第24話 映画クラブ


 利斗は心当たりがある、とだけ伝えて真理と校長先生を残し、図書室を飛び出した。まっすぐ宿勅室へ向かうと、ノックもせず部屋に入る。失礼な入室ではあったが、花子さんは寝ていて利斗に気づかなかった。利斗は小声で


「借りるね花子さん」


 と呟いてからビデオテープの入った段ボールを持ち出した。利斗が図書室に段ボールを持ち帰ると、校長先生が驚いた顔でビデオテープと利斗を交互に見た。


「東木くん。これをどこで?」

「あー体育館の倉庫の所で」


 真理は利斗がまた嘘をついているのに気づいたので、ジト目で彼を見て無言で責めたが、校長先生の探し物に興味があったので、嘘の追及はしなかった。代わりに校長先生に質問をする。


「先生。どうして学校にこんな古い映画のテープがいっぱいあるんですか?」

「そうね……手伝ってくれたし、二人には他のみんなより先に見てもらおうかしら……二人とも時間はある?」

「はい」「あります」


 利斗と真理が答えた頷いたのを見て、校長先生は楽しそうに言った。


「じゃあ、お茶にしながらお話しましょうか。二人の先輩のお話を」



 利斗と真理は校長室に招かれた。普段悪いことや問題が起きた時にしか児童は訪れない場所だ。そんな場所に普通にしているのはとても違和感がある。二人とも校長先生が出してくれた緑茶には手をつけず、来客用のソファに座って少しそわそわしていた。何かを取りに行った校長先生が声をかけて、二人はようやく顔を上げた。


「ごめんなさい。サプライズにしようと思って隠してたの」


 校長先生は大きな丸めた模造紙を抱えていた。それを校長室の大きなテーブルの上に広げる。


「これは20年前の七つ橋まつりで発表するために、当時の『映画クラブ』にいた子が作ったポスターよ」


 ポスターには『映画クラブ製作 イタリアなのにアメリカ映画?! マカロニ・ウエスタンの魅力』とタイトルが書いてある。内容はイタリア製の西部劇について書かれたもので、大写しで印刷されたガンマンの俳優を中心に、西部劇という映画のジャンルやその変遷が記されていた。俳優や使われている銃だけでなく、作曲家や製作費用についてもよく調べ上げられ、まとめられている。

 なにより利斗の目を引いたのがポスターの一番下に貼ってあった一枚のチェキだった。写真の下部の余白が黒ずんではいるが、写真自体は劣化せず女の子の顔をはっきりと写していた。


「その子がこのポスターを作ったの。七つ橋小映画クラブのたったひとりのメンバーだった子」


 このポスターを作った人。そう吹き出しで指されたチェキに映っているのは利斗のよく知る人物、花子さんその人だった。写真の中の花子さんはいつもと変わらないガンマン姿だったが、普段の鋭い眼光はなく、屈託のない笑みを浮かべながら、顔の横に銀色のリボルバー拳銃を持っている。


 利斗は考えがまとまらず、ただじっと花子さんと思しき人物の写真を眺めていた。その様子が気に入らず、真理が目に見えて不機嫌になったのをみて、校長先生は雰囲気を変えるように明るく話し始めた。


「この子と顧問のわたし。二人だけのクラブだったの」


 真理は校長先生の前だということを思い出し、すぐ顔色を取り繕って質問した。


「校長先生は20年前もこの学校でお勤めされてたんですね」

「ええ。当時のわたしは普通の先生で、5年生の担任をしてた。彼女はその時のクラスにいたわ」


 校長先生は遠くを見るような目をしながら、当時を思い出しながら語った。


「彼女は転校生だったの。お母さまが外国の家系の方で、彼女は他の子より背が高くて、目が青かった。当時は周りと違うことで、クラスになじめて……いえ、のけ者にされてたと言ったほうが正しいわね。悪口やからかいは日常茶飯事だったわ」


 真理は好きな男の子の視線を釘付けにする女の子への憎しみが急にしぼんでいった。代わりに別の種類の怒りが沸き起こる。


「酷いです。こんなに可愛いのに酷いこと言うなんて」


 利斗も頷いてから口を開いた。


「ああ、本当酷い。幼稚で前時代的ないじめだ」

「許せないよね」

「ぼくだったら見た目じゃなくて、部屋の汚さや片づけが苦手なこととかで攻撃する」

「何言ってるの利斗くん?!」


 驚く真理とは反対に、校長先生はおかしそうに笑った。


「不思議ね。彼女も部屋の片づけが苦手だって言ってたわ」

「あーなんとなくで言ったんですが、当たってましたか」

「でも東木くん。彼女にそんなこと言ったら、良いパンチをもらってたわよ」


 校長先生はパンチをするようなジェスチャーをとった。


「彼女はいじめられて終わりじゃなかった。目には目を、歯には歯を。いじめてきた相手に負けず、画鋲を上靴に入れられれば相手の顔に刺し返し、ビンタをされれば相手の口が切れるまで殴り続けた。それはもう過激で、もともと彼女は悪くないはずなのに、常に怒ってる彼女は問題児みたいに言われてたの」


