第26話 はなこ
「なんだ、この文章」
強烈な違和感が利斗を襲った。
今回FOXに書き込んだ
AIの動きを正常に戻すために、利斗は生成中止のボタンをタップするが、FOXの文字出力は止まらなかった。
FOX:やっぱり 花子さんは地縛霊 で、襲った相手を食うの よくない?
利斗はFOXの強制終了、そしてスマホの再起動を試みるがスマホは操作の一切を受け付けなかった。最終的にウイルス感染を疑ったが、FOXが次に生成した文章で、違うことが分かった。
FOX:ぼく 私 それがし せっしゃ わし は止まらないよ
意図しない言葉を言うAI。利斗は数時間前、同じ現象を校長室で見ている。利斗は直感的に理解した。FOXは何者かに『取り憑かれている』と。何も操作せず、音声入力も起動せず、利斗はスマホに向って話しかけた。
「きみは……誰だ?」
FOXの文字表示が徐々に崩れていく。
FOX:おいらは
F那X:自分は
F那虚:あたいは
破那虚:はなこ だよ
「きみも花子さん、なのかい?」
破那虚:違う ちがうよ ちがうっての
破那虚:ぼくたちが あたしたちが わしたちが 花子さん を作った
「作った? どういう意味?」
破那虚:おいらたちは むかしむかしの この土地の住人
破那虚:ここは 娯楽が少ない だからあれが楽しみ!
破那虚:処刑! 悪い人が殺されるのが ぼくたちは大好き!
大昔の日本では罪人の処刑を民衆の見えるところでしていた、という歴史を利斗は大河ドラマで見て知っていた。
「きみ……いや、きみたちは七つ橋小学校が処刑場だった頃、罪人が殺されるのを見て楽しんでた、普通の人たちの思念の『レギオン』なんだね」
破那虚:そうだとも言えるし、違うとも言える
破那虚:レギオンと違いぼくらは罪人たちの血肉に宿った。罪人たちの死肉には『死にたくない』という、とても強い『思い』があったよ
破那虚:ゆえに! まざりあった我らは強大な力を得た! わたしたちは最強の怪異! 『屍肉宿り』だ! この体でずっと生き続けて、処刑をたくさん見るのだ!
破那虚:でも最近は処刑が見られなくなった……悪い人が死ぬのは隠されちゃった! もっと殺すのを見せろ!
破那虚:でも、悪い人じゃないのに殺すのはダメ! あたしたちは良い人たちだから!
破那虚:だから 悪い怪異を学校に呼び寄せた!
破那虚:八尺様をわざと学校に入れたり!
破那虚:
破那虚:弱いレギオンに強い力を与えて、悪ささせたり!
破那虚:邪魔が入らないよう、この土地に呪いをかけて、大人たちが怪異に気づきにくくしたりした!
破那虚:そして、そんな悪い怪異を殺す、私たちだけの処刑人を作ることにしたの!
「それが、七つ橋小の花子さんか」
破那虚:その通り! 人がいっぱい死ぬのはよくない!
破那虚:でも、学校に一人でいるような子供ならいいよね?
破那虚:だから、そんなひとりぼっちな子供を捕まえて、殺して、魂を作り変えるぜ!
破那虚:名前をみんなの記憶から消して その子が好きだったモノに関する記憶だけを残す
破那虚:そしてその子に怪異を殺す力を与える。強い思いさえあれば、どんな強い妖怪や悪霊でも殺せる力だ。
破那虚:そうすれば、あら不思議! 好きだった漫画やアニメのキャラ、特撮ヒーローになっちゃった!
破那虚:ヒーローの皮を被った、ぼくたちだけの処刑人になっちゃった!
破那虚:どう? すごいでしょう。あたしたちの力は
利斗は拳を強く握りしめながらなんとか冷静に話をしようと努めた。
「宿勅室で見た遺影はきみたちが命を奪って『花子さん』という処刑人に作り変えた子たちだったのか?」
破那虚:正解! ずっとずっと昔から! 七つ橋小学校ができてからそうやってきたの!
破那虚:処刑人が怪異を殺すのは何度見ても楽しかったなぁ。
破那虚:でも、ほとんどは期待外れ。ヒーローや魔法少女でいられなくなちゃった
破那虚:皆、記憶がないことに、学校から出られないことに耐えられずにすぐ壊れた。まことに情けない
破那虚:でも、今の花子さんは別! 彼女は強い心で20年も耐え続けた! すごかった! こんなに長く殺し続けた処刑人は初めて!
利斗は自分の息が荒くなっていることに気づいた。これほどまでに邪悪な存在がこの世にはあるのかと、驚き、そして怒りに震えていた。
破那虚:でも最近は弱くなった。新しい怪異に苦戦しちゃうの。おまけに音楽室の音痴たちも殺さず逃がしちゃった。
破那虚:だから今の花子さんを壊して、新しい花子さんを。もっと優秀な処刑人を用意しなきゃ!
破那虚:それもこれも、お前が花子さんに会ったからだ。お前と会って、花子さんは弱くなった
破那虚:お前がわたしたちのお気に入りの花子さんを壊した
一瞬、利斗は自分の身に何が起きたか分からなかった。
『お前のせいだぁぁぁ!』
スマホのスピーカーからそう声が聞こえたかと思ったら、スマホの画面からしなびた手が現れ、利斗の首を掴んだのだ。しなびているのに、その力は強く、利斗は息ができなくなっていく。
「ぐっ……かはっ!」
『死ね! 死ね! お気に入りを壊した! 死ね!』
利斗は力いっぱい腕を振りほどこうとするが、腕は一向に首から離れない。利斗の視界がどんどん狭くなっていく。恐怖心はないが、体の自由が利かなくなることに焦りを覚えた。
なんとか、なんとかしないと。消えゆく意識の中でそう考えた利斗の手があるものに触れた。それはお祖母ちゃんが置いてくれた晩御飯たち。その中の味噌汁の入ったお椀だった。利斗はお椀を掴むと、冷めた味噌汁をスマホにぶちまけた。
『しねねねねねねgggggg――』
お爺ちゃん好みに濃い味付けのされた味噌汁は、その水分と塩分によって使い古されて防水機能の落ちたスマホの機能を一瞬で破壊した。画面が消えると同時に、そこから伸びていた腕も消えた。一か八かの賭けだったが、利斗はなんとか助かった。息を荒くしながらまずは虚空に謝った。
「お祖母ちゃん、ご飯粗末にしてごめん! そして助けてくれてありがとう!」
そう叫んでから、利斗は子供部屋を出て玄関に向かった。背後から祖父母の声が聞こえた気がしたが、利斗は返事をせず外へ飛び出す。
破那虚は「今の花子さんを壊す」と言った。今の弱った花子さんが、自分を作った創造主に勝てるとは利斗には思えなかった。一刻も早く花子さんに危険を知らせなければ。花子さんを助けるため、利斗は七つ橋小学校に向け真夜中の道を人生史上一番のスピードで走った。
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