第17話 怪異は静かにやってくる
翌日の放課後。利斗は花子さんと再び音楽室を訪れていた。真理はちょっと困った顔をしながら利斗に言った。
「本当に来てくれたんだね」
「ごめん。やっぱり邪魔だったかな」
「ううん。ただ今日はモリコーネは演奏しないよ。利斗くんの知らない曲かもだから、楽しくないかも……」
「大丈夫。どんな曲でも、真理さんが弾いた曲なら好きになると思うから」
「そっか……それなら、良いんだけど……」
真理は少し顔を赤らめながらピアノの前に座って練習を始めた。その様子を横で見ていた花子さんは呆れたように呟いた。
「女たらしめ」
「何か言った?」
「なんでもねぇよ。いいからおかしなところがないか周りをよく見ろ。二つより、四つの目玉で見た方が見える範囲は広いし、異変に気付きやすくなる」
利斗は小さく頷いて、真理の演奏中、不自然に見えない程度に音楽室の様子を観察した。昨日と同じく、利斗には変わらずただの音楽室に見えたが、ふと、視線を感じて顔をあげた。
利斗は天井近くの壁に飾られた、世界の有名な音楽家たちの肖像画を見ていた。その肖像画の中の一人、モーツァルトの肖像画の目が――動いた。
利斗は花子さんをひじで小突いた。
「どうした」
「肖像画の目が動いた。モーツァルトの」
「全員同じに見える」
「右から二番目」
「確かに動いてるな。だけど……」
肖像画の目が動く。文句なしの怪奇現象だ。だが花子さんにはモーツァルトの肖像画から敵意を感じなかった。
「撃たないの、花子さん」
「ああ、様子がおかしい」
モーツァルトは真理の方などは見ず、忙しなく視線を動かしている。どこか焦っているようにも見えた。
「真理の方は」
花子さんに促され、利斗は真理の方を見た。真理は特に問題なさそうにピアノを弾いているように見えた――いや、見えた『だけ』だった。
真理が鍵盤を叩いても、音が鳴らなかったのだ。真理も異変に気付いたようで、何度も鍵盤を叩くが、無音のままだ。そして「あれ?」と声をだそうとした時、彼女の口からも音が出ることはなかった。
「 」
利斗は真理に声をかけた。が、利斗自身の声も発せられることはなかった。花子さんも同じで、自分の喉を押さえながら叫ぶが、利斗には彼女の声が聞こえなかった。学校の喧騒も消え失せる。世界が無音になってしまったのだ。
異変に気付き、みるみる真理の顔が青ざめていく。利斗はやはり今の状況にも恐怖を感じなかった。冷静に真理の元に駆け寄って、なんでもないように真理に話しかけた。
大丈夫?
そう言っているように口パクする。真理が泣きそうになりながら、無音で叫ぶ。利斗は真理の唇の動きを集中して見て、彼女の言葉を読み取ろうとした。
おとが おとが きこえないの
そう読み取った利斗はスマホを取り出すとメモ帳に文字を打ち、画面を真理に見せた。
利斗:大丈夫。ぼくには真理さんの声が聞こえてるよ。
利斗は嘘をついた。真理は体を震わせる。目の焦点も合っていない。パニック状態だ。だが怪奇現象が起きているより、体の不調だと思っていたほうが精神的に楽だろうと利斗は判断し、罪悪感を抱きつつも真理に嘘をつき続けた。
利斗:ちょっと疲れてるのかも。保健室に行こう
利斗は有無を言わさず、真理の手を取って音楽室の外へ連れだそうとする。その背後で、音楽室の隅に置かれていた譜面台が震え、そして空中に浮かんだことに、利斗は気づけなかった。譜面台が矢のような速さで音もなく利斗の後頭部めがけて飛んでいく。
だが間一髪、花子さんが利斗と譜面台の間に立って盾となったことで、利斗にも真理にもケガはなかった。花子さんの気配を感じ、利斗は彼女の方を見るが、花子さんは
は や く に げ ろ !
と大きく口を開けて伝えた。真理が後ろを見ないよう、スマホの画面を見せながら廊下へ通じるドアへ急ぐ。その間も他の譜面台がカラスのように利斗たちを守る花子さんを襲う。はじめは拳銃で応戦する花子さんだったが、すぐに拳銃内の想像弾が尽き、譜面台にボコボコに攻撃された。
「 !」
花子さんのあまりにも汚い罵りは、無音の怪奇現象で利斗にも聞かれることはなかった。
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