第13話 決闘


 決闘。西部劇には詳しくない利斗も言葉の意味とその内容は知っていた。


 荒野のガンマンが互いに拳銃をホルスターにしまう。カウントダウンをはじめ、ゼロになったあと互いに銃を抜き相手を撃つ。早く武器を抜き、正確に撃った方が勝つ。シンプルで分かりやすいルールの勝負だ。


 だが相手が勝負に乗るのだろうか、と利斗は疑問に思った。けれどチクタクマンがツタを引っ込め、時計の扉を閉めたことで花子さんとの決闘に応じたことが分かった。花子さんはにやりと笑う。


「ガキになめられちゃプライドが傷つくからな。乗るだろうよ」


 そしてタイミングよく、児童の下校時刻を告げる蛍の光のメロディが流れ始めた。利斗は確信した。この音楽が流れ終わった後、花子さんとチクタクマンとの決着がつくと。


 夕陽に照らされた花子さんと古時計の間に緊張感が走る。二人の凄まじい気迫に、利斗は思わず叫ばないよう、自分の口を覆った。聞きなれたはずの下校の音楽からも、処刑台への階段を思わせるような重苦しさを感じた。


 花子さんの視線と時計の文字盤がぶつかり合う。花子さんは手を銃の横に置き、じっと、じっと待った。


 そして音楽が鳴りやんだその瞬間、


 ガチャ――

 ダダダダダダン!


 チクタクマンは素早く扉を開けたが、先に火を吹いたのは花子さんの拳銃の方だった。六発の『想像弾』は鮮やかな早撃ちで全弾、古時計の文字盤へ叩きこまれた。そして少し間を置いて、ツタを形成していた機械部品が崩れて床に散らばった。花子さんは銃口に息を吹きかけると決め台詞を言い放つ。


「Amen」 


 こうしてループ廊下を作った怪異、チクタクマンは負けを認め、古時計から退散したのだった。


 ◆


 利斗は抜け殻となった古時計を近くでまじまじと見た。今回は机と違い、自分と花子さんだけでは動かせない。どうしたものかと考えていると、花子さんが背後から声をかけてきた。


「おい」


 花子さんは視線を逸らし、口をもごもごさせながら言った。


「あの……さっきは悪かった。怒鳴ったり、お前の使ってるAI? ってやつをバカにして」


 ここ最近、怪異との戦いに花子さんは苦戦していた。利斗の言う通り、怪異は流行すらも武器にする。今までは図書室の本で知識を得て対抗していたが、今回のループする廊下はかなり危なかったと力不足を痛感していた。


「お前がいなきゃ、ずっとあそこに閉じ込められてたかもしれない。お前と、お前の武器に助けられた。ありがとな」


 そう言ってから花子さん照れ隠しするようにわざとらしく咳払いし、利斗を睨みながら言った。


「でも、私に用心棒をやめさせようって話は受け入れられねぇ。何度も言うが、わたしはこの生活を気に入ってる。できるとこまで、わたしはこの学校の用心棒でありたいんだ」


 利斗も花子さんのことをまっすぐ見て伝える。


「ぼくも悪かった。会ってすぐの花子さんに、立場を変えさせるよう急に言ったのはすごい失礼だったと思う。ごめんなさい」


 利斗は深く頭を下げた。だが花子さんと同じようにキッと視線をきつくして言った。


「だけど花子さんに『選択肢』をあげたいのは変わらない。外に出られないまま、この先もずっと戦い続けるなんて不健全だ。そんなの花子さんが耐えられてもぼくが耐えられない」

「ったく。なんでお前はそこまでわたしに執着すんだよ。お前が卒業したら会わなくなるのにさ」

「一身上の都合でね」

「なんなんだよ、その都合って――」

「だからまずは花子さんの戦いを手伝わせて欲しい」


 意外な申し出に花子さんは利斗への追及を止めてしまった。利斗は続けて言う。


「花子さんがぼくの意見を受け入れてくれるぐらいに、ぼくを信頼してくれるよう、花子さんの相棒として一緒に怪異と戦うよ。ぼくは直接戦えないけど、八尺様の時みたいに囮にはなれるし、AIで調べ物も出来る。どうかな」


 花子さんは腕を組み、うーんと唸りながら、プライドや敵との勝ち負けや色んな事を天秤にかけてから答えた。


「考えは変わらねぇと思うけど、よろしく頼む」


 利斗は拳を握って「よし!」と言ってガッツポーズをした。


「ありがとう! それでね、実はあの後FOXを使わずに、新しい花子さんの名前の候補を考えたんだ」

「いや、気がはえぇよ。了承したのは一緒に戦うってとこまでだよバカ」


 利斗は聞く耳持たず、ポケットに入れたメモ用紙に書かれた名前を見せた。


 くのつぎ むつ


「どう? 十六代目の十六にかけたんだ。『一』をにのまえって読むって本で読んで、十の部分をくのつぎ、六を違う読みのむつにしてみたんだ。可愛くていいと思うんだけど、どうかな?」


 花子さんは少しあっけにとられてから笑って言った。


「ダッセェ名前。シャレかよ」

「笑わないでよ、人が必死に考えた名前なのに――」


 利斗が反論したとき、遠くの方から声が聞こえた。異世界への怪奇現象を検証しに学校へ戻ってきた南条や野村たちの声だった。


「うわっどうしよう。時計がこんなところにあったら、絶対にイタズラしたと疑われちゃう」

「とりあえず逃げたらどうだよ」

「そうだね。じゃあ花子さん、また明日! 名前、好きに使ってね!」

「おうよー次あのふざけた名前で呼んで来たらぶっとばすからなー」


 再会が否定されなかったことを嬉しく思い、利斗は笑顔でクラスメイトたちとは反対方向へ走ってその場を去った。

 利斗を見送ったあと、花子さんは楽しかった利斗との間違い探しを思い返し、誰にも聞かれないのに小声でつぶやいた。


「でも『相棒』は悪くねぇ響きだ」

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