第16話 買い食い


 20分後。利斗と真理は学校の近くのショッピングモール、その中にあるフードコートのテーブル席に向かい合って座っていた。


 このショッピングモールは3階建てで、映画館も入っているくらい大きい。付近の小学生たちが放課後に遊びに行く場所にもよく選ばれている。だが学校の先生からは防犯やトラブル防止の名目で可能な限り子供だけで行かないよう、よく釘を刺されるスポットでもあった。


 特にランドセルや通学カバンを持ったまま行くことは固く禁じられていた。巡回の先生に店内にいるところをに見つかればしこたま怒られるし、買い食いなどしていようものなら親に連絡され、その週の全校集会で名前は出されないものの、口うるさい教頭先生の話でやり玉にあげられてしまう。そんな重罪を利斗は犯そうとしていた。


「ねぇ利斗くん。やっぱりやめようよ」


 利斗の向かいに座った真理は落ち着かない様子で周囲を見る。気の弱い真理は利斗の押しに負けてついてきてしまったのだ。


「こんなところ見回りの先生に見られたら、すっごく怒られちゃうよ」

「だからだよ、真理さん」


 真理とは対照的に利斗は全く動じていない様子だった。


「ぼくは今からここで買い食いをする。だから真理さんはぼくに困りごとを言って欲しい」

「困ったことなんてないって……」

「はっきり言うと、真理さんは言いにくいことを隠しているようにしか見えない。多分、あまり他言されたくない話なんだと思う」

「そんなこと……」

「だから、ぼくがもし真理さんの秘密を他の人に話したら、ぼくが買い食いしてたことを先生にチクってほしい」

「えぇ?! したくないよそんなこと!」

「もちろん、ぼくも真理さんの秘密を誰かに言うつもりはない。でも何かあった時にぼくに仕返しできる材料があると安心だろ? 抑止論ってやつだ」

「その、利斗くんを疑ってるわけじゃないけど……」

「まだ何か不安?」

「不安というより……」


 真理にはもうひとつ、受け入れがたいことがあった。利斗の手元を指差して言う。


「利斗くん、なにそれ」

「なにって、ほうれん草の缶詰だけど」


 フードコートにはたくさんのお店がある。『マクドナルド』『ミスタードーナツ』『31アイスクリーム』。お小遣いに余裕があれば、食べ盛りの男子が喜びそうなラーメンやピザなんかも買える。だが、利斗が選び手元に置いていたのは、食料品売り場で売っているほうれん草の缶詰だった。


「ほうれん草、好きなの?」

「いや、大嫌いだ」

「大嫌いなのになんで買ったのぉ?!」


 真理の当然の疑問に対し、利斗は神妙な面持ちで答えた。


「真理さん。もしお菓子やファーストフードを買い食いしてお腹いっぱいになって、家で用意してもらった晩御飯が食べられなかったら、家の人に怒られるよね」

「それは当たり前だよ……」

「でも! 嫌いなものを食べてのお残しなら許してくれる! 嫌いなものを克服しようとして偉いと!」

「そんなことあるぅ?!」

「じいちゃんち……少なくとも我が家はそうだ! これぞライフハックさ!」

「言葉の使い方、絶対に違うと思うよぉ!」


 真理のつっこみも虚しく、利斗は缶詰を開け、割りばしで口に入れ始める。たちまちクラスでどんなホラーを見せても怖がらないと評判の利斗の顔が苦々しく、今にも泣きだしそうな顔になった。


「ねぇ、本当に大丈夫?」

「ぼくは大丈夫だ……気にせず話して……」


 真理は利斗の様子を見ていたたまれなくなったのと、本当は誰かに話を聞いてほしかったので、少し勇気を出して自分の秘密を打ち明けることにした。


「実は、音楽室で練習をしてると、体調が悪くなるの」

「体調が?」


 真理は俯きながらも小さく頷いた。


「なんだが指とか肩が重く感じて……それに気のせいか視線も感じる気がして……」


 視線に関しては心当はなこさんたりがいるので、利斗は申し訳なく感じ顔を険しくした。その様子を見て、真理が取り繕ったように明るく振舞った。


「あっ。でも家で電子ピアノで練習するときとか、ピアノ教室のときは全然平気なんだ! 自分でも調べたんだけど、環境が変わると調子が変わる演奏家って多いんだって」

「そうなの?」

「うん。だから大丈夫。変に気を遣わせてごめんね」


 真理は利斗に向って笑顔を向けた。利斗はじっとその笑顔を見る。利斗はこの笑顔に見覚えがあった。何かを必死で我慢している顔。かつての利斗自身の顔だった。


 ◆


 幸い先生には見つからず、真理とショッピングモールで別れたあと、利斗は下校時刻が過ぎたあとの学校に戻った。あまり使われない、裏手の校門で花子さんと合流する。

 花子さんには利斗が新たに名前をつけたが――本人は『花子さんと呼べ』と言って使わない――やはりそれだけでは彼女を学校から解放することはできず、彼女は学校の敷地からは出られずにいた。なのでショッピングモールに花子さんはついていけず、事の次第を利斗が詳しく話すことになった。

 話を一通り聞いた花子さんは腕を組んで唸った。


「その話だと怪異の仕業かどうかなんとも言えねぇな」


 利斗も同意見だった。真理は気の弱い性格だ。学校の誰もが気にしてはいないが、音楽室を占有していることに負い目を感じてしまい、演奏に影響を及ぼしている可能性がある。視線に関しては自分たちもだが、他の生徒が覗いていただけということも考えられる。利斗は念のため聞いてみる。


「花子さん。音楽室でなにか怪しい気配とか感じなかった?」

「いや、とくには」

「本当に? なんかこう、怪異レーダー! みたいな感じで髪の毛とかで怪異の存在を感じ取れたりできないの?」

「ねぇよそんなもん。あったらこの前みたいに八尺様に挟み撃ちされたり、二人で4階に閉じ込められたりはしてねぇよ」

「それもそうか……」

「で、お前は『お大事に』って言って帰ってきたのか?」


 利斗は首を横に振った。


「もしよければ、演奏をまた聴きに行ってもいいかって聞いた。『人に見られるのは発表会やコンクール時の練習にもなるからぜひ』ってさ」


 確かにただの体調不調ということもある。だが怪異の仕業ではないとも言い切れない以上、真理から目を離すべきではないと利斗は判断した。花子さんは相棒の行動を讃えるべく、利斗の肩を叩いた。


「よし、でかしたぞ利斗。二人の目でよく見てみれば、何か分かることがあるかもしれねぇ。早速明日から行くぞ!」


 意気込む花子さんとは反対に、利斗の表情は晴れない。


「何もないのが一番だけど……」


 そう呟いた利斗の望みがかなうことはなかった。

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