第20話 光と銃による音痴のための狂想曲


 夜8時。街の光が少し差す薄暗い音楽室に利斗と花子さんは並んで足を踏み入れた。花子さんは音楽室の真ん中に立ち。利斗は黒板を背に指揮台の上に立つ。


「じゃあ、始めるよ」

「おう。やってくれ相棒!」


 利斗はスマホから音楽の授業で作った合成音声の歌を流し始める。『らららー♪』という歌詞がない単純な歌だったが、綺麗な機械の歌声は音楽室によく響いた。しばらく音楽を流した後、花子さんはバカにしたような口調で叫んだ。


「おい、聞こえてるかボケカスレギオンども! てめぇらみたいな音痴でセンスのねぇのより、機械の歌の方がよっぽど胸に響くじゃねぇか! ああ、お前らにはこれが良い音楽かも分かんねぇか! 残念だなぁ!」


 直後、合成音声の声が聞こえなくなった。スマホの画面上では再生中になっている。合成音声に嫉妬し、花子さんの挑発に怒ったレギオンが動きだしたのだ。花子さんは右手にライフル、左手に拳銃。そして利斗は右手に大型の懐中電灯、左手に赤いセロハンを貼った小さめの懐中電灯を持ち、構えた。


 利斗は指揮者が楽団を見るように音楽室を見渡した。音楽室後方、誰かが忘れていったリコーダーが震えている。そこへ右手の懐中電灯を照らす。すぐさま花子さんがリコーダーをライフルで撃った。発砲音はしなかったが、弾丸が命中したリコーダーは『ラ』の音を出しながら地面に落ちた。


 続けて利斗は花子さんの後方左、視界の外で動いている卒業生から寄付されたチェロを見つける。すぐさま花子さんに見えるよう、赤い懐中電灯を左下に振った。壁に映った赤い光の動きを見た花子さんは素早く身をよじり、拳銃でチェロを撃つ。チェロは長い『シ』の音を立てながら落ちる。


 利斗が音楽室全体を観察し、光の動きで敵の場所や視界の外からの襲撃を花子さんに伝える。花子さんは光の指示に従い射撃に集中する。二人で連携しレギオンを迎え撃つのが利斗の立てた作戦で、それは音の聞こえないレギオンの影響下でも花子さんの戦闘力を十二分に発揮させることに成功した。


 ラ・シ・レ ラ・シ・レ ソ・ラ・ソ・ファ・ラ・シ・レ


 光が振るわれ、銃の引き金が引かれるたびに、思念から解放された楽器たちが音を奏でた。シンバルが盛大に響き、連射する弾丸が当たる度、ドラムロールが気高く轟く。バイオリンがいななき、同時に撃たれたアコーディオンと鍵盤ハーモニカがハーモニーを奏でる。


 その光景はまるで利斗が指揮、そして花子さんが演奏をしているかのようだった。たった二人のオーケストラは真理のための狂想曲を、外の音が音楽室で聞こえるようになるまで続けたのだった。


 ◆


 音が音楽室に戻ってきたことに気づいた二人は、息を荒くしながら音楽室の床に大の字になって倒れた。


「ああ……クッソ疲れた……」

「そうだね……音楽ってこんなに体力使うんだ……」

「だな。真理はすごいぜ……」

「尊敬しちゃうね……」


 ふと二人の頭上から拍手の音が聞こえた。肖像画たちが拍手をしていたのだ。


「おーおーどうやらわたしたちの演奏は先生方に気に入ってもらえたようだな」

「いや、違うみたいだよ」


 肖像画の視線が自分たちに向いていないことに気づいた利斗は起き上がって、肖像画と同じ方向を見た。そこには人の形をした朧げな影――レギオンとなっていた思念十数人が立っていた。


「レギオンの野郎、まだ生き残ってたか!」


 花子さんも急いで起き上がり、銃を構えたが思念たちの様子がおかしいことに気づいてすぐに銃口を降ろした。


「利斗、先生方の拍手は……」

「うん、この思念たちに向けられたものだね」


 楽譜のない狂想曲。楽器を動かしたことでその演奏者に結果的になったレギオンの思念たちを、名音楽家の魂がわずか宿った肖像画たちが盛大に讃えた。レギオンたちが照れくさそうに俯いているのが、利斗たちにもはっきり見て取れた。利斗はレギオンに話しかける。


「お疲れ様! きみたちと花子さんの演奏は最高だった! きみたちは音痴じゃない! 素晴らしい演奏者だよ!」


 惜しみない称賛で思念たちの憎しみが消えると同時に、思念たちの影も薄くなり、そして消え失せた。花子さんは思念たちの安らぎが続くよう、銃をしまい、手で十字を切って静かに祈った。


「Amen」


 こうして、七つ橋小学校の怪異による一夜限りのコンサートは幕を閉じた。

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