第18話 ハーモニー?


 音楽室から出ると、世界に音が戻った。利斗たちはそのまま保健室に向った。


 ちょうど保険の先生が席を外していたので、保健室には利斗と真理しか――正確には花子さんもいて「クソ譜面台が」と言いながらたんこぶのできた頭を押さえてはいたが――いなかった。


「真理さん、ぼくの声は聞こえる?」

「う、うん。今は聞こえる……」

「そっか、よかった。座ってて、やっぱり疲れてるんだよ。コンクールが近いからストレスがたまってたのかも」


 利斗は話をしながら真理をソファに座らせる。彼女に落ち着いてもらうため、水でもコップにくんでこようかとしたとき、真理が必死な顔つきで利斗の手首をつかんだ。


「利斗くん! 保険の先生は呼ばないで!」


 真理は誤解をしたまま、涙目で請う。


「私は大丈夫だから、なんともないから!」

「落ち着いて真理さん。どっちにしろ、今日は帰ったほうが良いよ。疲れてるなら家族に迎えに来てもらったほうが良い」


 音が聞こえなくなる、という状況に動揺しきって全然大丈夫ではない真理を一人で帰すのもためらわれた。しかし、真理は頑なに首を横に振り続けた。


「お願い。耳が聞こえなくなったことは誰にも言わないで……」


 真理は消え入りそうな声でそう願った。真理が同年代の子供のように大きな声で喚いたりしなかったので、利斗は彼女が涙を流していることに気づくのが遅れた。


「ストレスで体調を悪くした、耳が聞こえなくなったなんて言ったら、ピアノ弾かせてもらえなくなっちゃう……」

「真理さん……」

「大好きなピアノを続けられるなら、体が壊れてもいい。いやなことも我慢できる。だから……」


 我慢できる――その言葉で利斗の頭の中のに光が走った。彼女に我慢させてはいけない。悪いのはこの怪奇現象をもたらした怪異である。自分がなんとかしなくては。そう思った利斗は泣いている真理の目の前で膝をついた。


「真理さん。大丈夫、ぼくが解決してみる」

「利斗くんが……?」

「ぼくがAIに詳しいって、よくクラスのみんなが言ってるでしょ。AIに聞けば、きっと大人に頼らなくてもいい解決方法が見つかる。約束するよ」

「利斗くん……どうしてそんなに親切にしてくれるの?」


 利斗は返事に迷った。だからいつもの言葉を使ってその場を乗り切ることにしたし、花子さんは相棒の次にいう言葉が分かりきっていたので、呆れながら言葉をかぶせた。


「「一身上の都合で」」



 ◆


 真理を見送った後、宿勅室で花子さんはちゃぶ台に頬杖をつきながらぶっきらぼうな口調で利斗に言った。


「で、お前はどうやって約束を守るつもりなんだよ。ミスター一身上」

「いま考えてる」


 利斗は狭く、足の踏み場が少ない宿勅室でうろうろしながら頭を抱えていた。


「花子さん、やっぱり肖像画を撃つのじゃダメなのかな」


 音が聞こえなくなる怪奇現象は肖像画の目が動いてから始まった。肖像画が怪異として超常の力を使ったと利斗は推察していたが、花子さんは利斗の考えには賛同できなかった。


「べつに今すぐ撃ってもいい。だがな、これはあくまで勘だが、私はあの肖像画が無音になった原因じゃない気がする」

「でも肖像画が動いた途端に音が聞こえなくなっちゃったじゃないか」

「確かにな。だけどわたしが見た限り、モーツァルトのおっさんは焦ってたように見えた。真理に悪さするつもりのところに、わたしたちが来たからビビった、って説もあるが、それならあんな大胆なことを、ましてや下校時刻より前の明るい時間にやるかね」

「う、うーん……」

「AI……FOXってやつに聞いても、音楽室の肖像画が音を消す。みたいな話はないって言われたんだろ? わたしだって長年この学校にいるが、初めての経験だったぜ」


 指摘を受けた利斗はついに集中力を切らし、ガラクタ中からスーパーボールを見つけ拾い上げると、壁に投げては返ってくるのを掴むを繰り返した。

 そんな相棒の様子を見た花子さんは「らしくないな」と思ったが口には出さなかった。花子さんは利斗が自分に執着する理由がよく分かっていなかった。けれど今日の真理に対する様子を見てあることに気が付いた。利斗は『我慢』や『〇〇しかない』といった言葉に過剰な反応をするのだ。

 その原因は花子さんには分からないし、追及するつもりもなかった。誰にだって許せないこと、譲れないことはある。花子さんも去年学校を襲撃しにきた河童軍団に自分の西部劇スタイルを馬鹿にされたときは我を忘れて戦った思い出がある。


 だが怪異が絡んでいる以上、こんなところで二の足を踏んではいられなかった。音楽室は普段の授業でも使う。花子さんは状況が悪化する前に原因となる怪異を特定して倒したかった。なので花子さんは冷静になれていない相棒に代わって、文明の利器にたよることにした。利斗が頼りにしているAIに。


「なぁ利斗。スマホ借りていいか?」

「いいよ。はい」


 利斗はポケットからスマホを取り出し花子さんに渡す。花子さんはスマホを受け取るとゲストユーザーとしてFOXのアプリにログインした。まだ完全には使いこなせないものの、この数週間で利斗に操作方法を教えてもらい、花子さんはある程度スマホを使えるようになっていた。花子さんは人差し指でキーをゆっくり押してFOXに質問する。


花子:肖像画と話はできるか

FOX:いいえ。肖像画は絵なので会話はできません。


 花子さんは一瞬むっとしたが、気を取り直して質問をしなおした。うまくいかない命令文スクリプトも、文章を変えることで望む結果を得られるようになることがあると、利斗から教わっていたからだ。


花子:目の動く意思を持った肖像画と話はできるか

FOX:いいえ。目が動く肖像画は現実に存在しません

花子:目だけが動くやつと話はできるか

FOX:はい。可能です。以下のような手段を用いることでコミュニケーションは可能です。


 ビンゴ。花子さんは「おい」と利斗を呼んでスマホを投げた。取り落としそうになりながらもキャッチした利斗は花子さんに顎で促され、FOXの生成した文章を読んだ。


「……これならいけるね」

「ああ、もしモーツァルトどもに意志があるなら、これで話ができる。明日試すから、買い物と準備を頼めるか」


 利斗はしっかりと頷く。打開策を見たことで落ち着きを取り戻していた。


「銃をぶっ放すのも悪くないが、映画で見て一度はやってみたかったんだ。『尋問』ってやつをさ」

「せめて事情聴取って言いなよ」

「どっちでもいい。とにかく音楽家どもをこってり絞ってやろうぜ。相棒」


 花子さんは悪戯っぽくにやりと笑った。

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