第23話 図書準備室
利斗の決意もむなしく、花子さん回復計画は早くも雲行きが怪しくなった。
利斗はまず、いつものようにFOXに解決策を聞いたが、明確な返答は得られなかった。AIの学習元であるインターネットも同じだった。
デジタル媒体がダメとなると、あとはネットにはないアナログ媒体を調べるほかないが、これも限界が――主に利斗の限界がすぐに見えてきた。手始めに学校の図書室をあたることにしたが、一冊一冊、情報がありそうなホラー本やオカルト本を読むには時間がかかりすぎる。花子さんを助けると決意してから三日たつが、めぼしい成果はなにも得られなかった。
三日めの放課後、利斗は図書室で本に囲まれながら、図書室の机に突っ伏した。
「目が爆発しそうだ……」
疲れで感覚が鈍くなっていた利斗は、自分の肩を誰かが突いているのにしばらく気が付けなかった。利斗がゆっくり顔をあげて後ろを見ると、そこには悪戯っぽく笑う真理がいた。
「大丈夫? 買い食い不良少年くん」
「大丈夫じゃないよ、不良少女さん」
利斗と真理は買い食いの一件から距離感が近くなり、ふざけあって互いを呼び合うくらいに仲良くなっていた。
「きなこさんから聞いたよ。なんでも変な調べものしてるって」
利斗は昨日の記憶を呼び戻す。確かにクラスメイトのきなこに『幽霊の風邪を治す話』が載った本がないか聞いた。あまりにも奇抜な質問だったからか、クラスいちの読書家のきなこにも
「探してみますが、AIにそういう話を作ってもらったほうが早いのでは?」
と言われてしまったが。きなこから話を聞いた真理もやはりピンとは来ていない。
「『幽霊の風邪を治す話』って随分変わった話を探してるんだね」
「あーうん。AIにはそういう無茶苦茶な話も学習させたくて」
ふーん、と言いながら積み重なった本の一冊を真理は手に取り、流し目で続けた。
「利斗くん、嘘ついてるでしょ」
真理は短い間で利斗のクセや特徴を見抜いていた。「あーうん」から言葉が始まるとき、利斗は大抵嘘をついている。真理の予想通り、図星だった利斗は口をもごもごさせながら白状した。
「一身上の都合、とは別の都合でやむを得ず」
「酷いなぁ、友だちに嘘つくなんて」
「ごめん」
「……と言いたいところだけど、利斗くんにはだいぶ助けられたし、手伝ってあげるね」
「本当?! ありがとう、助かるよ!」
真理は本当は利斗といる時間を長くしたくて手伝いを申し出ただけだったのだが、利斗がそれに気が付くことはなかった。利斗は本のタワーを一棟、真理の目の前に差し出す。
「じゃあ、この積んでいるやつを読んでもらえるかな?」
「いいよ。となり座るね」
しかし真理の助力を得てもなお花子さんを助ける糸口になりそうな情報は見つからなかった。下校時刻が近づいたころ、真理は本から顔を上げる。
「全然見つからないね」
「うん。やっぱり学校の図書室じゃダメなんだ。もっと専門的な。それこそ民俗学の専門書とかを探さないとダメかも」
だとすると、町の大きな図書館に足を運ぶしかない。利斗のお世話になっている祖父母の家からだと電車に乗って行くしかなく、子供だけで訪れるのには少し骨が折れる。最速で行けるとしても次の週末だが、花子さんの容体も心配だ。どうにかして情報をかき集められないかと利斗が悩んでいると、真理が疑問を口にした。
「そもそも、幽霊って風邪ひくのかな? 死んでるのに風邪ひくって聞いたことないよ」
「……確かに」
言われてみればその通りだ。この花子さんが幽霊に該当する存在かどうかはさておき、超常的な存在が人間のように体調を崩すのは、言われてみればおかしい。花子さんの症状は重い病気や風邪に見えるが、それはあくまで見かけ上の話で、もっと別の何かが原因なのではないか。そんな考えが利斗の脳裏をよぎった時、
「きゃあ!」
という大人の女性の声が、ドアを隔てて隣にある図書準備室の方から聞こえてきた。
利斗と真理は顔を上げ、周囲を見渡す。図書室にはいつの間にか二人以外おらず、もし声の主を助けに行けるとしたら自分たちしかいない。二人は本を置いて準備室の方へ走った。
古い本などを保管する図書準備室は埃っぽく薄暗かった。その奥の方で、誰かが尻もちをついている。利斗が目をこらすとそこには……
「「校長先生!」」
利斗と真理は同時に声をあげる。数日前、全校集会で話をしていた鯖山校長先生が準備室のほこりまみれの床の上で痛みに顔を歪めていた。
「いたた……すっかり私もお年寄りね。足を滑らせちゃった」
「お怪我はありませんか?!」
真理の問いに校長先生は頷く。校長先生の近くにはぼろい脚立があった。利斗が見る限り、どうやら棚の上にある大きめの段ボール箱を脚立に登ってとろうとして落ちたようだ。念のため確認する。
「棚の上の段ボールをとろうとしたんですか?」
「ええ、そうなの。ちょっと探し物をしてて、あの段ボールかもしれなかったから」
「ぼくが代わりに取りますよ」
校長先生が止めようと口を開いたが、利斗はするすると脚立を上ったと思うと、難なく段ボールを片手で担ぎ、地面に降り立った。段ボールを校長先生に差し出す。
「どうぞ校長先生」
「すごいわね。ありがとう」
校長先生は段ボールを受け取ると中身を開く。中には古い新聞紙が入っていたが、校長先生の顔が曇ったことで目当てのものではないことが利斗と真理にもすぐ分かった。利斗は質問してみる。
「校長先生、何を探されていたんですか?」
「実はビデオテープがたくさん入った段ボールを探していたの」
校長先生は指で長方形の形を作る。
「これぐらいの大きさの、プラスチックのケースに入ったものよ。あなたたちぐらいの歳だと見たことないかもしれないけど」
真理は頷く。
「はい、教科書でしか見たことないです。学校にそんなものがあるんですか?」
「ええ。映画の、特に西部劇っていう、古いアメリカやイタリアで作られた映画のビデオテープがたくさん入った段ボールが、この学校にはあるはずなの……って知らないわよね。ごめんなさい」
「私は知らないですね。利斗くんは?」
真理が利斗の方を見た時、明らかに様子がおかしいことに気が付いた。口に手を当て、動揺したように目が震えている。それもそのはずで、利斗はそのビデオテープの段ボールのことを知っていたし、このことなにか大事なことに繋がっているのではないかとも感じ取っていたのだ。
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