 壮絶な報復に真理は顔を青くしたが、利斗は怒った花子さんならやりかねない、と納得してしまった。校長先生は話を続ける。


「でもある日、道徳の授業である映画のシーンを流した時、いつも怒っていた彼女の瞳がとても輝いていた。授業の終わりには「今の映画、続きが見たいんです。どこで視れますか」って聞いてくれたわ。それから「二人で映画クラブを作らない?」ってわたしが提案したの。彼女にとって、学校が少しでも楽しい場所になればって。そう思ったの」


 校長先生は段ボールからビデオテープを一本取り出す。タイトルには『続・荒野の用心棒』と書かれている。そのテープは特に花子さんのお気に入りだということを、利斗は知っている。


「このビデオテープはその時のクラブの備品なの。彼女のお気に入りは西部劇だった。登場人物を真似て『Amen!』ってよく言ってたわ。だから七つ橋まつりで西部劇について、まとめて発表することにしたの。ポスターだけじゃなくて、地元の模型屋さんから拳銃やライフルのモデルガンを借りて、銃を回す演技なんかもやる予定だったの」


 真理は学校にモデルガンを持ち込むという、今では考えられない大らかさに驚いた。と同時に、校長先生の言葉がひっかかった。


「予定……ということはできなかったんですか? 発表」


 校長先生は目を伏せて頷いた。


「ええ。20年前のちょうど今の時期。彼女は七つ橋まつりの直前で行方不明になったの」

「そんな……」

「放課後、遅くまで学校に残って銃回しの練習をしていたのが、わたしが見た彼女の最後の姿。彼女は今でも見つかってない」


 校長先生は少し目頭を押さえてから続けた。


「わたしはその後、他の学校に異動になっちゃったけど、彼女の作ったポスターは持ってたの。捨てたら可哀そうで。今回、校長先生として戻ってきたから、これも何かの運命だと思って、みんなの発表の隅にでも、一緒に貼ってもらおうかと思ったの」


 真理は20年前の女の子に同情していた。なので、校長先生の話を聞くと身を乗り出して訴えた。


「隅だなんて! こんなに頑張って作ったものが見てもらえないのは可哀そうです! 大々的に飾ってあげるべきです!」

「それを聞いたら、彼女とても喜んだと思うわ。ありがとう」

「当然のことを言ったまでです。利斗くんもそう思うよね?!」


 真理は熱く利斗に訴えたが、利斗は首を傾けてある疑問を口にした。


「校長先生。ひとつ気になったんですが」

「なにかしら」

「何でその子を『名前』で呼ばないんですか?」


 校長先生はきょとんとした顔で利斗を見た。


「あら、そうだったかしら」

「はい。さっきから写真の女の子をずっと『彼女』って呼んでます。とても気にかけて、行方不明にもなってしまった子なのに、なんで名前で呼んであげないんですか?」

「利斗くん、失礼だよ!」

「いいのよ、小穂さん。確かに思い出してみれば呼んでないわね。わたしのほうが失礼な人ね」


 校長先生は苦笑いしながら自分の喉を指でつつく。


「嫌だわ、歳をとってど忘れしちゃったのかしら。ここまで出てきてるのに。本当に酷い先生ね。そう確か……」


 そう言った校長先生は喉を突くのを止めて、両手を自分の首にあてがった。


「確か、確か、確か、確か、確か、確か」


 壊れたロボットのように同じ単語を繰り返す校長先生に真理、そして特に利斗は尋常ではない雰囲気を感じ取っていた。


「たしか、たしか、たしか、たしか」

「真理さん。他の先生を呼んできて。病気の発作かも。ぼくはそばに居て様子を見てるから」

「う、うん!」


 真理は少し怯えながら走って校長室を出た。利斗は校長先生を少し離れてじっと見て気づいた。いや、見るまでもなく感じていた。


「か! か! か! か!」


 校長先生はなにかの怪異の影響を受けている。だがここまで怪異が人間に悍ましい危害を加えているのを利斗が見たのは初めてだった。校長先生は眼球が飛び出そうなほど目を見開き、利斗を見ると叫んだ。


「オマエノセイダァァァァァァ!」


 直後、校長先生は口から黒い液体を吐き出し、その場に倒れ動かなくなった。

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