第29話 炎


 利斗が体育館に向かって走っているころ、花子さんは屋上で破那虚と戦っていた。花子さんは想像弾を何発も破那虚に撃ち込んでいたが、破那虚が止まる様子はまったくなかった。


『無駄だよ きみは ぼくたち わたしたちが つくったんだ』


 破那虚の腕の何本かが、花子さんめがけてぐんと伸びる。自分を掴もうとする腕を、花子さんは何とか躱す。こうやって何度も猛攻を回避しながら、利斗が逃げやすいように屋上まで破那虚を誘導したが、この時間稼ぎも限界に近づいていた。


『あたしたちがあたえた ちからで わしたちがたおせるわけなかろう』

「けほっ! ゴチャゴチャうるせぇげほげほっ! 手だらけお化けが!」


 花子さんは倦怠感を大声を出して誤魔化しながら銃の引き金を引く――が発砲音が鳴らない。想像弾の弾切れだった。舌を打ちながら再装填を試みるが、破那虚はその隙を逃さなかった。

 拳銃の操作で一瞬動きの止まった花子さんの足首を破那虚の腕が掴んだ。


「クソッ!」

『とんでけー!』


 破那虚は腕を振りかぶり、そして校庭に向って花子さんを放り投げた。軽々と空中へ飛ばされた花子さんは一瞬の浮遊感の後、落下する感覚、そして間髪いれずに地面に激突した痛みを感じた。


「っああああああ!」


 怪異である花子さんは高所からの落下では死ななかった。だが、高所から地面に落ちてしまったという『思い』が強烈な痛みを花子さんに生み出した。


「ぢっぐしょう……」


 花子さんは痛みに耐えながら体を起こし、銃の再装填を再開しようとしたが――


「クソクソクソ! なんで動かねぇんだよ!」


 弾丸を握った左手がピクリとも動かなかった。花子さんの力が弱まり、体を自由に動かすことも出来なくなっていたのだ。

 花子さんは想像弾を口で咥えて、ゆっくりと拳銃に装填する。普段の早業はもはや見る影もなかった。そんな花子さんを、校舎の壁を伝って降りてきた破那虚が嘲笑う。


『あんな くだらなくて つまらないやつといるから よわくなるんだ』

『やーいやーい 自業自得だー』

『弱いやつといるから 弱くなったんだー』


 破那虚の言葉を聞いた瞬間、花子さんの中に炎が宿った。


「わたしの……」

『なになにー? お声が小さくてきこえなーい』

「わたしの相棒をバカにするんじゃねぇぇぇ!」


 それは怒りの炎だった。叫びと共に引き金を引かれた拳銃は『ドン!』と大砲のような音を立て、破那虚の着物の山に大きな穴を空けた。


『なっ! どうして? なんでこんな力が? もう消えかけなのに!』

「あいつは誰よりも頭が良くて、度胸があって、かっけぇやつなんだ!」


 引き金引く度に轟音が響く。花子さんが利斗との楽しい記憶を思い出す度、それが力に代わって、花子さんの想像弾の威力を普段の何倍にも強くした。


「利斗をバカにする奴は、神様だって許さねぇ! わたしが撃ち倒す!」

『処刑人風情が生意気なんだ!』


 破那虚は穴だらけになりながらも、花子さんの四肢と頭を何本もの腕で掴んだ。強い力で掴まれたので、花子さんは拳銃を取り落とし呻く。


「っくぅ!」

『お前 ウザイ! もうあそびあきたから殺す!』


 そう破那虚が叫ぶと同時に、花子さんの四肢が重機のような力で引っ張られ始めた。


「―――っ!」


 想像を絶する痛みに、花子さんは悲鳴すら上げられなかった。

 

『お前をちぎってわたしたちの一部にする!』

『15人いた花子さんと同じように一部にする!』


 痛みと恐怖の中、花子さんの中の炎は消える。そして叫んでしまった。


「助けて……助けてくれ利斗ぉ!」

『ぎゃはは! むだむだ! あいつはにげてここにはいないぜ!』

「いやだ! 痛い! 利斗ぉ! 利斗ぉ!」

『あはは! あはは! いっぱい叫ぶの処刑される人みたいでおもしろい! あはははは――』


 破那虚の不快な笑い声は、体育館の方から聞こえた『ぶつっ』っというマイクが入る音に遮られた。


<あーテステス。テステス。本日は晴天なり、本日は晴天なり>


 体育館の方から聞こえてきあのは利斗の声だった。花子さんは目を見開いて視線を体育館の方に向けた。逃げたはずの利斗がまだ学校にいることが信じられなかった。体育館のスピーカーを最大にして発せられる利斗の言葉は校庭にいる破那虚と花子さんにもよく聞こえた。


<やい、破那虚! さっきはよくも花子さんをバカにしてくれたね!>

<ぼくの相棒はね、誰よりも強くて、頼もしくて、そして優しい人なんだ! そんな人を悪く言われて、きみには死ぬほど腹を立てている!>


「利斗……馬鹿野郎……」

『ウザイウザイウザイ! あいつも一緒に殺す!』


 花子さんを掴んだまま体育館の方へ動こうとした破那虚。だが、利斗の予想外の一言に驚き、動きを止めてしまった。


<なのでぼくの命と引き換えにきみを倒す!>

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