3章 一握りの音痴のために

第14話 学校いちのピアニスト


 チクタクマンとの戦いからはしばらくの間、学校で悪さを働く怪異は現れなかった。

 利斗は放課後、花子さんと多くの時間を過ごすようになった。放課後の学校を花子さんとパトロールし、彼女に学校外での出来事を教えたりしていた。

 また花子さんも自分の好きなものを利斗に知って欲しく、時たま宿勅室のテレビとビデオテープで映画を見せていた。映画は西部劇が多かったが、それ以外のジャンルの古い作品もたくさんあった。利斗がどこでこんなものを手に入れたか聞くと花子さんは「図書室で見つけた」とだけ答えた。学校になぜこんなにも映画のテープがあるのか疑問には思ったが、花子さんとの映画観賞会が嫌いではなかったので、それ以上の詮索を利斗はしなかった。


 こうしてカレンダーが進み、6月も残り一週間になっていた。


 ◆


 放課後のパソコン室、クラブ活動の時間。パソコン室は七つ橋まつりの準備をするクラブメンバーで賑わっていた。

 七つ橋まつりは毎年7月に学校で行われる行事だ。学級やクラブ単位で自由研究や発表を行い、保護者や地域の人に発表をする。利斗の所属するパソコンクラブももちろん参加する。ただ、クラブ全体でひとつのことをするのではなく、メンバー個人、もしくは仲の良いものが集まって各々出し物をすることになっていた。

 他のメンバーが簡単なゲーム制作やAIを使ったアニメ制作を行う中、利斗は一人で自作の30センチほどのロボットとにらみ合っていた。ロボットにはFOXに一部改造を加えたAIが搭載してある。ロボットの近くには人が書かれた紙の人形が置かれていて、その人物の様子を判断して特定の動きをするよう、命令されていたが利斗の理想の動きには程遠かった。


「なんで上手くいかないんだ……」


 中学生や高校生になればもっとうまく作れるのだろうか。耳鳴りがなりはじめ、いつもの『嫌な音』が聞こえてくる。利斗が少しイライラしながらパソコンデスクに頬杖をついたとき、パソコン室のドアが大きな音を立てて開いた。


「利斗! 利斗はいるか!」


 扉の前には花子さんが目を輝かせながら立っていた。パソコン室にいた全員が驚いた様子で入り口を見る。利斗以外は花子さんの姿が見えないので、一人でにドアが勢いよく開いたように見えたからだ。利斗は少し考えた後、


「また南条くんがイタズラしたのかな。おいかけてくるよ」


 と機転を利かせて花子さんの所に向った。廊下に出ると扉を閉めて小声で花子さんに声をかける。


「どうしたの花子さん。新しい怪異が出たの?」


 花子さんはかなりの慎重派だ。その彼女が人目を憚らずに自分に会いに来たことに利斗は少し不安を感じていたが、対する花子さんはとても楽しそうな様子だった。


「そんなくだらねぇもんじゃねぇって! いいから早く来てくれ!」


 そう言うと花子さんは利斗の腕を掴み、有無を言わさず引っ張り始めた。


 ◆


 花子さんが利斗を連れて向かったのは音楽室だった。ドアをそっと開けて二人は顔を覗かせる。


 七つ橋小学校の音楽室には普通の小学校よりもたくさんの楽器がある。何十年も前の卒業生に有名な音楽家がいて、楽器はその卒業生から寄付されたものだった。種類も豊富で、ちゃんと演奏できる人がいればオーケストラだってできるほどだった。


 そんな楽器たちが置かれ、有名な音楽家たちの肖像画が壁に並ぶ音楽室の中に、小柄な女の子が一人だけいた。長い髪を後ろでひとつにまとめた彼女は、ピアノの前に座り鍵盤を叩く。女の子は細身だったが、彼女が奏でる音は力強く、そして感情豊かだった。女の子の様子を見て、利斗は花子さんに言った。


「うちのクラスの真理まりさんだね」

「なんだ、知り合いだったのか」

「知り合いというほど、よくは話さないけど」


 ピアノを弾いている女子は小穂しょうすい真理まり。利斗のクラスメイトだ。彼女はとてもピアノが上手く、全校集会で校歌を歌う際も伴奏を担当するときがある。利斗が他のクラスメイトから聞きかじった話では、ピアノのコンクールに出る予定もあるそうなのだが、家の事情で大きいピアノを自宅に置けないので、ピアノ教室がある日以外は学校の音楽室を借りて練習をしているのだという。


「真理さんがどうかした?」

「この音楽だよ、良く聞いてみろ」

「……いい曲だね」


 演奏している人間の腕前もあるのだろうが、切なくも温かい、そんな印象の残る優しい曲だった。なによりも、真理自身が演奏を楽しんでいるのが聞こえてくる音から伝わってきた。花子さんは腕を組んでうんうんと頷く。


「エンニオ・モリコーネって人が作った曲だよ。『ニューシネマパラダイス』っていう映画テーマ曲だ」

「花子さんは映画のことに詳しいね」

「宿勅室にはそれしか娯楽がなかったしな。はぁ、それにしてもいい。この子が放課後にピアノ弾いてるのは知ってたけど、モリコーネを弾いてくれるとは……最高だぜ……」


 うっとりとしながら曲を聞く花子さん。利斗も彼女に付き合って聞いているうちに、先程まで自分の中にあった嫌な音や苛立ちが、ピアノの音色で上書きされ、少しづつ消えていくように感じられた。

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