは十分可能なはずだ。



 そう言い聞かせることで、激しい動揺も徐々に落ち着いてきた。そうだ。その調子だ、と、卓也は再度自分に言い聞かせながら大きく深呼吸した。



 取り敢えず最寄り駅まで戻ることを考えよう。卓也は思った。そうするためにはどうすればいい? 答え簡単だ。降りたホームとは反対側のホームに行き、反対方向へ向かう電車に乗れば、理論上は最寄り駅まで辿り着けるはずだ。

 

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