第19話 レギオン


 翌日、真理は体調不良が理由で学校を休んだ。前日の件があるので、彼女の様子が心配だったが、放課後の音楽室に誰もいなくなるのは利斗たちにとって好都合だった。


 放課後。利斗は真理の忘れ物を取りに行くという名目で鍵を借り、花子さんと共に音楽室に入った。入った瞬間、また無音化現象が起こったり、物が飛んでくるかと二人は警戒したが、なにも起こらなかった。


「何もなけりゃないで不気味だな」

「そうだね。これが解決の糸口になればいいけど」


 利斗は花子さんの愚痴に答えながら、肖像画に対し縦に二本の譜面台を立てる。譜面台の内ひとつは利斗のスマホが固定され、肖像画の方へカメラを向ける。そして肖像画とスマホの間に置かれた譜面台には、五十音表が書かれた透明な文字盤がテープで張り付けられる。この文字盤は利斗が100円ショップで材料となる下敷きを買って作成した。


 FOXが提案した肖像画との『対話方法』は文字盤によるコミュニケーションだった。目が動き、かつ意志があるのであれば、肖像画に透明な文字盤の文字を見てもらい、その文字を裏から読み取ることで『話して』もらおうというのだ。読み取りは見逃しのないよう、視線追跡用の機能を追加したFOXで行う。

 良い作戦だと利斗は思ったが、それでも不安は残る。


「ぼくたちの言葉がモーツァルトさんたちに聞こえてるかは分からない。聞こえてたとしても嘘をつかれたらどうしようもない」

「心配すんな。作戦通りにやろうぜ」


 花子さんはギリっと歯を見せて笑ったあと、肖像画を睨みつけながら怒鳴った。


「おいこのカツラ野郎ども! これからてめぇらにインタビューをする! 無視したり嘘ついたり、お前らが昨日の悪事の犯人なら容赦しねぇ!」

「大丈夫ですよ。危害は加えません。ぼくたちは音楽室の異変の原因が何か知りたいだけです。何か知っていますか? この文字盤を見て、答えていただけると嬉しいです」


 花子さん曰く、誰かに質問するとき一人は乱暴に、一人は優しく接すると相手はよく話すとのことだった。少し乱暴なやり方に利斗は疑問を抱いたが、モーツァルトの目が再び動いたのを見て、その疑問は吹き飛んだ。モーツァルトの視線を利斗のスマホのカメラ捉え、それをFOXが解析し、メッセージに直す。


『しってる われわれ おんがくか の たましい の しわざ ちがう』


 成功だ。利斗と花子さんは頷きあった。メッセージは続く。


『はんにん は おんち の しねん の ぐんたい』


 利斗はメッセージの意図が分かりかねたが、花子さんは自分の顔を叩いて悔しそうに吠えた。


「っあああ! そうか『レギオン』か!」

「何か分かったの、花子さん」

「ああ。敵の正体が分かった。やっぱ肖像画こいつらのせいじゃねぇ」


 花子さんは「脅して悪かった」と肖像画たちに謝ってから説明を続けた。


「怪異の世界で『思い』がどれだけ大事かはもう知ってるよな。『レギオン』はそんな『思い』の集合体だ。モーツァルトたちの言葉を信じるなら、今回悪さしてるのは『音痴の思い』の集合体だ」

「音痴って歌が下手、とかの音痴?」

「ああ。多分、うまく歌えなかったり、楽器が下手で『音楽の授業が苦手だ』『みんなの前で発表して恥をかいた』と感じた子供の『思い』が音楽室に集まって淀み、今回悪さをしてるレギオンになったんだ」


 花子さんの言葉をモーツァルトが補足する。


『ただしい しねんたち まり さいのう しっと』

「音痴な自分たちと違って、ピアノも歌も上手い真理にレギオンどもは逆恨みして襲ったのさ。今は真理がいないから、多分レギオンの野郎、壁やら床の中に隠れてやがる。引きずり出して倒さねぇと」

