第28話 恐怖


 取り残された利斗は自分の手のひらをじっと見た。震えていた。


 震えていたのは手だけではなかった。足が、肩が、体全体が震えていた。利斗はこの感覚を知っていた。感じづらかったはずのこの感覚を、確かに知っていた。


「怖いよ……ぼくは怖いよ花子さん……」


 恐怖。そう、利斗は恐怖していた。なぜか。破那虚が怖いからか? 違う。利斗は花子さんを失うことが怖かったのだ。

 利斗はまだじんじんと痛む頬をさすって花子さんの事を想った。恐らく花子さんも破那虚が今まで戦った怪異とは違う、最も危険な怪異だと感じていた。だから、利斗を巻き込まないよう、自分から遠ざけるよう叩いたのだ。自分もボロボロなのに、囮になって利斗を破那虚から逃がそうとしたのだ。


 そんな優しい人を、友人を、そして相棒を失うのが利斗は怖かった。あんな醜い怪物に殺されてしまうのが怖かった。


 なんとかしなきゃ。だけどどうやって。利斗は真っ暗な廊下で自分の頭を叩いた。無力な自分が憎かった。自分にも花子さんのように怪異と戦える力があれば、もっと強い力があれば――そう考えた時、利斗の頭に稲妻が走った。そうだ。もっと、もっと強い力があれば良いんだ、と。そのために――


「AIを使えばいいんだ」


 そう呟いて、利斗は走り出した。目指したのはパソコン室だ。利斗は近くに置いてあった消火器を両手で取り持ち上げ、施錠されたパソコン室のドアに叩きつける。衝撃でドアが金具ごと壊れて外れた。

 パソコン室に入った利斗は七つ橋祭り用の展示物がある机に向かった。自分の作った出来の悪いロボットを掴み、パソコンを起動する。パソコンとロボットをケーブルで繋ぎ、ロボットに入っていたFOXをパソコンへ移植する。FOXの移動が終わるとすぐアプリケーションを開いた。スマホのときのように、破那虚に『汚染』されていないか気がかりだったが、FOXは問題なく動作した。


FOX:こんばんわ。何かご用でしょうか。


 利斗は冷静に素早くキーボードを叩いた。必要なものを的確に、最小限の文字数で打ち込む。


利斗:以下に指定する物を生成しろ


①個人用フォルダ。画像k1を元に高解像度化。一般的な体育館の――


②――風の内容で1分ほどの音楽を生成


③上記②の内容に併せ――と――のワードを盛り込み歌詞を作成


FOX:かしこまりました。


 FOXは利斗の希望するものを数十秒と立たないうちに生成し終えた。保存用メディアが手元にないため、生成物をロボットのメモリに保存し、接続を切る。そしてロボットを持ってパソコン室を飛び出した。今度向かうのは体育館だ。

 利斗は走りながら自分がやろうとしていること、そしてその結果を思って笑ってしまった。怖がらないといけないはずのことをするのに、相棒を失う恐怖に比べたらなんともないことがおかしかったのだ。利斗は自分のやることを自分自身に宣言した。


「ああ、そうだ。東木利斗は今夜、相棒を助けて死ぬんだ」

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