第15話 エンジン・クリオネ
曲が終わったタイミングで真理は利斗がいることに気が付いた。
「あれ、利斗くん? どうしたのこんなところで」
「えっと……通りがかっただけで、忘れ物が……」
利斗が誤魔化しながらその場から退散しようとしたところ、花子さんが後ろから利斗の背中を押して、強引に音楽室の中にいれた。
「ちょ?!」
「おい利斗、演奏が良かったって感想言え!」
「自分で言えばいいじゃないか……」
「わたしの声はお前以外に聞こえないんだって! 代わりに言ってくれよ。なぁ!」
「……利斗くん?」
真理からは利斗が一人でぶつぶつと独り言を言っているようにしか見えなかった。利斗は咳ばらいをすると相棒、そして自分の感想を伝えた。
「えっと、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、その……エンジン・クリオネ?」
「利斗、エンニオ・モリコーネだ!」
「エンニオ・モリコーネさんの曲。すごいよかった」
「わぁ利斗くんすごいね。学校で知ってる人初めて会ったよ」
「まぁ、詳しい知り合いがいてね」
「なぁなぁ利斗、他にもモリコーネが弾けないか聞いてくれよ!」
「その、よかったら、他にも知ってたら同じ作曲家さんの曲を弾けたり出来るかな?」
真理はリクエストを聞いて少し困ったような顔をした。自分の手元や周りにちらちらと視線を泳がせる。流石に不躾だったかと思った利斗は手を振りながら言った。
「あーごめん、練習中なのに邪魔しちゃったよね。忘れて!」
花子さんが納得いかない、という顔で利斗を睨んだが、利斗も「しょうがないだろ」と口だけを動かして反論した。しかし、利斗が去ろうとするのを真理は呼び止めた。
「待って利斗くん。迷惑じゃないから。むしろいてもらった方が……いい、かも……」
最後の方は消え入りそうな声になっていた。利斗は彼女の態度に違和感を覚えながらも、横にいる相棒が嬉しそうだったのでお願いをすることにした。
「そっか。邪魔になってないなら、お願いしようかな」
「うん。じゃあ弾くね。とはいっても、繰り返しのメロディの曲なんだけど。『勝利への賛歌』って曲。知ってる?」
「ぼくはしらないけど……」
「知ってる! その曲が使われた『死刑台へのメロディ』は名作だぜ!」
「……知り合いは大好きだよ」
◆
二曲目が終わる。繰り返しのメロディに合わせて、真理が英語の歌詞を歌った二曲目は悲しくも、どこか勇猛さもある曲だった。利斗は惜しみなく拍手を送った。真理には聞こえてはいなかったが、花子さんも同じだった。花子さんはめいっぱい叫ぶ。
「ブラボー! ブラボーだぜ!」
「ありがとう真理さん。すごいね、歌も上手いんだ」
真理は少し顔を赤くしながら、椅子の上で足をぶらつかせた。
「そんな、大したことないよ」
「いいや。ぼくは音痴だし、リコーダーとかも苦手だから、音楽ができる真理さんが羨ましいよ」
「そう? 利斗くんだって、合成音声に歌を歌わせる授業で誰よりも一番うまく歌わせてたじゃない。私は機械音痴だからさっぱりだった」
「あれは音楽というより、ほとんどパソコンの授業みたいなものだからね」
「いま音楽の授業、そんなこともやるのかよ……」
花子さんが新しい音楽のカリキュラムに苦い顔をしたとき、利斗も少し顔を険しくしながら真理に聞いた。
「あのさ、ちょっと気になったんだけど」
「どうしたの?」
「二曲目をお願いした前に『いてくれたほうが良い』って言ってたよね。あれってどういう意味?」
真理がぶらつかせていた足を止めて、身を強張らせた。
「あ、あれね。ちょっと言い間違いだよ」
花子さんは疑わし気に真理の方を見ながら言った。
「言い間違いにしちゃぁ、はっきり言ってたように聞こえたけどな」
利斗は「ぼくもそう思う」言う代わりに小さく頷いた。
「利斗。こんなに良い演奏をする子が困ってるんだ。助けてやれねぇかな」
「真理さん。もし困ったことがあるなら、教えて欲しい。秘密は守るよ」
「あの、本当になんでもないから! 困ってないから!」
「これは困ってます、って言ってるな相棒」
真理が隠し事をしているのは明らかだ。だが、それを人前では言えない事情もあるのだろう。利斗にも『一身上の都合』があるので、彼女の気持ちが分からなくもなかった。なので、容赦のない完璧な理論で真理を説得することにした。
「よし、真理さん。買い食いに行こう」
「えぇ?」「はぁ?」
真理も花子さんも、言葉の意図が分からず利斗を変な目で見た。
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