「でも真理さんにここで演奏してもらっておびき出すのは危険だよ」

「当り前だ。それに他にも問題がある。クソ、どうしたもんか……」

「花子さんがそんなに困るなんて、レギオンって強い怪異なの?」


 花子さんは首を横に振った。


「いや。何度も戦ってる。普通はそんなに強くない。レギオンができるのは光ったり、ばらけた思念が物に乗り移って動くくらいだ。いわゆるポルターガイストってやつだな」

「なるほど譜面台に乗り移って攻撃してたんだね」

「ああ。乗り移った物を撃てば、それに憑いてる小さい思念は倒せる。地道にやればいずれは思念たちを削り切って倒せる」


 花子さんは親指の爪を噛んで忌々し気にレギオンの潜むであろう床を睨んだ。


「だが今回のレギオンが厄介なのは『音が消せる』ってことだ」

「どうして? 音がなくたって動いた的に当てるくらい、花子さんには簡単でしょ」

「バカ言え。射撃ってのはな、五感の全てを使うんだ。特に聴力がダメとなると、視界の外からの攻撃に対応できねぇ。だから昨日はボカスカにやられちまった。普通のレギオンはこんな大それた能力ねぇから正体にも気づけなかった」


 利斗は肖像画と花子さん、そして文字盤へ視線を行ったり来たりさせる。そして、花子さんの力になる方法を思いついた。


「花子さん。視界の外からの攻撃が分かれば、レギオンは倒せる?」

「ああ、倒せる。なんだ、お前の目玉をとって、わたしの頭の後ろにでもつけてくれんのか」

「うん、そうだよ」


 冗談を微笑んで返された花子さんはぎょっとした。利斗は口元に笑みを浮かべたまま言った。


「ぼくが花子さんの目になるんだ」


 ◆


 宿勅室に戻り作戦を聞いた花子さんは渋い顔をした。利斗が思いついたアイデアは実際に目玉を花子さんにあげる、というものではなかった。だが作戦の成功を確実にするには夜の音楽室に利斗と花子さん二人で行く必要があり、そのことが花子さんは納得できなかった。


「ここに夜までいるのかよ」

「うん。宿勅室なら先生にも見つからないんでしょ」

「そうだけどよ」

「なら、ここで暗くなるのを待つよ」


 利斗は座って花子さんの方を見ず、懐中電灯に赤い色セロハンを張り付けている。作戦に必要な道具だった。


「手伝ってくれんのはありがてぇけどさ。夜遅くまで外にいるのはダメだろ。親が心配するんじゃねぇのか?」

「親は……心配しないよ。うちは放任主義なんだ。それに話したでしょ。花子さんの目になるには暗くなくちゃいけない」

「だとしても納得いかねぇ」


 花子さんは利斗の手から強引に懐中電灯を取り上げ、利斗を立って見下ろした。


「お前の家がどういう教育方針かは知らねぇ。だがな、夜危険なのは怪異だけじゃねぇ。子供を狙う不審者なんか外にはゴロゴロいる」

「ぼくは大丈夫だよ」

「その油断がやべぇっつってんだ。ちゃんとした理由がなけりゃ、ここから追い出す」


 花子さんは意地を張っているのではなく、相棒の身を案じて語気を強めた。もしいつもの『一身上』を言ったら部屋から蹴り飛ばしてやるつもりだった。


「一身上の都合――」

「お前なぁ……」

「もあるけど、他にも理由がある」


 花子さんは実力行使に出ようとしたが、相棒が目を伏せていることに気づいて止まった。利斗が目を閉じて思い浮かべていたのは、真理のピアノを弾く姿とその音だった。


「ぼくは真理さんの弾くピアノが大好きなんだ」


 真理の奏でる心の落ち着く演奏を心の中で反芻しながら、利斗は素直に気持ちを伝えた。


「世界には色んな音楽がある。でも、あの心が安らぐ音は彼女しか作れない、唯一無二のものなんだ。そのためだったら、多少のリスクは受け入れるよ」


 花子さんは呆れかえった。良い演奏をするとはいえ、プロでもない小学生のピアノのために危険を冒す相棒と、彼のまっすぐな気持ちが気に入った自分に。なので懐中電灯を投げて返し、


「時間になったら起こせ」


 と言ってから横になって、利斗が夜の学校で一緒に戦うことを認めた。

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